66.堕ちた龍とガール
そもそもの話、レイさんには最初から敵を倒すつもりなどなかったのでしょう。黒雲を散らしてカミナリを封じ、その上でピカピカ光って黒龍の意識を自らに釘付けにした時点で、ほとんど決着は付いていたのです。
「あ、落ち……危なっ!?」
残り少ない魔力を振り絞り、急激に迫ってきた黒龍の突進を辛うじて躱したレイさん。しかし、それ以上の空中戦は不利と判断したのか、あるいは単純に飛び続ける余力すら失ったのか、一度の回避を成功させた直後にそのまま落下を始めてしまいました。
光と熱で多少のダメージを負ったとはいえ、敵は未だ意気軒昂。
先の一撃の空振りなど物ともせずに、すぐさま長大な身体をくねらせて重力に任せて落ちるレイさんを追って急降下を始めました。もはや追撃の必要すらないのでしょうが、やられっぱなしでは気が済まなかったのでしょう。
龍の巨体の質量が何十トンあるのかは分かりませんが、ただ適当に突っ込むだけでトドメには十分以上。なんなら直撃せずとも周辺の建物ごと諸共に吹き飛ばすだけで、間違いなく致命傷となるはずです。その場合、王都そのものにも重大な被害が出ていたに違いありません。
もし黒龍が急降下の勢いを保ったまま墜落していたら。
そんな、実際には起こらなかった仮定の話ではありますが。
「フンッッッ!」
自然落下するレイさんにもう少しで追いつきそうになった龍の長い身体が、いきなり『く』の字に折れました。あまりに速すぎてその瞬間がわたしの目で見えたわけではないのですが。その直前に裂帛の気合と共に届いた聞き覚えのある声と合わせて考えれば何が起こったかは明白。
我らが院長先生が、打撃が届く間合いにまでのこのこ近寄ってきた龍の顔面に飛び蹴りか何か喰らわせたようです。敵の敗因はレイさんばかりに気を取られて、他にも脅威になり得る人間がいるということが一時的にでも思考から抜け落ちてしまったことでしょう。
「おっ、他にも攻撃が飛んでいきますね」
無論、院長先生の一撃だけでは終わりません。
先程も見た光の槍が龍の胴体に何本も突き刺さり、お城からは火薬式の大砲らしき発射音が連続し、どこかの魔法使いが放ったらしき大火球や竜巻が巨龍の体力を絶え間なく削っています。
敵の黒龍は紛れもない強敵でした。
実際、もしも上空から一切動かずカミナリを落とすことだけを愚直に続けていれば、それだけで王都側はなす術もなく壊滅していたはずです。
今現在、王都のあちこちから放たれている攻撃を見る限り、レイさん以外にも上空の敵に届き得る攻撃手段を持っている人はいたのでしょうが、それらを散発的に繰り出しているだけでは決して有効打とならなかったでしょう。
それを察して、彼らがここまで攻撃を控えていたのも作戦のうちというわけです。もしもレイさんが小太陽を展開している最中に他の攻撃が飛んできていたら、敵は地上の他の人間を警戒して素直に降りてきてくれなかったかもしれません。
「打ち合わせなんて全然してなかったのに大したもんですねぇ」
一言も言葉を交わさずとも、誰かの動きを見ただけで即座に意図を察して他の皆が適切なカバーに入れる。王都を守る人々の大局観と戦術眼には、ただただ脱帽するしかありません。きっと常日頃からの厳しい訓練の賜物でしょう。
「あ、落ちた」
何度か飛び上がって逃げようとしていた黒龍ですが、度重なる攻撃を受けてとうとう力尽きたようです。まるで地震のような地響きを立てながら、力なく地上に落下しました。恐らくですが、王都に来た初日にわたしとマー君がボール遊びをした公園のあたりでしょうか。
あれだけの巨大質量が住宅街の上にでも落ちたら大変でしたし、落としても比較的軽い被害で済むよう、攻撃の威力や向きを巧みに調節していたのかもしれませんね。
「じゃあ、決着も付いたみたいだし人間に戻しに……ううん、その前にレイさんの様子を見に行ったほうが良いかな?」
「ええ、地面に落ちる直前にご自分で落下の勢いを減じていたのが見えましたが、あれだけのご無理をなさったのですもの。もし怪我や火傷を負っているなら急いで治して差し上げなければ」
ダウンした龍を人間に戻す必要もありますが、今もピクピク動いているのが遠くからも見えていますし、あの生命力なら今すぐ駆けつけずとも死んでしまったりはしないでしょう。まず間違いなく死にかけているであろうレイさんの確保と治療のほうが、優先度としては高いはずです。
幸い、彼の落下地点は今いる場所からすぐ近く。
偶然にも昨日食べ歩きをしていた付近とあって、わたしにも何となくの位置関係は掴めます。そうして見覚えのある通りに移動して間もなく、道路のど真ん中にボロクズのよう転がっているレイさんを発見したのですけれど。
「ええと、たしかこの辺りに落ちたと思うんだけど……」
「あ、ほらアレじゃな……い?」
「ん、どうしましたエリちゃ……ああ、なるほど。うん、まあ今回のは名誉の負傷ですし、流石にコレを変態扱いしてどうこう言ったりはしませんけど」
今回はお尻どころか全身から、それも単発のビームとは比べ物にならない高出力の光熱を出し続けていたのです。だからして上から下まで着ていたモノが残らず焼け焦げ、真っ裸になってしまったのも無理はありません。
飛んでいる時はそこそこ距離があったのと、その下の素肌まで少なからず焦げているせいか、近付くまで状態に気付きませんでしたよ。うつ伏せの姿勢で倒れているおかげもあって股間のブツが角度的に見えないのが不幸中の幸いでした。
「じゃあ、とりあえず……なるべく直視しないように努力しつつ、身体を隠せそうな布でも探しましょうか?」
レイさんが全裸になったのは我々や王都の皆さんを救うため。
なので道端で丸出しになっていたとしても決して変態などではないのです。仮に変態だとしても、法的にも多分セーフな正義の変態。何ひとつ恥じるところなど……いえ、彼自身に恥ずかしがる必要はなくとも我々は普通に恥ずかしいので、気絶している彼が寝返りを打つより先に急いで身体を隠せる布を探さなくては。
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