20話 ダンジョン
皆様メリークリスマスです。
四月八日。時計が一回りして、十二を短針が捉えた頃。
那月はベットの上で目を覚ました。
窓から差し込む月明かりが那月の鼻先を薄く照らす。
「負けた…………」
水色に光る唇が小さく動く。目元を腕で隠すと、脳裏に薄暗い思考が満ちてくる。
ーー俺は調子に乗っていたんだ。弾校に受かったから、あのゴーレムに勝ったから、五人目の特待生と言われたから。でも本当は違った。受かったのは運が良かっただけで、勝ったのは相性が良かっただけ。特待生の件に至っては俺の実力とは関係無し。本当の俺の実力ってーー
「…………なんなんだよ……」
白い歯が唇を噛む。目元を隠す拳が力強く握られた。
ーー俺は無能だ。
那月は腕で目元を拭うと、ベットに力なく下ろす。
時計の音だけが静かに時を刻む。真っ暗闇の中で那月は天井を見つめる。新築の寮だからシミの数すら数えられない。
ただ黙って天井を見つめる。
どれくらいそうしていただろう。
那月はふと朝に交わした紅蓮との会話を思い出していた。
「知ってるか?」
「何を?」
「この高校、地下にダンジョンがあるらしいぞ」
「へぇ」
「へぇって……理由とか聞けよ」
「じゃあ、なんで?」
「プレイヤーを育成するためだよ」
「は?」
「ダンジョンってのは魔物の巣窟なんだよ」
「常識だな」
「んで、魔物を倒すと不思議な事に力が強くなるらしいぞ」
「それこそなんでだよ」
「さぁな。よくわかんねぇけど」ーーーー
「ダンジョン…………」
那月は少し思案すると、ゴクリと唾を飲み込んだ。その瞳には覚悟の炎が灯っていた。
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一年A組学生寮。その玄関が小さな音を立てて開かれる。
「誰にも見つかりませんように」
那月は祈るように呟きながら、音を立てないようにゆっくりと扉を閉める。
「……那月くん?」
「あひゃぱんたらがん!!ちちち、違うんすよ!これは別に夜中ならこっそりダンジョンに潜ってもバレないだろうとか、そんな邪な考えがあった訳じゃ…………て、百花かよ」
「な、なんかごめんね」
突然かけられた声に那月が変な声を上げる。
恐る恐る振り返ると、そこには百花の姿があった。桃色のモコモコとしたパジャマ姿の百花を見て、那月は安堵の息を漏らす。
「こんな時間に出歩いてどうしたんだ?」
「え、えーと、その……お、お花を摘みに行ったついでにお散歩をと…………」
「花?この変に花畑なんて無いぞ?」
那月が真面目な顔で首を傾げる。
それを前に百花は顔を真っ赤にして小さく呟いた。
「〜〜〜〜ッ!!……お、おトイレの事だよ…………」
少々の沈黙が流れた。
百花は手で顔を隠し、那月は頬を掻く。
「わるいな」
「え?」
突然那月が謝罪の言葉を口にする。それは百花にとって意外だったようで不思議そうな顔をする。
「今もそうだし、さっきも……というか脱衣所での事とか。俺デリカシーとか無いから、色々と悪かったなって……」
「え、あぁ、うん。私も殴っちゃってごめんね。でも、もう間違わないでくれると助かります」
「分かった」
二人は揃って頭を下げる。そして、顔を見合わせて、声を上げて笑った。
しかし、直ぐに慌てて口を塞ぐ。
辺りを警戒するように視線を巡らせて、二人同時に息を吐いた。
「そういえば、那月くんはどうしてこんな所に?さっきダンジョンに潜るとかなんとか……」
百花は疑問に思ったことを声を潜めて尋ねる。
それを聞いた那月は慌ててそれを否定する。
「言ってない!言ってないです!!そ、そんな、ダンジョンにこっそり潜って力を付けようとか思ってないっす!!」
「那月くん……」
嘘をつくのが苦手な那月は、核心をつかれたこともあり、つい赤裸々に事実を話してしまう。
目の前の少女から鋭い視線が飛んでくる。
「ダメだよ那月くん」
百花が語気を強めて言う。
「ダンジョンに潜るなんて絶対ダメ!那月くん弱っちいんだから、そんな所に行ったら直ぐ死んじゃうよ」
百花は那月を止めるためにそう言う。それは優しさから出た言葉だ。
しかし、ことこの場に限ってそれは相応しくない言葉選びと言わざるを得ない。
「弱い」という言葉に耳を動かした那月が拳を強く握る。
「ーーでも、それでも俺は行かなきゃならないんだ……」
「どうしてーーッ!?」
少女は尚も食い下がろうとする。しかし、顔を上げた那月の瞳を見てーーその奥に灯る覚悟の炎を見て、息を飲んだ。
「強く、なりたいから」
百花は何も言えなかった。何かを言わなければならないーー。しかし、言葉が紡がれない。胸の奥のざわめきが邪魔をしているのだ。
「………………く」
「え?」
