21話 開戦
ダンジョンの中は異様な雰囲気に包まれていた。
紫色の霧が辺りに充満して、視界を覆い尽くす。
しかし、視界は澄んでいて、遠くまで見通すことが可能である。
「ここがダンジョン……」
「油断するなよ。ここは死地だ。すこしでも油断すれば即死だ」
「分かってるよ!」
那月はいつもより慎重に行こうと心に誓った。
「うおぉ!?なんだこれ!こっちも!すげぇぇ!!」
しかし、それは早くも破られたのだった。
ダンジョンの奥に進めば進むほど、そこには未知の領域が広がっていた。
通路の端々には不可思議な植物が壁を侵食し生えていて、壁に埋まる鉱石は色とりどりに輝いている。
通路は未だ一本道ではあるが、その横幅は徐々に広くなっていく。
未知なる物に目を輝かせつつ通路を進んでいくと、先の方が白く明るくなる。
翔の手が壁から離れ、空を掴む。
白い視界が明かりになれ、その彩度にバリエーションが増していく。
目が完全に色を捉えると、そこは五十メートル程の高さにもなる半球状の空洞の中に緑豊かな大草原が広がるという光景が広がっていた。
草原と言っても、草の背丈は那月の胸の辺り程まで高くて、その全てが地上には存在しないダンジョン産の魔草である。
見ようによっては花畑のように美しい光景であるが、捉えようによっては未知のひしめく魔の森である。
そんな光景を見た那月が騒ぎ走り出そうとするのを、翔が手を伸ばし一足先に止める。
「騒ぐな……見ろ」
翔は那月を制した手を草むらに向けると、指先で一点を指し示す。
「なんかあんのか?」
那月は翔の指の先を視線で追うと、それを視界に映して大きく目を見開く。
「ーーッ!あれって……」
連々と並ぶ魔草を縫って進んだ先には、雑草に歯型を刻む小さなモンスターがいた。
禿げた頭部が後ろに長く伸び、その下に飾られる瞳は薄く鋭く吊り上げられ、横に付く耳はこれまた鋭く引き伸ばされている。
鼻は細いが平たく潰され、唾液を垂らしたままの口は黄ばんだ歯を紫色の唇で包んでいる。
しかし、これ以外にもう一つ重大な特徴がある。
そして、それはこいつを語る上では外せない特徴と言えるだろう。
緑色の肌である。
血色が悪いとかそんな話では無く、種族的に緑色の肌である。
「ーーゴブリン…!!」
その名はダンジョンが出現するよりも前から存在していた。
ファンタジー小説などでは定番で、別名小鬼などと呼ばれている。
物語の中では雑魚敵のような扱いをされているが、それは誤認と言えるだろう。
ゴブリンはプレイヤーになるための最初の難関なのである。
プレイヤーにとって、モンスターとは討伐の対象である。
しかし、ゴブリンとはモンスターの中でも限りなく人に近いモンスターで、初心者のプレイヤーには殺すのに躊躇が働くモンスターである。
そして、初心者プレイヤーはそれに対応するための経験が無い。
故に、ゴブリンはプレイヤーが最初に乗り越えるべき難関なのである。
那月が大きな声を出した為にゴブリンが、那月達三人に目を向ける。
「ギギャ!」
まるで獲物を見つけたというように口と目を三日月型に歪めるその顔は醜悪の一言であった。
ゴブリンは手にしている雑草を無造作に投げ捨てると、那月目掛けて疾駆する。
「あ………!」
「ギギャギャギャァァ!!」
那月もゴブリンに背を向けて逃げようとしたが、足がもつれて顔から地面にダイブする。
地面に手を着いた状態で振り返ると、そこには小さな鬼の形相が真近まで迫っていた。
「ーーッ!」
「ギャァァァ!」
ゴブリンはボロボロの腰布に吊るされた鉈を引き抜いて飛びかかる。
那月も、腰に差した短剣で受け止める。
本来の那月であればゴブリンの一撃くらい簡単に跳ね除けてしまうだろう。
体格差的にもゴブリンは那月の体の半分くらいしか無く、筋肉も成人男性のそれより少しあるくらいで、地力だけは常人の数倍優れている那月よりは劣るだろう。持っている鉈もすこしでも金属がぶつかればポキリと折れてしまいそうなくらいひ弱である。
