18話 第九試合
一体何が起こったんだ。
誰かの一言が辺りに静かに溶けていく。
しんと静まり返る訓練棟。
原因は第八試合である。
「なんで動かねぇんだ?」
紅蓮の一言が全てを物語っている。
音淵先生が試合開始を告げた直後、勢いよく短剣を抜いた花恋はそのまま短剣を床に落とした。
まるで糸の切れた人形のように手をだらりとぶら下げ、膝を地面に着けて虚空を虚ろな瞳で映している。
花恋の左目は灰色に染まり、隣の瞳にも光は届かない。
ただ、口だけが小さく動いている。
しかし、それも動いているだけで言葉はもちろん音すらも聞こえてこない。
「……動けないんだよ」
日奏もよくは分かっていないが、そう告げる。
「あぁ、一睨みだ」
「一睨み?」
「あぁ。たったの一睨みで、勝負が着いた」
颯の言葉通り、結夢はただ花恋を睨んだだけである。
ただ、そこにスキルが付け加わっただけ。
だが、それだけの事が勝敗を分けた。
目を合わせただけで勝負が着く。まさに初見殺し。
初めて彼女と退治して立っていられるものはそうそういないことだろう。
「強すぎる……」
結夢はゆっくりと足を動かすと、一瞬で勝負を決めた実力者とは思えないようなたどたどしい足取りで花恋に近づいて行く。
花恋の元まで行くと、背中を屈め短剣を拾う。それを花恋の首元まで持っていき、音淵先生に視線を向ける。
「………………………私の………………勝ち?」
「え、あぁ。第八試合。勝者、無花果 結夢!」
小さな拍手が送られる。
だが、そのほとんどの人が何が起こったのか理解出来ていないようだ。
結夢は花恋の肩を手で二回叩く。
「ーーわりぃぃ!!」
すると、瞳の灰色が徐々に薄れていき綺麗な紅色になる。
と、同時にめを見開き、大きく叫ぶ。
突然動いた手に結夢が飛ばされ尻もちを着く。
それを見た花恋が嬉しそうに頬を緩める。
「や、やったの……ボクの勝ち?」
「いいや、お前の負けだ」
音淵先生の言葉にばっと体をそちらに向ける花恋。
その目は何故?と訴えている。
「え、でもボクの短剣で結夢ちゃんを斬ったのに」
「それは幻だ。お前は結夢のスキルで幻を見せられていたんだよ」
「そ、そんなぁ……」
へなりとその場に手を着くと、直ぐに顔を上げる。
「やるねぇ、結夢ちゃん!ボクと友達になろ!」
「………………?」
結夢は首を傾げる。
しかし、ちょこちょこと四つん這いの状態で近づいてきた花恋に無理やり手を取られそこに花恋の小さな手が重ねられる。
「はい、これで友達ね!」
有無を言わせぬ強引な攻めに結夢はつい、こくりと首肯する。
「やたー」
花恋は結夢と一緒に立ち上がると、同じ階段から共に降りていった。
音淵先生は二人が降りるのを見送ると、次の対戦相手を指名する。
「第九試合ーー」
那月の胸がドクンと跳ねる。
頬が自然と緩む。
「熊川 獅雄、影谷 鵺。準備しろ」
那月が翔に視線を向けると、翔も那月を見ていた。
那月と翔が共に視線を重ねると、両者とも目付きを鋭くし、頬を三日月型に歪める。
━━次、絶てぇ勝つ!!
