『エッジ』 第9章 時渡り(2)
たしかに、男3人が時渡りを伝えた。
地滑りが幻影だと見抜いたあとに、だ。
しかしそれだけだった。彼らは短く伝えると、振り向いて去っていった。
その後はなにもない。それを具体的に指示する者が来るわけでもなく、一通の通知すら届かない。
礼韻、涼香、優丸の3人はなんとなく落ち着かない気持ちのまま、午後をすごした。
礼韻と優丸は本を読み、涼香は小屋の中を掃除していた。しかし礼韻はなかなか集中できず、小屋の日陰に椅子を持ち出して午睡に耽った。
陽が落ち、いつもと同じように老婆が小屋に訪れて夕食を置いていった。涼香がなにか聞こうとするのを礼韻が敏感に察し、止めた。
「すず、あの帷面が、こっちからなにか聞いて簡単に答えると思うか?」
「思わないけど……」
「それなら無駄吠えはしないことだ。余計なうろたえ方を見せれば、帷面は取り消すかもしれないぞ、時渡りを。とにかく向こうからの動きがあるまで待つしかない」
老婆が去ったあと、礼韻が涼香をたしなめた。
「でも……」
「いいか、すず、これからおれたちはひとつもエラーができない試合に臨むんだ。一つ一つの行動を熟考してするんだ。ミスをすれば、命をなくすぞ」
涼香が下を向く。
「すず、お前だけ行かなくてもいいんだぞ」
その言葉にパッと顔を上げた涼香は、静かに首を振った。
「私も試験に受かったのよ。時を渡る権利があるわ」
強く礼韻を見つめた。そして礼韻が頷いたのを見て、老婆の置いていった夕食を机に広げた。
「とにかく食べましょう。しっかり食べて力を付けておくことが、最も的確なことでしょ」
礼韻は握り飯を取りながら苦笑した。
それと同じ時刻、臥せっていた願坐韻が状態を悪化させた。
吐血し、脈と血圧が下がった。付き添う医師は危険な数値だと3人の付き人に伝え、そして願坐韻から離れた場所で、
「手の打ちようがない」
と小声で言った。
「老衰で心臓も動きが弱い。とにかく強い薬が使えないのです」
願坐韻に長く仕えた医師は、率直に言った。むしろ彼にとっては、ここまでもった方が意外だった。
願坐韻は礼韻、礼韻と念じ続けていた。しかし帷面の里の小屋へは距離がありすぎ、拈華微笑は通じなかった。