それなのに那月が押されているのは、実戦経験の差といえる。
那月はこれが初めての実践であるため、覚悟という物に欠如があった。
対するゴブリンは、実戦のエキスパートだ。
弱肉強食のダンジョンにおいて、生き残るためには他者を蹴落とす為の戦闘が必須ですある。
つまり、覚悟なんてものは生まれたその瞬間から備わっているのだ。
覚悟の無い那月、覚悟のあるゴブリン。
そこに生まれる差は体格差や筋肉量で埋まるようなものではないのだ。
「く………そッ!」
「ギギャギャギャ、グギャ!?」
那月がゴブリン相手に四苦八苦していると、ゴブリンが何かに吹き飛ばされる。
「大丈夫か、腰抜け。こんな雑魚相手に手こずっているようなら怪我しないうちに帰る事をオススメする」
「……………あ、クッーーーー!」
手のひらをゴブリンに向けた状態で翔は那月に忠告をする。
那月はそれを受けて、屈辱に唇を噛み締める。
「那月くん!大丈夫!怪我はない?」
「…………情けねぇな」
「え?」
「わりーーー」
百花が那月に近寄り手を差し出す。
しかし、那月はそれを片手で制すると、翔をきっと睨みつける。
「……次は、足引っ張らねぇようにする」
那月にしては、勢いの無い言葉に翔はそうかとだけ答え、先に進む。
「那月くん、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。俺って人より頑丈だからさ」
「そっか。なら心配いらないね」
那月と百花も翔に続いて、先の見にくい草原を魔草をかき分けながら進んで行く。
那月は草々の隙間に目を凝らす。
ゴブリンの背丈は那月の胸あたり。魔草も同じくらいの背丈があるので、突然ゴブリンが襲いかかってきてもおかしくはないのだ。
那月はふと疑問に思った事を口にする。
「そういえば、このダンジョンにはゴブリン以外にどんなモンスターがいるんだ?」
「うーん、下層に行けば強いモンスターもいると思うけど、ここ一層にはゴブリンとスライムがほとんどかな」
「へぇ」
「あ、でもごく稀にゴブリンよりも強いモンスターのレッサーウルフが現れるらしいよ」
レッサーウルフとは、全長二メートル程の凶暴な狼である。
本来であれば、三層から下に生息するまものであるが、ごく稀に獲物を求めて上層に上がってくるのだとか。
那月はなるほどと頷くと、再び足を進めようとする。
しかし、それは翔の腕に阻まれる。
「最悪だ」
翔はそれだけ呟くと、姿勢を低くする。
那月も同じく腰を屈めると、翔の視線の先にいるものに気がつく。
それは黒色の体毛に全身を包んだ狼であった。
「……レッサーウルフ」
「あぁ、それも一体じゃない…」
翔は手を耳に当てて音に注意を向ける。
那月もそれに倣うと、那月達を囲むようにして、魔草が擦れる音がする。
ゴブリンが出す、ガサツな音ではない。
それは、レッサーウルフの放つ、獣ならではの移動音であった。
「囲まれてるの?」
「だろうな」
「どうするの?」
「どうするったって……」
心配そうにする百花。
この場を打開しようと策を練る翔。
そして、近くに落ちている小石を拾う那月。
「決まってんだろ」
「ーーーッ!?バカ、よせ!」
那月の考えていることを悟った翔が那月を止めようと手を伸ばす。
しかし、那月の方が一歩速かった。
「倒して、切り抜ける!」
那月は手に持つ小石を《重力》で重くすると、目の前にいるレッサーウルフ目掛けて投げつける。
小石は見事にレッサーウルフの頭部に当たり、その頭蓋を粉砕する。
「キャイン!!!」
断末魔と共に絶命するウルフ。
そして、その断末魔が開戦の合図となった。
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