そんな事を心に思いながら二人は瞳に宿る熱で、視線に火をつける。
那月と翔のやり取りを後目に日奏は紅蓮と颯に一応那月にも聞こえる声量で、説明をする。
「獅雄くん。スキル《金剛》。自身を鋼のように硬くするスキルだね。噂によると、その一撃でゴーレムを粉々に粉砕したとか」
「あぁ、同じところにいたから知ってる。あれもやばかったな……」
「お前の試験会場カオスすぎるだろ」
紅蓮の試験事情をしれたところで、闘技場に一人の少年が現れる。
頭を丸刈りにした少年。クラスで一番と言っていいほどガタイがよく、ジャージがみちみちになっている。手には何も持っていないことから素手で戦うのだろう。
その少年ーー獅雄が闘技場に登ると、反対側からもう一人少年が闘技場に登る。
那月たちから見て手前側から登る少年は獅雄とは対照的に痩躯な体型をしており、こちらも手には何も持っていない。しかし、どうしても素手で戦うとは思えないため、スキルを使うのだろう。
「あいつは……?」
「鵺くん。《影霊》という影を操るスキルを使うね」
「強そうだな」
音淵先生が試合を開始するために口を開く。
「第九しーーん?」
すると、鵺が細い腕を動かし挙手をする。
「先生、スキルは試合開始と同時に発動ですか?」
「いや、そうだな……相手に直接危害を加えないのであれば良しとしよう」
「そうですか」
そう言うと、鵺は黒い髪を靡かせて辺りを見回すと、那月たちを見て、近寄ってくる。
「なんだ?」
「紅城、朱桜。借りるぞ」
「え、?」
「あん?」
鵺は体格に似合わない強い口調で告げると、手を地面につける。
そこには証明に照らされた紅蓮と日奏の影があった。
「《影霊》」
鵺がスキルを唱えると地面を黒く染めていた影が、その濃さを増し、うねうねと動き出す。
「う、うぉ!?なんだ!?」
「え、え!?」
影は地面から手を出すと、地面を掴んでその体を持ち上げる。
そこから出てきたのは黒い紅蓮と日奏である。
「え、これは?」
「お前たちの影、すこし借りるぞ」
それだけ言い残し、鵺と紅蓮、日奏の影は闘技場に戻って行った。
紅蓮は何か言いたげだったが、日奏がそれをどうにか止めることでその場は落ち着いた。
鵺が闘技場に戻ったのを見て音淵先生が再び、試合開始を宣言する。
「第九試合。レディ、スタート!」
獅雄は鵺の隣に立つ二人の影をじっくりと観察すると、ほぅと息を漏らす。
「なるほど、それがお前のスキルか。確かに強そうだ。だが、弱い。まだまだだ。本当に俺に勝つ気が有るのならば俺の影を採るべきだったな」
「残念ながら俺のスキルで出た影は、影本来の持ち主に攻撃が出来ないもんでな」
「それは残念だ。俺も俺自身と相対したかったんだがなッ!」
言い終わると同時に獅雄が地面を蹴る。
コンクリートでできた闘技場に足跡を残し、一瞬にして距離を詰める。
そして、勢いそのままで拳を振り上げそれを繰り出す。
「セイっ!」
獅雄の拳が鵺に当たる前に鵺と獅雄の間に紅蓮の影ーーめんどいから影紅蓮ーーが割り込んでそれを止める。
「ほう、これを止めるとはなかなかやるな」
止められたことに感嘆の声を漏らすと、今度は大きく距離を取る。
「今のは危なかった。では今度はこちらから行くぞ」
鵺は影二人に指示を出す。
影紅蓮が動き出し、獅雄に迫り行く。
影紅蓮が獅雄の懐に入ると、大きく振りかぶった拳を獅雄の腹目掛けて繰り出す。
「遅い!」
拳は獅雄に当たる直前で、大きな掌に包まれ、止められる。
「ーーッ!?」
だが、それを読んでいたかのように影紅蓮は自分の拳を止めている腕に自分の腕を絡め、獅雄の腰に自分の腰を当てると、勢いを付けて背負い投げをする。
地面に叩きつけられた獅雄は一瞬呆けた顔をするが、その隙を狙って拳を繰り出してくる影日奏を視認して、元の厳つい顔に戻る。
「《金剛》!」
次の瞬間、獅雄の肌が銅色になる。
金属のような光沢を放つ獅雄の顔面に日奏の拳が当たる。
しかし、獅雄の肌には傷のひとつもない。それどころか痒いとばかりに頬をひとかきすると手で頭の上の地面を掴むと、足を振り上げ跳ね起きる。
そして、次の命令を待つ影二人の頭を鷲掴みにすると、地面に叩きつける。
「ーーラアッ!」
地面に叩きつけられた影はシュルシュルと地面に溶け、元の主人の所へと戻って行く。
影が日奏と紅蓮の元に辿り着くのを確認して獅雄は目を鋭くして鵺を睨む。
「影は消えたが……まだ続けるか?」
「……………いいや、降参だ」
鵺が白旗を上げる。
そこで第九試合が終わる。
「第九試合。勝者、熊川 獅雄!」
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