表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/45

事情

「曾祖父はたぶん、普通の人には理解できないくらい妻を愛していたんだろうね。曾祖母の死を受け入れられなかったのかもしれない。でもどれほど曽祖母を留めようとしても、遺体は容赦なく朽ちてゆく若くして死んだ。妻の面影を留めておきたかったのか、曾祖父は腕のいい人形職人を探し、妻と瓜二つの人形をつくらせたそうだよ」

 淡々と流れる話し声に混じって、翡翠の鳴き声が遠くから聞こえてくる。陽光に照らされた庭は美しく、朝露に濡れたもみじの葉が赤々と景色を彩っていた。

 真織はぽつぽつと、事の顛末を私に語ってくれた。

 あの生き人形が完成したのは、昭和八年。

 しかし人形という器が完成しても、そこに真織の曾祖母の魂が宿ることはついぞなかった。

 真織の曾祖父や、彼に雇われた霊能力者たちは、様々な方法であの世から曽祖母の魂を取り戻そうとしたが、そのことごとくが失敗に終わったという。

「けれど時々、あの人形が昨晩みたいに突然生気を帯びることがあった。それが何故なのか、追及した末に曾祖父が編み出した〈人形に魂を宿す〉方法が、昨日僕が作った〈匣〉なんだ」

「ハコ?」

「怪奇譚を聞いた人形師が、木の匣の中に怪異のモチーフを彫り起こす。そうして完成した匣に何が宿っているかは、僕もよく分からない。作り手の気が移るのか、語り手の思念が宿るのか、それとも本当に怪異の魂なのか、曽祖母の魂なのか」

 友人の言葉にじっと耳を傾けて、ふと思う。

 真織の父親は彼の弟に不動産の運営や会社の経営を一任し、妻に子育てを任せきり、家族と別居する形でこの別荘にこもって一人で暮らしていた。

 坂之井家の長男は代々この別荘と、墓守にも似た人形の番を担って来たのではないか。

「だけどあの匣を入れると、ほんのわずかな間だけど、確かに人形に魂が宿るんだ」

 人形に魂が宿る。

 それは彼の曾祖父のみならず、ギリシア神話のパンドラの例を挙げるまでもなく、太古から現在にいたるまで続く人類の夢だ。同時に、荒唐無稽なおとぎ話でもある。

 そして確かに昨晩、私はあの生き人形と目が合った。

「もしかして匣を作るために、俺をこの別荘に呼んだのか? 怪談を語らせるために?」

 真織は再び縁側に腰を下ろし、膝を抱えて大きなため息をついた。

「……それは、否定しないよ」


  障子を貼り換え、妹からの手土産を二人で食べてから、私は別荘を後にする。

「色々あったけど、まあ楽しかったよ。飯も美味かったし」

 別れ際にそう伝えると、友人は心底驚いたように私を見上げた。

「怒ってないの?」

「怒ってるさ、少しは。お前が澪の恩人じゃなけりゃ、とっくに絶交してる」

 真織は妹のドナーだ。

 八年前、高校生だった妹が交通事故で大怪我を追った時、幸運にも血液が適合した真織が快く輸血に応じてくれた。

 何度も頭を下げた俺と両親に、彼はいつもと同じ調子で飄々と、礼はいらないからこの先、自分が困った時に助けてくれとだけ言った。

 以来、妹の命の恩人になったことを、真織は一度も恩に着せたことはない。

 その時、俺はこの男と、この先何があっても友人でいようと決めた。

「……相変わらず義理堅い、番犬みたいな奴だなあ」

 真織は泣き笑いのような、何とも言えない顔で頭を掻く。

「番犬はお前も一緒だろ」

「はは、違いない。そうだ、今度は妹さんも一緒に連れて来てよ。生死の境をさまよった彼女なら、いいネタのひとつやふたつ持っていそうだしね」

「それは断る」

 即座に断ると友人はさほど期待していたふうでもなく、小さく笑って肩をすくめた。

「なんだ、残念。じゃあ、これはお詫びとお土産に」

 そう言って、真織は小さな根付をくれた。

 コインのように薄く平らな円の中に、私の干支である馬のモチーフが彫られていた。

「まあ、懲りずにまた遊びにきてよ。ここに呼べるような友達は、君ぐらいなんだから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