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7話 助手席ゴリラ

 ハジメはチャラい男が嫌いである。


 なぜかと言えば、軽薄に女性をかどわかし、とっかえひっかえ相手の気持ちも考えずにもてあそんでいるようなイメージがあるからだ。


 ……もっとわかりやすく噛み砕くと。

 自分よりも女にモテて、エロい事をいっぱいしてそうで羨ましいから嫌いなのだ。


 (ねた)みなのだ。

 (そね)みなのだ。


 自分だってモテたいし、エロい事をいっぱいしたいのだ。

 クラブとかいわれる合意の元で夜な夜なエロい事を行いそうな場所にだって行ってみたいのだ。

 要するに、エロい事をガンガンやっているであろうチャラ男が憎いのである。


 そんなチャラ男が自分の(仮)の恋人や初めて連絡先をくれた女性に対してチョッカイを出していた。


 結果どうなるか。


「黙らんかーーっ!!」

「「「ウェっ!」」」


 強制正座で説教である。


 説教とは、ある事項に置いてアドバンテージを持ち優れている人間が、それに対して劣る人間を説き導く行為である。

 もちろんハジメは女関係という点においては、あからさまにウェーイ達より劣っており、勝る面といえば、その体躯と社会経験である。

 だが、ここはファミリーレストランという憩いの場であり、学生と思わしきウェーイ達に社会経験云々を問うたところで効果は薄い。となれば、残った体躯を活かすのは当然の事。

 威圧感を持って屈服させ、真面目に生きるようグチグチと針をさす。自分達の軽率な行動がどんな結果を招くか身を持って理解しただろうと、ネチネチと理解させているのである。


 もちろんこのハジメには珍しい『ネチネチ』『グチグチ』には、女性関連の嫉妬が大きく影響しているのは言うまでもない。


 尚、国見からユキが蹴り飛ばした人間の安否の確認や、念の為の救急車の手配はすんでいることは確認してからの説教である。その辺は社会人として最低限だけ、ちゃんとした後なのだ。


 病院から程近いという事もあり、10分も説教をしない内にウェーイ達は病院へと去っていくのだった。

 尚、それに合わせてハジメ達もレストランから追い出されるのは当然だった。


「はぁ……なんか今日は疲れたわ……」

「なんていうか……俺もです。」


 小さくため息を付く二人。

 ユキはそんな二人の様子など、どこ吹く風で全く動じていない。


「じゃあ送りますよハジメさん。」

「えっ? いいんスか?」


「えぇ。ちょっと諸々の説明もありますから、そのついでです。

 ユキちゃんは……まぁ大丈夫よね」

「ええ。問題ありません。」


「もう帰り道で変な実験しないでよ……」

「先ほどで十分に検証できましたから大丈夫です。では。」


 背を向け歩き出すユキ。

 ハジメは何と声をかけて良いかわからないが何か声をかけたくなり、どうすべきか分からず、手だけが忙しく動いている。

 するとユキは立ち止まって振り返った。


「おやすみなさい。ハジメさん。」


 そう一言放ち、笑顔を残すユキ。

 ハジメにとって、その笑顔の破壊力たるや凄まじく、3段階程ボリューム調整を間違えたくらいの声量で


「おっ、おうっ!

 おやすみ! ユキちゃん!」


 と、なんとか返し、無駄に手を振り続けるゴリラだった。


 そんなゴリラに国見の声は届かず、ユキの背中が小さくなるまで手を振り、国見に呼ばれている事にまったく気が付かないハジメだった。



--*--*--



 美人の女性が運転する車に乗ったことなど無く、助手席に座っても落ち着かないハジメ。


 運転手は前を見ているからきっと気にはしないはずと思い、タイトスカートから伸びる脚線美に思わず目がいってしまう。

 美しい横顔に、すらりとした足。シートベルトで強調された胸のふくらみに漂ってくる女性独特の甘い香り。

 助手席で気づかれないように左手をポケットに突っ込み、コッソリ《《位置》》を修正せずにはいられない状況。


 バレないように位置を修正しようと画策していると国見が喋り始めた。


「今日は色んな事があり過ぎましたね……ハジメさんもお疲れでしょう。」

「そ、そっスね。」


「あ、ユキちゃんにつられてハジメさん。って呼んでしまいましたが良かったですか?」

「か、かまわないッス。

 というか、嬉しいッス!」

「あら。ふふふ。」


 国見が軽く笑い、少し間があく。


「……ハジメさんはこれからユキちゃんと関わっていくつもりなんですよね?」

「う、ウス! つもりッス!」


「でしたら、ユキちゃんの事や……マガツキの事をお話ししておきますね。

 大分現実離れした話ではありますけれど。」


 国見の言葉にハジメは落ち着きを取り戻す。

 初めてできた恋人や美人な知り合いなんかで浮かれていたが、ハジメは今日の夜明け前に殺されかけていたのだ。


 マガツキに……そしてユキちゃんに。


「それは俺も気になってたんで……聞いておきたいッス」


 ハジメの雰囲気が変わった事を感じとったのか、国見はチラリとハジメに目を向ける。

 何となく感じていた身体に絡みつくような、ねばっこい視線は既にハジメから感じられなくなっていて、しっかりと自分の言葉を聞こうとしている様子に、軽く息を吐いてから口を開く。


