『エッジ』 第11章 裏切り(3)
胸が苦しくなるほどの激闘が、涼香の正面では繰り広げられている。しかし、ほんのちょっとだけ首を右に傾ければ、うそのように静まり返っている。対比があまりに極端で、異様だった。
同じ関ヶ原とひと括りにするのが、不自然に感じる。仲間があれほどあからさまにダンマリを決め込んでいるというのに、よくも西軍の各将は戦っているものだ。涼香は宇喜田や小西らの気持ちを計りかねた。これでは、なんで自分たちだけがとほっぽり投げてしまったって、なんらおかしくない。しかし彼らは投げ出さず、懸命に戦っている。のちの世から来た涼香はこの一戦の帰趨を知っているので、目の前で戦う西軍の武将たちが哀れに感じてならなかった。
午前8時に戦闘が始まってから、涼香は戦場を見つめ続けていた。しかし、戦場の中の一場面、一個人を、じっと追うばかりだった。だから、今ようやく全体を俯瞰して、異常な状況に気づいたのだ。
滑稽に見える、と横の礼韻は言う。皆が命を賭けているのになんて失礼な言い方なのかと憤慨しながらも、たしかに滑稽だと頷かざるを得ない。傍観を決め込む裏切り者たちに、三成はせっせと狼煙を上げている。その悲壮感が、どうしても滑稽さを生んでしまう。
「そろそろ三成が島津に駆け込む頃だろう」
望遠鏡をはずすことなく礼韻が言う。涼香も遠く北国街道に焦点を伸ばすが、障害物と曇り空が視界を遮っている。
島津が陣を張るのは三成と小西行長の間。つまり島津は、三成のすぐとなりにいるということだ。本来であれば、西軍の優勢を最も肌で感じることができる位置で、より積極的に参戦していてもおかしくないところだ。しかし三成の横柄さにすっかりへそを曲げ、この日、不戦を決め込んでいる。もっと島津の側に立って言えば、三成が挙兵の意志を示してから昨晩までの扱いは、傍若無人と言っても言い足りないくらいだった。島津の提案はことごとくはねつけ、自身の主張だけは強く通す。これでは、戦場の実績充分の誇り高き軍が怒って当然だった。
すでに靄はきれいに払われ、見通しは悪くなかった。島津の陣から逃げるように石田陣に向かう者が、かろうじて見えた。八十島だろうと礼韻が呟く。史書では、三成の言葉を持っていった八十島がさらに島津を怒らせ、切りつけられたところを逃げ帰ったとある。馬にしがみつくように帰還する八十島の姿は、この後の西軍を予見するかのようだった。




