19話 第十試合
音淵先生が試合終了を告げる。
続けて、次の試合相手を指名する。
「さて、最後だ。最後は白浪 翔、黒滝 那月。お前たちだ準備しろ」
「センセ、ありがとうー!!」
那月が感謝を告げると、音淵先生は鬱陶しそうに視線を逸らす。
「それじゃ、ちょっと行ってくるわ」
「頑張れよ」
「気をつけてな、那月」
「那月……」
心配そうにする日奏ににっと笑うと那月は闘技場に向かう。
階段を一段、また一段と少しづつ登る。
登る度に色々な感情が足に伝わる。
悦楽。不安。期待。恐怖。
そのどれもが出てきて消える。
ただ、ずっと胸の奥をくすぐる感情が一つだけある。
負けたくないという熱意。
その熱意が那月の体を芯から熱して冷まさない。
翔との戦いに思いを馳せる那月はついにその舞台に足を乗せる。
闘技場に登ると、そこには既に翔の姿があった。
「よう!土下座の件。忘れたとは言わせねぇぞ!」
「………覚えている。だが、俺がそれをする事は無い」
準備体操を終えた翔が那月を一瞥して呟く。
「言ってろ……!」
那月も軽く体を解すために屈伸などをする。
一通り体が温まるのを確認すると、音淵先生に視線を送る。
「では、第十試合。レディ……」
「俺はお前に勝って、最強のプレイヤーへの糧にしてやるぜ!」
「……無駄口を叩くな、舌を噛むぞ」
「ーースタート!」
音淵先生が試合開始を宣言する。
「《雷電》」
「ーーえ?」
同時、那月の視界は白に染まり、意識は黒い世界へと落ちていった。
「ーーーーーがぁ!」
勢いよく起き上がると、那月は知らないベッドの上で寝ていた。
辺りはカーテンで仕切られていて、ほんのりと薬品のような匂いがする。
「ここは……?」
「あら、起きたのね」
「!?」
那月が辺りを見回していると、透き通るような綺麗な声とともに、白衣を纏った女性がカーテンを潜って現れる。
女性は二十代後半くらいだろうか、若々しい肌には艶があり、頬の下にあるホクロは少し色気がある。
白衣から覗く胸は今にもはち切れんばかりに豊満で、ミニスカートから伸びる黒タイツに包まれた足は見るものを殺してしまうのではないかと言うほどの魅力を備えている。
だが、今の那月はそれどころではなかった。
「あ、試合。そうだ、翔との試合があるんだった!わり、俺用思い出したんで、行きますわ」
「試合なら終わってるわよ」
慌てて、部屋を出ていこうとする那月に冷たい声でそう告げる。
那月は反射的に振り返った。
「は?」
「あなたはその翔君、とやらの一撃を食らって気絶。試合は終了。あなたはここ、保健室に運ばれたわけ。わかる?」
「は?いやいや、冗談はよせよセンセ。俺が、負けた?一撃?……ざけんな、ふざけんなよ!!」
那月が目に怒りを宿して、女性の白衣の襟を掴む。
それでも女性には焦りの表情は一つも見られない。
「いいえ、現実よ。あなたは負けた」
「嘘だ!」
「あなたには実力がなかった。ただそれだけよ」
「………そんな、わけ………」
那月は力なく女性の白衣から手を離すと、俯きがちに呟いた。
「だって、俺は五人目の特待生だろ……?」
「!?………ほんと、どうしてかしらね。校長はあなたなんかのどこに将来性を感じたのかしら。まったく、理解し難いわ」
那月の胸がドクンと音を立てて跳ねた。
言外に「落ちこぼれ」と言われた気がしたから。
「……失礼、しました」
掠れる声をピシャリと閉まる扉の音でかき消すと、那月は一年A組の学生寮へと向かった。
どうやら那月は放課後まで眠っていたらしく、辺りはすっかり茜色に染まっていた。
気の抜けた足取りで、長く伸びる影を見ながら、ゆっくりゆっくりと寮に向けて歩いていく。
数十分後。那月は寮の扉の前に立つと、大きな深呼吸をして、扉を開いた。
「あ、那月!」
中に入ると、ずっと那月を待っていたであろう日奏が心配そうに近寄ってくる。
「大丈夫?大怪我はしてないって聞いたけど……」
「え……あぁ………おう!このとおり元気ぴんぴんよ!」
那月は無理に笑うと、日奏に力こぶを作ってみせる。
日奏は怪訝そうにその顔を伺っていたが、ふぅと息を吐く。
「良かった……ほんとに、良かったよ」
心の底から安堵したような日奏を見ると、とても落ち込んだ姿など見せられない事だろう。
日奏の肩を叩くと、その後ろから二人の人物が那月に声をかける。
「おうおう、熱々ですな〜」
「那月!無事で何よりだよ」
ソファに腰をかけながらヒューヒューと煽りを入れてくる紅蓮。
水の入ったコップを持って、那月に近づく颯。
那月は颯から水を受け取るとそれを一息に飲み込み、紅蓮のいるソファへと行く。
「少しは心配しろよな」
「何言ってんだよ、お前に心配とか不要だろ?」
「まぁ、な」
那月と紅蓮は互いを見て笑う。
「にしても、腹減ったなぁ」
「そうだなぁ」
「二人ともだらしないよ」