やっとの思いで放たれた言葉は、目の前の人物まで届かなかった。
百花は先程よりも大きく、尚且つハッキリとした声音で言う。
「じゃあ、私もついて行く」
目を逸らしながら、百花はそう告げた。
それは、那月にとってあまりに予想外の提案だったようで、十秒と少しの間、少年は放心していた。
驚愕の面を引き剥がした那月は、慌てて止めにかかる。
「はぁ!?いやいやいや、ダンジョンだぞ!危険なんだぞ!死ぬかもしれないんだぞ!!」
特大のブーメランが刺さるのもお構い無しだ。
「それを那月くんが言うかな……?」
百花は呆れたというように息を吐くと、思わず吹き出してしまう。
「大丈夫。私も強くなりたいし、それに……」
百花はそこで言葉を切ると、那月の顔を見てニコリと笑みを浮かべた。
「それに私はヒーラー。例え那月くんが怪我をしても私が居れば治してあげられるからね」
那月を止めることが出来ないと分かった百花はついて行く選択を選んだ。確かにヒーラーの彼女が同伴とあらば死の可能性は半分以上に減るだろう。
那月の足りない頭でもそれは理解しているようで、熟考の末に百花の同伴を承諾した。
もっとも、那月が断ったところで百花はついてきていたことだろう。
那月は百花の手を取ると、真剣な目で見つめる。
「わかったよ。百花、一緒にダンジョンに潜ろうぜ」
「うん!」
百花が元気な返事を返す。すると、那月は彼女の目の前に指を一つ上げた。
「ただし、危ないことはするなよ」
「それは、那月くんもね!」
百花が頬を膨らませて注意を返す。那月はその圧に押され一歩後ずさると、反射的に頷いた。
百花が満足気に鼻を鳴らすのを見て、那月は気の抜けた笑みを見せる。
「そんじゃまぁ、行くか」
「うん!」
二人はそう言うと、ダンジョンのある校舎へと向かうのだった。
「あ、私パジャマだ。着替えてくるね」
…………着替えの終えた百花と合流すると、今度こそ二人は校舎へと出向くのだった。
▼
校舎にたどり着いた二人は難しそうな顔をして互いを見た。
「ダンジョンってどこにあるんだ?」
「さぁ?私はそんなものがある事すら知らなかったから……」
ダンジョンの場所が分からないーーというとても重大な問題に直面していた。
二人は入学してからまだ三日と経たない。当然校舎の構造を全て理解しているはずもない。更に言うと、ダンジョンの場所は迷宮科という二年次から行われる授業で担当教師の口頭で伝えられる。故にダンジョンの場所は地図にすら載っていないーーはずなのだが。
「お、これ校舎の地図じゃね!?」
那月が何かを見つけたようにその方向へ走り出す。その先には『校内案内図』と書かれた地図が屹立していた。
掲示板のような所にデカデカと張られた地図は、どこかのお人好しな先輩が可愛い後輩の為に作ったのだろう。
「えーと、ダンジョン、ダンジョンは〜」
「あった!」
那月が地図に目を滑らせていると、横にいた百花がある一点を指さして叫んだ。
那月は遅れてそこに目を滑らせる。すると、そこには『ダンジョン入口』の文字が丁寧に書かれていた。
場所は、那月達の通う教室から見て左の方角にある階段ーー西階段の地下だとその地図では記されている。
お人好しな先輩は間抜けな先輩だったようだ。
「おぉ!ほんとだ!じゃあ、ここに行けば良いんだな!」
「きっとそうだよ!早速行ってみよ〜」
二人で握りこぶしを天に突き上げると、早速そこに向かおうと歩を進める。
しかし、突然その足が止められた。背後から声が聞こえたからだ。
「バカ黒滝。こんなにわかり易い所にダンジョンがあるわけないだろ……」
嫌に上から目線な言葉。言葉の節々に呆れと侮辱が滲んでいる。
那月はその言葉を耳にした瞬間、脊髄反射で振り返るとそこにいる人物に罵声を浴びせた。
「うるせぇぞ白浪!テメェの方がバカだバーカ!!」
白浪翔である。翔は那月の叫びを指栓で遮音する事で無視すると、口の動きが止まるのを確認してそれを外した。
「騒ぐなバカ黒滝。教師共に見つかったら面倒だ」
「あぁ、そうだな。……って違くて!何でテメェがここにいんだよ!?」
翔の忠告も虚しく。那月は先程よりも大きな声量で吠える。
翔は鬱陶しそうに目を逸らすと、何かを躊躇うように頬を掻いた。
那月は怪訝そうな目を向ける。
「な、なんだよ?」
「俺も連れて行け」
「…………は?」
唐突な翔の言葉を理解できなかった那月は聞き返す。
しかし、直ぐに返事は無い。翔は何かと戦うように唸り声を上げると、髪を掻きむしり、那月を真っ直ぐに見据える。
「頭だけじゃなく耳も悪いのか、バカ黒滝。だからーー俺もダンジョンについて行く。そう言ったんだ」
翔は恥ずかしそうに視線を逸らす。
対して那月はやはり状況を読み込めていないようで、イエスもノーも口にしないでただ黙って脳内を整理している最中だ。
