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その血の臭いはあまりにも危険すぎる

「……なるほど。ザックに何が起きたのか、ようやく全て知ることができました」


 懇切丁寧に話を進め、その甲斐あってかシスターはようやく俺の話を信じてくれた。リィンとヴェナとシックスも同様だ。


「そんなわけでして、紹介が遅れたんですけどもこの子がカーナです」

「初めまして……アーレット様……」


 背中に背負う少女をシスターにも見えるように方向を変えると、カーナも会釈する。

 来歴から人が怖かったりしないか心配はあったが特に物怖じもせず、普通に挨拶ができて俺もひと安心だ。


「では、この子もこの孤児院で引き取りたいと、そういう事でいいのですね?」

「ええ。構わないですよね」


 ここまでの俺の事と一緒にカーナの事にも触れていた。

 理由があるとはいえビスクに殺されそうになり、それを見捨てられなかった俺が助けてここまで連れてきた、くらいの説明だ。

 彼女もまだ幼いし、ヴェナやシックスの時と同じように首を縦に振ってくれるかと思っていたが……少し唸っている。


「んー……」

「だ、駄目……なんですか!?」

「ザックやカトレアさんのお話で、悪い子でないのは分かっているんですけれどね。お部屋も、新しくなったおかげでたくさんありますし」

「ならいいじゃないですか、カーナもここで暮らさせてあげても!」


 俺が初めて出会った時、彼女は草の茂る地面で眠っていたのだ。

 周囲の状況から見てもまともな生活を送れていたとはとても思えないし、身寄りがないのも事実なのに、どうして気持ちよく快諾してはくれないのか。


「言いてえ事は分かるんだけどよ、……その子、討伐依頼が出ちまってるからなぁ」

「っ、そこか……!」


 それを言われて思い出した。ビスクも言っていたように、カーナは「魔女」と呼ばれるほどに知名度がある。冒険者ギルドでその首に報酬がかけられるくらいには。

 彼女が人を殺したのは事実だろう。だがそれも己の身を守るためだったはずだ。そこはみんなカトレアさんの話や、俺がさっき聞かせた事で分かってくれてはいるはずなんだけど。


『……フォラグレインの『血の雨』だっけ。ギルドで見てきたけど、すっごい報酬かけられてたよ』

「大陸1つ占領してたようなモンだからな。逃げ帰って来たやつも多い分人相も割れてっから、あたしらはともかく他の冒険者に見つかったらいつ襲われるかわかんないぜ?」


 襲ってくる者だけを殺していたというカーナは無駄な殺生をしていなかったと考えてもいいが、その結果自分の前から逃げた者によってその正体を知られてしまったわけか。

 まあ何も知らなければ多数の命を奪いフォラグレイン大陸を無人の地へと変えた魔女にしか見えないだろうし、誰も容赦とか、カーナの話を聞いたりはしないんだろう。

 それこそ、あの勇者を名乗るビスクのように。


「カトレアさんからもよく聞いてましたし、カーナも私たちの家族としてここに置いてあげたいとは思いますが……」

「何も知らない冒険者がうちに押し寄せてくるかもしれないわけか……」

「あと、あの勇者もだな」


 その場合はもちろん俺やリィンたちで守ることになるんだろう。

 だが、もしも彼らが絡め手できた場合はどうなるか。例えば、カーナではなく孤児院に攻撃をしたり、リュオンやローレナを人質としてカーナを差し出させたり。

 そこまでの極悪人が冒険者にいるかは不明だが、金に目が眩んだらそういう考えが浮かばないとは言い切れない。

 最悪の想定ではあるが、賞金を懸けられた魔女を匿っている、となれば俺たちごと敵として扱われる可能性はある。まあこれはそんな展開もありえる、くらいの話だが。

 ビスクは……何をしてくるんだろう。本人は正義を自称しているのでそういった残虐な行いには加担しないかもしれないが、それとは別に攻撃を仕掛けてくる可能性は高い。

 そしてカーナだけを狙ってくるとしても、流れ弾が彼女に掠ったりして痛みで過去の記憶でもフラッシュバックしてしまえば、、咄嗟にあの【炸裂】の魔術を使ってしまわないとも言い切れない。

