『エッジ』 第10章 すり替わり【reprise】 (3)
「すごい靄で分からなくてな、探したぞ」
若武者が息を切らせて言いながら、優丸の肩に手をかけてくる。
これが3人目だな、と優丸は思う。ここの見張りが3人だということは、願坐韻の話から分かっていた。優丸は直接聞いたわけではないが、礼韻経由で知らされていたのだ。
優丸は立ち上がると、3人目の若武者に用意していた握り飯を突き付けた。
「疲れたろ。食え」
声が違うことがばれないように、短く、そしてそっけなく言う。その唐突な言葉と握り飯に驚きながらも、伝達に走って疲れていた若武者は受け取ってほおばった。少しでも気付いた素振りを見せたらすぐさま首をはねるよう短刀を握っていたが、闇と靄がぼやかし、入れ替わっていることに気付いていない。
すぐに若武者は倒れた。握り飯の中には眠りに導くカプセルが入っていて、飲み込むと同時に効き目が現れたのだ。優丸はホッとし、大きなため息を吐いた。
礼韻が来て、2人で大木まで引っ張っていく。
「おい涼香、いいぞ」
木の上に向かって礼韻が低く言い、涼香が飛び降りてきた。
涼香はすでに用意していた足軽姿に変わっている。体は胴丸、顔は面頬とほうろくで覆っているので、女だとは分からない。
「すり替わりの完了だ。あいつらは目を覚まさない。半日過ぎたら、またカプセルを口に放り込んでやる」
「この天候で助かったわね」
涼香の言葉に、礼韻はフンと鼻を鳴らす。
「これくらいの芸当、晴れていようがこなせるに決まっている。それに関ヶ原の戦いが終始悪天候だってことは、その後に生きる人間からすれば当たり前のことだ」
礼韻の傲慢な言い方など、涼香は慣れっこだ。「自分にできないことなどないんでしょ」と皮肉のひとつでも言ってやろうとした涼香だが、緊迫した状況下なので控えた。
しかし、言うだけあってすばらしい手際だと思った。たしかに礼韻は何事も平然とこなしてしまう。知識を要するものも、技術を要するものも。そしてまた、優丸が礼韻の迅速さに合わせて行動していたことにも驚いた。
「やるわね、あなた」
涼香が言うと、優丸はフッと薄く笑った。しかしその短い反応の中に、礼韻のような見下す気配はなかった。ただ単に、無口でおとなしい男なのだ。
「とにかくセッティング完了だ。迎えの来る明日の晩まで、予定通り関ヶ原の合戦見学に耽ろうじゃないか」
礼韻が槍を拾いながら言った。
「この時代、武器を持っていないのじゃ訝しがられるぞ。ほら」
礼韻に渡され、優丸と涼香が槍を持つ。叩くのが本来の使用法なので、見た目よりもずしりと重い。もしも何かあったとき、こんなものを振り回せるものだろうかと、涼香は不安になった。
「あっちが松尾山だな」
礼韻が槍の先を向ける。2人がその先を、目で追う。
時を渡って来た3人は、西暦1600年10月20日未明、松尾山を望む小山の雑木林で東軍の衣装を纏い、立っていた。




