『エッジ』 第9章 時渡り(1)
深夜、山の中に停まる一台のバス。そのなかに設置されたベッドに仰臥する願坐韻の頭の中に、言葉が飛び込んできた。
「お孫さんは合格です」
短いが、明瞭な言葉だった。
願坐韻はじっと天井を見つめたまま、それはよかったと、頭の中に言葉を浮かべた。おそらくはバスの外に帷面の者がいて、拈華微笑の手で伝えに来たはずだった。だから願坐韻も、それに返したのだ。
――― 3人とも、だろうか?
願坐韻は続いて返した。
数時の間を置いて、肯定の念が願坐韻に届いた。
願坐韻はしかし、そのわずかな間が気になり、3人ではまずかっただろうかと、見えない相手に問うた。自身が時渡りで遭遇した危険、それと礼韻の若さ、その2つを考慮し、涼香と優丸を帯同者として設定したのだ。 しかし時渡りへの試験として、その2人が却って邪魔になったのではないかと思い悩んでもいた。
返答がなかった。問いに対して即答するということは、たんなるお使いの者ではなく、それなりに事情を知る高位の者が出向いてきていると教えているのと同じことだった。帷面はどんな些細なことでも、相手に情報を漏らすことを嫌う。外の者が帷面であれば、即答しないのは当然のことだった。
――― 帷面の者よ、私はもう数日で生を終える。また今現在、筆を持つちからもない。だからあなたが情報を得ている立場の者であれば、ぜひとも教えてくださらんか。
願坐韻は心から願った。
それから間を取って、願坐韻の頭に長い言葉が返ってきた。
試験を合格するにあたって、優丸の存在が大きかった。礼韻単独では、合格をさせていたかどうか分からない。しかしあの2人が合わされば、合格にして問題がなかった。時を渡った際に、さまざまな困難を乗り切れるだろう。もう一人、涼香に関しては、これはむずかしい判断だった。素直に言えば2人の足を引っ張ることになり得る。だが棟梁たちの合議で、最後には3人での時渡りと決定された。
そして、言葉が一旦切れ、続いた。
涼香という存在が、礼韻を危機に陥れるかもしれない。しかし礼韻の助けとなることも多分に考えられる。
願坐韻は帷面から流れてくる言葉を、じっと咀嚼した。
そして願坐韻の頭の中がまとまったところで、帷面から最後の言葉が、強く、明確に流れてきた。
「おそらく彼らの時渡りは、あなたが考えているより早く行われるであろう」
そして言葉が止み、気配が去った。
願坐韻は胸の上で手を組み、じっと天井を見つめていた。




