91.ハッピーエンドガール
この修道院に来てから早六年。
長かったような気もしますし、あっという間だったようにも思います。
最初の頃から生涯を信仰の道に捧げる覚悟など毛頭なく、あわよくば良い家にお嫁に行って適当に足抜けするつもりだった不良修道女の身としましては、結果的にはその望みが叶ったと喜ぶべきなのでしょう。当時ぼんやりと想像していた将来像とは色々なスケールが違い過ぎますが。
「結婚式には絶対呼んでね。それであわよくば王都のイケメンを捕まえて、私らもりっちゃんに続いて還俗キメちゃいましょ!」
「「「おーっ!」」」
「そりゃまあ呼びますけど。招待状ならいくらでも出しますけど、実際に式を挙げるのは早くても一年か二年は先だって言いませんでしたっけ?」
わたしはこれから王都に向かうわけですが、別に目的地に着いたら即結婚というわけではありません。まずは近いうちにマー君の立太子を国内外に向けて発表、つまりは彼が次の王様になると正式に決まりましたよと世間に知らしめて、しばらくは王太子という立場で王様の仕事を隣で学びつつ補佐をすることになるそうで。
新しい仕事を覚えるのも大変でしょうし、いざ結婚となれば友好的な諸外国の王族や国内の有力貴族の皆さんを式にお招きするためのスケジュール調整がこれまた大変。逆に外国で慶事があればお呼ばれすることもあるかもですし、肝心の自分達の順番が回ってくるのはいつになるやら。
何やら野望を抱いているらしい先輩方および我が妹には残念ですが、彼女達が王都の独身男性とお近づきになれるチャンスは当分先になりそうです。
「クーちゃん、わざわざ実家のご家族に頼んでくれてありがとうね」
「いえいえ、これくらいお安い御用ですわ」
結婚がまだまだ先となるとわたしが住む場所が必要になるわけですが、それに関してはクーちゃんのご実家に居候させていただくことに決まっています。
王城までは目と鼻の距離ですし、各分野の指導者を招いて様々なお勉強の仕上げをするにも好都合。幾度か手紙越しにやり取りをしただけですが、我が親友のご家族は彼女に負けず劣らずの善良にして敬虔なる人格者揃いのようで。快く滞在を許していただけました。
「わたし的にはクーちゃんも王都に来てくれたら嬉しいんだけどねぇ。ぶっちゃけ、レイさんとの進展はどうなんです?」
「ええと、その、実は定期的に文通のお約束を……い、いえっ、私のことなどより、そろそろ出ないとお迎えの馬車が来てしまうのでは?」
ううむ、不器用な照れ隠しがなんとも初々しくも愛らしい。どんな形であれ、この愛すべき親友とは今後とも末永く仲良くやっていきたいものです。
「院長先生、そのうち結婚式にお招きする時には、上等なお酒を山ほど準備するように頼んでおきますから安心してくださいね!」
「こらこら、アタシをなんだと思ってるんだい。まあ、せっかく用意するってんなら断るのも悪いからね。うちの小娘共を引き連れて飲み干しにいってやろうじゃないか」
この恐ろしくも頼もしいボスとも当分お別れ。
寂しさと安心の割合は大体半々くらいでしょうか。
「おっと、アタシからも餞別があったんだ。普通は還俗する奴にそこまではしてやらないんだけどね」
「餞別? 何かいただけるんですか?」
「ああ、アンタも大好きなクソ不味い茶と世界樹の軟膏をセットでプレゼントだ。それがなくなっても新しいのを送ってやるからね。アタシの目がないからって、サボって修行をやめたりするんじゃあないよ」
「えぇっ、い、イヤですよ!? 何が楽しくてあんなの続けなきゃいけないんですか!」
「そりゃ、国王や王子のボウヤに万が一があった時に、アタシがいつも運よく居合わせるとは限らないからね。まあアイツらがくたばっても構わないって言うなら、別に気にしなくてもいいけどねぇ?」
「う……わ、分かりましたよぅ」
王族の方が命に関わる怪我をする機会など滅多にないでしょうが、病気に関しては何とも言えません。王様にもマー君にもまだまだ元気でいてもらいたいですし、そのためならば王都に行っても怪しげな拳法修行を続けるくらい我慢するしかないでしょう。差し当たり、クーちゃんの実家に着いたら殴る用の丸太か何かお庭に用意してもらわないと。
「ねえ、金髪……いや、リツ。アンタは本当に手のかかる子だったねぇ」
「ありゃ、院長先生ってばわたしの名前覚えてたんですね? てっきりお歳のせいで人の名前を覚えられないから、適当なあだ名で誤魔化してるものかと」
「そういうとこだよ! やれやれ、最後までこの調子とはね。ま、せいぜい達者でやりな」
この六年間で院長先生から初めて名前で呼ばれちゃいました。
リツというのは実のところ前世の頃と同じ名前だったりします。
この国では滅多に聞かないような珍名なのですが、わたしが産まれた時に不思議と両親の脳裏に揃って思い浮かび、これ以外ないと感じて名付けたのだとか。
もしかすると神様的な存在が何か働きかけたのかもしれませんが、そのあたりの真偽はまったく不明。名前が変わらなかったおかげで今生での混乱が僅かなりとも少なく済んだのは確かですし、もし神様説が本当ならお礼の一つくらい言っておくべきかもしれませんね。
「あ、そうだ」
実のところ、本当にそこに神様が宿っているのかどうなのか、仮にいるとしてもわたしの生まれ変わりに関わっているのかは分かりません。分かりませんが……まあ、少なくとも毒手モドキを修めたことで助けられた場面が何度もあったのは間違いないでしょう。そんなわけもあって、ここを離れる前に一言くらい感謝を伝えておくべきだと思ったのです。
「どうも、長いことお世話になりました」
修道院の裏手の泉に生えている世界樹の若木に向けて両手を合わせ、一人で静かにお祈りを。ここに来てから大変なことも多々ありましたが、それでも良い出会いに恵まれて楽しく充実した日々を過ごすことができました。
元を辿れば修道院がここに建てられたのは、この若木の存在があったからだと聞いています。ちょっと強引な感は否めませんが、ならば、ここでの生活が眼前の不思議植物のおかげだと言っても全くの筋違いということはないでしょう。
「わたしが来た時と比べたら、ちょっとだけ大きくなりましたかね?」
かつて古い時代にそびえ立っていた世界樹は、この国のどこからでも見えるほどの威容を誇っていたと聞いています。この若木もいつかは王都から見えるようになるのでしょうか。わたしが生きている間にそれが叶うのかは分かりませんし、植物に対して言うことではないかもですが、これからもお互い元気でやっていけたらいいですね。
「あら?」
その時、風が強く吹いて若木の葉がざわざわと音を立てました。まるでわたしの心の声に対する返事のように思えたのは、果たして錯覚だったのかどうなのか。
耳を澄ませば馬車の音が聞こえます。
どうやらマー君が迎えに来てくれたようです。
あまり長々とお待たせするのも悪いでしょう。
最後にもう一度だけ短く手を合わせ、わたしは神様がいるかもしれない若木に背を向けて歩き出しました。
これにて完結です。
最後までお読みいただきありがとうございました。