ツッコミすらも飛んでこない状況に、更なる羞恥に襲われた翔は背を翻し、二人の視線から逃げる。特にニンマリ笑みを浮かべる百花の視線から。
「うん!私はいいと思う!二人とも仲良しだねぇ」
「「仲良くない!」」
百花の言葉に二人の声が重なる。
那月はそれで脳内整理が整ったようで、物凄い勢いで首を左右に振った。
「俺は反対だ!何で好き好んでコイツと行動を共にせにゃならんのだ!」
那月が言う。絶対にそこだけは譲らないと言う姿勢だ。
コイツを出し抜くためにダンジョンに行くのに、着いてこられたら困るーー!!そう目が言っている。
どうやらそれは翔にも伝わったようで、翔は悪戯笑みを浮かべた。
「ほう。なるほどなるほど。さては黒滝、ビビってるんだな?」
挑発。
「あぁ?」
「だってそうだろ?俺に醜態を晒すのが怖いから俺と共に行きたくない。つまりはそういうことだろ?」
煽る。
翔は那月の思惑に付け入る隙を見て、これぞとばかりに煽る。
対する少年は、それはもう爆発寸前である。
そしてーー
「んなわけねぇだろ!!おうよ!だったら良いぜ!着いてこいよ!そんでもってその節穴の空いた目、見開いてよく見てやがれ!!」
そして、ついに承諾を口にした。血の上りやすい頭は先程の考えを既に忘れてしまっているようだ。
翔はしてやったりと笑みを浮かべると、二人に背を向ける。
そして、一人先に歩き出した。
「着いてこい。ダンジョンはこっちだ」
「お、おい、待てよ!」
那月の講義など無視して翔はズカズカと先に進む。那月と百花は顔を見合わせると、慌ててそれを追いかける。
翔は地図に記されたダンジョンの場所に行くのではなく、校舎の外をぐるりと半周する。
校舎正面から半周すれば、当然校舎裏にたどり着く。
那月は何も無い白亜の壁ーー今は灰色の壁を見つめ、次いで前を歩く翔に講義の目を向ける。
「なにもねぇじゃねぇーかよー!」
那月が文句を垂れるも、翔は無視である。
それに腹を立てた那月が足を速めて翔に近づく。
その時だったーー。
「アブッ!」
「ーーッ!」
翔が急に足を止めた。すぐ傍まで迫っていた那月は当然、止まることなく翔に衝突した。
翔から鋭い睨みが飛んでくるが、那月は知らん顔をする。
翔はため息を着くと、目の前の壁を見やる。
「ここだ」
一見すると、普通の壁である。
那月が何も無いと翔に言うと、よく見ろと返される。
口を尖らせながら目を凝らすと、小さな窪みのような物が目に入る。更にその周りには細い線が長方形を形作るように走っている。
「扉?」
那月が尋ねると、翔は答えるよりもまず先にその窪みに指をかけた。百聞は一見にしかず。その言葉通り、翔は那月の問いに答えずにその手を引いた。
ゴゴゴゴ、という音ともに重たい壁が横にズレる。やはり扉だったようだ。
壁がズレたことで砂埃が立ち込める。それが晴れるまで暫し待つ。ようやく、晴れた視界の中。那月は階段を見つけた。
三人は目配せを行うと、その階段を慎重に下る。
暗い階段は人が足を踏み入れた瞬間、自動で明るくなった。
天井に埋め込まれた魔石が魔力を感知して光ったのだ。
明るくなった階段を警戒しながら十数段下りる。
そして、とうとう最後の段を下りる。
「おぉ」
誰かが感嘆の声を洩らす。
那月達の目の前。そこには厳つい装飾の施された紫色の扉があった。
「これがダンジョンの入口だ。前に来た時は結界が張られていたが、何故か無いな…………」
慎重派の翔が首を傾げる。楽観的な那月がその肩を叩く。
「まぁ良いじゃねぇか!入れるに越したことはねぇんだからよ」
「そうだね!とっとと入って、とっとと帰ろー!」
それに百花が便乗する。
翔はため息を着くと、ひとまず問題を棚上げする。
確かにダンジョン探索に支障が出る訳でもないなーー。
翔は頷くと、那月と共に扉に手を当てる。
「せーのっ!」
那月の掛け声に合わせて、思い切り力をかける。
重厚な扉は重たい声を上げると、ゆっくりとその口を開けていく。
ガンッと壁に当たる音がして、扉が開き切る。
すると、異様な雰囲気を纏った空気が流れてくる。先は暗く、構造が一切分からない。
「よっしゃ!行くぜ!」
「ふん……」
「うん!!」
日常では目にしない光景を前に、三人はいつも通りのテンションで歩みを進めた。そうして、ダンジョンという悪魔の体内へと呑み込まれて行った。
本作をお読みいただきありがとうございます。
「面白い!」
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「頑張れ!!!」
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