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妹が『かぐや姫』になったので、 配信で結末を書き換えて救い出す  作者: ささかま


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1話 俺の妹が、月に連れていかれようとしている

俺の妹が、月に連れていかれようとしていた。


神代美月。

俺の妹で、俺よりずっと強い陰陽師。


その身体の奥には、S級ダンジョン『かぐや姫』の核がある。


かぐや姫は敵ではない。

目的を果たすために美月を器として選び、普段は主導権を美月へ渡している。


だから美月は、いつも通り笑える。

怒れる。

俺に文句も言える。


けれど今だけは違う。


第3段階解放。


かぐや姫が本来の力を取り戻すために、月への帰還衝動まで表に出している。


失敗すれば、美月は戻れない。

成功しても、次から制御はさらに難しくなる。


それでも進めるしかなかった。


月光が、刃になって落ちてきた。


俺は避けなかった。

避ければ、背後のメリーさんに当たる。


白い光が肩をかすめた瞬間、肉ではなく記憶を削られる感覚が走った。


子どもの頃、美月が初めて式札を失敗して泣いた顔が、頭の奥から薄くなる。


消えるな。


歯を食いしばり、薄れていく記憶を無理やり引き戻す。


配信画面に金色の表示が走った。


【第3段階解放戦闘】

【対象:神代美月】

【かぐや姫人格 顕在化】

【帰還衝動 上昇】


同時視聴者数、100,846人。


【またやってるのか】

【危険すぎる】

【でもここ越えないと先に進めないんだろ】

【赤ずきんまで出てる】

【今回、深いな】


コメントが流れるたび、『千夜一夜』のページが微かに震える。

観測が増えるほど、物語の固定はわずかに緩む。


俺は、このために配信を切らなかった。


見せ物にするためじゃない。

外側の視線で、閉じかけた物語に隙間を作るためだ。


足元の畳が裂けた。

竹の根が床下から伸び、俺の足首へ絡みつく。


赤い影が割り込む。


鋏が開き、竹をまとめて断ち切る。


赤ずきんが低く笑った。



「止まるな。ここで迷えば食われるぞ」



霧が広がる。

月光に触れた空気が凍り、竹の侵食を止める。


雪女が静かに言う。



「解放が深い。月が近い」



背後で、メリーさんがスマホを握りしめている。



「今、あなたの後ろにいるの。美月ちゃん、聞こえてる。でも……遠い」



遠い。


その一言で、胸の奥が冷える。


かぐや姫は敵じゃない。

美月も消えたわけじゃない。


ただ、力が大きすぎる。


月へ帰る物語が、器の意識ごと引っ張っている。


俺に戦う力があれば、力ずくで引き戻せたのかもしれない。


けれど、美月の方がずっと強い陰陽師だった。

救われるべき妹に、いつだって俺は守られてきた。


その事実が、今さら刃みたいに刺さる。


それでも俺に見えるものがある。


怪異の強さじゃない。

物語の綻びだ。


月下で、美月の身体が袖を上げる。


五つの光が浮かび上がった。


仏の御石の鉢。

蓬莱の玉の枝。

火鼠の皮衣。

龍の首の珠。

燕の子安貝。


求婚難題。

拒絶のための絶対条件。


赤ずきんが地面を蹴る。



「全部まとめて食い破る」



鋏が閃く。


火鼠の皮衣を裂き、龍の珠を弾く。


届かない。


蓬莱の枝が横から伸び、赤ずきんの肩を貫いた。


黒い文字が散る。


赤ずきんの膝が落ちる。

鋏の片刃が畳を削り、ぎりぎりで身体を支えた。


肩から散った文字が、赤い外套を黒く染めていく。


強がりの笑みが、ほんの一瞬だけ歪んだ。


雪女が氷壁を展開し、追撃を止める。



「重い。前よりも、明確に」



赤ずきんが歯を鳴らす。



「いいな。こういうのは嫌いじゃない」



嘘だ。


足が震えている。


それでも赤ずきんは退かない。


俺は前へ出ようとして、膝が沈んだ。


月光の圧だけで、身体が言うことを聞かない。


情けない。

この距離で、俺はまだ仲間に守られている。


美月の唇が動いた。

ほんのわずかに。



「……兄さん」



届いた。


次の瞬間、同じ口が別の声を出す。



「帰還を開始します」



冷たい声。

けれど、悪意はない。


それはかぐや姫の本能だった。

月へ帰るという、物語そのものの結末だった。


かぐや姫は俺たちを憎んでいない。

ただ、自分がそういう物語だと知っているだけだ。


メリーさんのスマホが震える。



「だめ。地上との縁が切られる」



月光が柱となって落ちる。


美月の足が、わずかに浮いた。


その瞬間、手が止まる。


ほんの一瞬だけ。


拒んだのではない。

物語の流れが、わずかに緩んだ。


その隙間を、俺は見た。


コメントが流れる。


【今止まった】

【選ぼうとしてる?】

【見えた】

【まだいる】


観測が集中する。

『千夜一夜』の文字が強く光る。


揺らぎが、広がる。


この視線がなければ、今の揺らぎは届かなかった。

美月を俺だけのものにしなかったから、物語の隙間が広がった。


『千夜一夜』の金文字が、求婚難題の記述を読み替えていく。


拒絶の条件を、選択の余地へ変えるための道筋が、ページの上に浮かんだ。


求婚難題は、拒絶のためのものじゃない。


誰も選ばないための条件。


だったら。

そこを、ずらせばいい。


俺は低く呟く。



「そこを変える」



金の文字が反応する。


五つの光に、細い線が繋がる。


俺は言葉を刻む。



「求婚難題は拒絶のための試練じゃない」



光が揺れる。



「帰る場所を選ぶための試練だ」



砕ける。


鉢が割れ、枝が落ちる。

皮衣が裂け、珠が揺れる。


意味が変わる。

拒絶が、選択へ変わる。


美月の手が動く。


強く。

確かに。


こちらへ向いた。


その瞬間、月光が乱れた。


コメントが爆発する。


【変わった】

【今変わった】

【いける】

【押せ】


同時視聴者数、100,846人。


観測が増える。

揺らぎが拡大する。


届く。


あと一歩。


ここまでやっても届かないはずだった。


境界もない。

支配も崩せていない。


それでも今だけは違う。


選択の余白が生まれた。

仲間が道を開いた。

視線が物語を揺らした。


なら、この一瞬だけでいい。


かぐや姫がこちらを見る。


美月の顔で、静かに微笑む。



「物語は、定められています。けれど、選ぶ余白が生まれるなら、結末は揺れます」



息を吐く。


震えは止まらない。


それでも踏み込む。



「知ってる」



一歩、前へ。


月光が降る。

骨が軋む。


それでも止まらない。


美月が、俺を見る。


完全じゃない。

それでも、確かに。


手を伸ばす。


届かない距離。

それでも伸ばす。


指先が、月光に焼かれる。


あと少し。

もう少し。


ここで止めたら終わりだ。


だったら今、掴むしかない。


世界が一瞬だけ静かになった。


月も、竹も、コメントも、息を潜めたように遠ざかる。


美月の口が動く。

声は聞こえない。


それでも分かる。


兄さん。


俺は、笑った。



「――その結末は、俺が書き換える」



月光が弾けた。

伸ばした指先が、白い袖に触れる。

月が悲鳴を上げた。


直後、美月の瞳に、人間の色が戻った。

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