二人が腹を鳴らして、ソファにだらりと寝そべるのを日奏が注意すると、奥の方から声が掛かる。
「ふふ、二人ともいい音を鳴らしますね。もうすぐ出来ますから、待っていてくださいね」
優しい声を投げかけるのは、エプロン姿のめめである。
長いキツネ色の髪はポニーテールになっていて、手元では、包丁をコトコトと動かしている。
「めめ?何してんだ?」
「あぁ、なんか迷惑をかけてしまったとかで晩飯を作ってんのさ。律儀だよなぁ」
ほか二人も頷いて同調すると、また別の声が会話に混ざる。
「まぁまぁ、いいじゃないの。僕は女子の手作りご飯が食べられるなら、理由なんて必要ないのさ」
「あぁ、お前は心底幸せそうだよな」
紅蓮にツッコミを入れられるのは眼鏡をかけた青髪の少年ーー天斗である。
「ハロー那月くん。よろしくねぇ」
「おう、よろしくな天斗」
那月は差し出された天斗の手をとり、ふと思い出したことを口にする。
「そういや、お前の《集中》?だっけ。あれ凄かったな」
「そう?そう言って貰えると嬉しい限りだよ。まぁ、めめちゃんに負けちゃったんだけどね……」
自虐風にそう言うと、天斗はめめの方を一瞥する。
視線に気づいためめがあわあわして一生懸命に頭を下げる姿を見て、天斗はほんとに幸せそうな顔をする。
「そういえば、那月は残念だったね。君も負けちゃったでしょ。それも一瞬で」
「……まぁな」
「でも、そう落ち込むこともないんじゃない?相手はクラス一位の特待生。怪我が一つもないんだからよくやった方だよ」
天斗はそう言うが、那月にはそれは違うと思った。
那月が怪我をしなかったのは確かに那月が頑丈だったのもあるだろう。
だが、那月の体がいかに頑丈であったとしても強力なスキル相手に無傷なんてことがほんとにあるのだろうか。
答えは否である。
であれば、何故那月は無傷だったのか。
もう、答えは一つしかないだろう。
そう、翔が手加減をしたのだ。
つまり、那月に同情し慈悲を与えたということ。
「ーーッ!」
その考えに至ると、つい体に力が入ってしまう。
自分はただ負けたのではない。情けをかけられて負けたのだ。
その事が保健室で目覚めてからずっと那月の脳裏を駆け巡っていた。
那月が負の思考に没入思想になるところで、暖かな声が響く。
「はーい。お待たせしました。夜ご飯ですよ」
めめである。
大きなテーブルに所狭しと並べられた数々の料理。そのどれもが那月の思考を断ち切り、ぐうの音を誘う。
めめは作りすぎたと頭を小突くと、他のみんなを呼びに行く為に廊下を歩いていった。
「まぁ、今考えても仕方ないよな」
「ん?那月なんか言った?」
「なんでもねぇよ」
「な、なんだよぉ」
那月は日奏の頭をぐしぐしと撫でると、テーブルの前に並ぶ椅子に腰をかける。
「「ふぃー、食った食った」」
二人の声が見事に揃う。
食事前と同じようにソファにだらしなく座る紅蓮と那月である。
めめの料理はとても美味しかった。
そのため、みんなにも好評で、那月も紅蓮もついつい食べすぎてしまったのである。
「もぅ、何度言ったら分かるのさー」
頬を膨らませて怒る日奏に紅蓮は母親か!とツッコミを入れる。
「まぁ、でも気持ちは分かるよ。めめちゃんの料理はどれも美味しかったからね」
「だろう、あれは絶品だったね」
まだ食べ足りないと言った様子の二人に日奏はため息をつくしか無かった。
「二人は胃袋に獣でも飼ってるの?」
「俺の胃袋は疲れ知らずだぜぇ」
「そうだ、そうだ!」
紅蓮に翔が便乗する。
「ただまぁ、体は疲れたし、今日はもう風呂入って寝るかな」
那月はそう言うと、立ち上がる。
「そうだな、風呂入って寝るか」
「うん」
「じゃぁ、俺先行ってるな」
那月は一人でソファから離れると、明かりの付いていない暗い廊下へと歩いていく。
「おう、俺もすぐ行くわ。……………ん?風呂?って、那月ーーーー」
紅蓮の声は虚しく空気に溶けていく。
那月はフローリングの廊下を裸足で歩くと、一番手前にある格子戸に手をかけ、横に開く。
ガラガラと音を立てて開いた扉の先には桃色の髪を靡かせて驚いた顔を見せる少女がいた。
ジャージを足下まで下ろした状態で固まる少女。
白い生地に桃色の水玉模様の下着は小さな胸と相まって子供っぽさを醸し出している。
「え、あ、す、すまん!」
「いぃぃぃやぁぁぁぁあ!!!!」
甲高い声とともに飛んでくる拳は那月の腹に突き刺さり、那月はくの字に折れて倒れる。
扉は大きな音と共に閉められる。
「あちやぁ、遅かったかぁ」
額を抑えながら歩いてくる紅蓮と、耳まで赤く染めた日奏がやってくる。
「ななななななな、那月!!……エッチ!変態!すけべ!!」
「お前、学習しねぇなぁ」
日奏の暴言と紅蓮のあきれ声を遠くに聞きながら、那月は本日二度目の気絶に眠るのだった。
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