「まだ詳細はお伝えできませんから簡単な説明になりますけど……まず、もうご存知ですが『マガツキ』という存在について。

 この存在は一般の人は全く知りません。……ですが、実はずっと昔からいたんですよ『マガツキ』は。


 彼らははるか昔から存在し、その存在を知る者達と相対し続けていました。

 ただ……この20年で急激にマガツキが活発化し、そのあり方が大きく変わりました。

 人に害をなす事案も増え、相対する者達は一層の厳しい対応が必要となり、その為の組織が組まれ、マガツキの存在を知る者達が組織に協力するようになりました。」


 国見が一度口を閉じ、少し悲しそうに小さく息を吐く。


「……そして今、組織を通して昔よりもマガツキの理解が進み、分かった事はマガツキが『人ではない何かが人に宿り』変質した物であるという事。

 そして、その『人ではない物』を滅ぼす事ができる人間こそが、ユキちゃんと後3人の選ばれた人間だけだったのです。

 私達はユキちゃん達の戦いをサポートしながら、マガツキと戦う事を目的に日々行動している……という感じです。」


 ハジメはゴリラらしからぬ雰囲気で、顎に手を当てて考えている。


「それって……ちょっとおかしくないか?

 俺でも倒せたのに、ユキちゃんと後3人しか戦えないっていうのは。」

「そこなんですよ。

 そもそもハジメさんが戦えるって事態が、まず異常なんですよ。」


 ハジメと国見の目があう。


 ハジメは一瞬だけ交わった国見の視線に、どこか仄暗いような底冷えするような物を抱えているように思え、小さな寒気を感じずにはいられなかった。

 国見はハザードを点灯させて路肩に車を寄せ停車する。


 そしてハジメに向き直って告げた。


「私としては、まずハジメさんが一体何者なのかを知りたい。

 そして可能であれば私達……いえ、ユキちゃんを手伝って……助けてあげて欲しいと思っているのです。」


 さっき一瞬感じた視線とはまるで違う、まるで捨てられた子犬のような目をしている国見。


「ハジメさん!」


 助手席に座るハジメの右手を両手でつかむ国見。


「どうか、ユキちゃんを助けてあげてくれませんか?

 あの子いつも頑張りすぎちゃって……いつか倒れてしまうんじゃないかって心配なんですっ!」


 潤んだ瞳でじっとハジメを見つめつつ、にじりよる国見。

 そしてその掴んだ右手は、若干ほにゃっとした柔らかい感触にふれている。


 そう。

 国見の胸に当たっているのである。


 もちろん『当ててんのよ』ではあるが効果は抜群だ!


「おふっ! お、俺にできるなら、が、頑張りますよっ!!

 か、仮とはいえ、か、彼女を助けるのは当然ですっ!」


 ハジメの左手は忙しくポジションを変えるのであった。


「……あぁ、よかった~!」


 内心『チョロイ』と舌を出しつつ、ハジメの手を離し運転に戻る国見。

 走り出した社内で雑談を続け、ハジメの住む独身寮へと向かうのだった。


 車を走らせながら今回のハジメの入院については、ハジメの勤める会社ではマガツキの事を知らせるわけにはいかない為『自動車の爆発事故』に巻き込まれた形で説明してある事等を、雑談を交えながら説明していると、ハジメが2人の空間に慣れ緊張が取れたのか和やかな空気が漂いはじめていた。

 ほどなく会社の独身寮の前に到着する。


「あ、国見さんココです。ウチの寮。」

「へー。ここなんですね。玄関の前まで行きますか?」


 独身寮の玄関の前には駐車場を兼ねた広めのスペースがある。


「いや、ここで大丈夫ッス。有難うございます。」


 路肩に停車するとハジメがドアを開いて下車する。

 国見も下車し、車を挟んで見合った状態で口を開いた。


「一つだけお伺いしたかったんですが、マガツキは普通の人間が生身で触れる事ができないはずなのに……なぜハジメさんは触れる事ができたんでしょう。」

「なぜ……って言われても、なんか微妙なんスけど、なんとなく『触れる』『掴める』って思ったんですよ。」

「ふふ、本当に微妙ですね。」

「すんません。でも、なんで思ったんだろうなぁ。

 たしか、こう――」


 髪のマガツキと対峙した時のように『掴みたい』と、ハジメが考えた瞬間。

 ビュルルル と、どこからともなく自分の手にあの髪のマガツキのような物が突然巻きつき、黒い手袋を纏ったような手が出来上がっていた。


「「なんじゃこ(そ)りゃあぁぁっ!」」


 夜も更けて来たというのに、ゴリラとメガネの絶叫が響き渡るのであった。


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