 もしあの魔力の球に誰かが触れてしまえば、そこには確実に再び『血の雨』が降る事になってしまう。


「……ザック様……。わたくし、もう、大丈夫です……」

「っ、カーナ!?」


 思案していた俺に、カーナはそう言いながら俺の首にに回していた腕をほどこうとする。

 振り返れば、赤い帽子の奥で彼女の瞳には諦観が浮かんでいた。


「皆様にご迷惑をおかけするくらいでしたら……どこか、目立たぬ場所で……。暮らそうかと、思います……」

「なっ……! そんな必要ないよ、カーナ! 今、何か手立てを考えるから……!」

「できません……。わたくしのこの姿、血を浴びる……魔女の姿はきっと、多くの人の目を引いてしまいます……」

「だからって、ここまで来て……!」


 その服と帽子、そこにはきっといくつもの生物の血が染み込んでいるのだろう。魔物と、そして人と。

 でも俺たちはそれが身を守るための行為だったと知っている。だから、ただ自分を守っただけの彼女にそんな寂しい結末を背負わせたくはない。


「っ、ザック様……離して……あぁっ……!」


 乱暴に俺から離れようとするカーナ。

 だが俺が彼女の足から手を離そうとしなかったせいで手が滑ったのか、カーナが大きくのけ反るのがわかる。

 あわや床に頭を打ちつけるかという所だったが、すんでの所でヴェナが体を支える。


「あぶないよ」

「申し訳、ありません……ヴェナ様……。……? あの……ヴェナ様、何を……?」


 カーナに顔を近付けたヴェナは、目を閉じる。何をされるか分かっていないカーナの方は困惑している。

 肩越しに見てる俺も何してるのかよくわかんないんだけど、ヴェナは何やってるんだ? 鼻がひくひくしてるし、匂いを嗅いでるのか?

 そう思っているとヴェナは顔を上げた。


「すっごい臭いね」

「ぁぅ……」

「こ、こらヴェナ! そんなストレートに!!」


 いや……その、俺もまあ、思わないでもなかったけども。血とか肉片とかもこびり付いてるかもしれないし、近隣に体を洗えるような場所も少なかったし。

 だからちょっとだけ……うん、そうではあるんだが、そこまで包み隠さず言わなくてもいいんじゃないか、ヴェナ。

 そう思っていると、ヴェナは俺の背中からカーナを引っぺがして、そのまま肩に抱えてどこかへ連れて行ってしまう。


「お風呂はいろ、ヴェナが洗ってあげる」

「えっ……あ、あの……!」


 困惑するカーナを、どうやら風呂場へ連れていったらしい。

 そういえばヴェナは狼の獣人だったもんな。割と人の要素が濃いけど、鼻は敏感だったりして我慢ならなかったのかもしれない。


「……っていうか、風呂も付いてるんだね、うち」

「ああ、ゼンの希望でよ。色々あったから、叶えてやろうって事でよ」

「そっか……」


 その名前が出てきて、俺はレヴィアタンとの戦いを思い出す。

 ギルバーたちの敵討ち。それを確かに果たせたのだという事は、もう彼女の耳にも入っているんだろう。……一体、どんな顔でその報告を聞いたんだろうな、ゼン。


「……それで、そのゼンは今どこにいるの?」

「あ、そういえばザックが来る直前にお風呂に入りにいっていましたわ」

「シスターアアアア!!! ふ、風呂に血みどろの女が!!!!」


 俺が顔を見たくなったのを察したかのように、ゼンは大絶叫しながらヴェナとカーナが向かった方から飛び出してきた。

 全裸で。


「…………。ザック、か……?」

「あ……うん、久しぶり」


 急速に冷静さを取り戻し、俺がいると分かった彼女はスッと冷静さを取り戻して奥に引っ込んでいった。

 俺も極力視線は逸らしたんだが……。いや、顔を見たいなとは思ったが、なにもそこまで見せてくれなくてもいいのに。

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