45.明日に備えるガール
やはり空腹こそ最上の調味料。
ガッツリ運動した後だと食事の味が一段も二段も良く感じられます。
「それで、お二人とも外が暗くなるまでずっとボール遊びを? ええと、他にもっと逢瀬らしいやり取りなどは……?」
「そういうのは全然なかったね。クーちゃんの期待にお応えできなかったみたいでゴメンだけど」
「い、いえいえ、お二人が共に楽しい時間を過ごせたなら、それが一番だとは思うのですが……もうちょっと、こう、何かあってもよろしいのではないかと愚考する次第と申しますか」
現在は昼食に続いて王様謹製の和食が並んだお夕飯の最中。
恐らくは朝まで飲み歩くであろう院長先生は不在ですが、それ以外は昼間と同じメンバーです。ナマ物よりは抵抗感が少ないおかげか、今度はわたし以外の面々も最初から天ぷらや鯛めしを美味しくいただきつつ会話を楽しんでいたのですが……年頃の男女にしてはわんぱく過ぎる時間を過ごした我々の話を聞いたクーちゃんは、慎重に言葉を選びつつも珍しく呆れたような顔をしています。
「いやぁ、ボクとしてもりっちゃんさんとロマンチックな時間を過ごしたい気持ちはあるんですけど、あれはあれで楽しかったですよ。なんだか妙な言い方かもしれませんが、心の片隅に居残っていた小さい頃のボクも喜んでいる気がします」
「それじゃあさ、マー君。あのボール持って帰って、これからも時々一緒に遊ぶ?」
「ええ、是非!」
わっはっは、愛い奴め!
トレードマークの短いポニーテールを左右に振り振りボールを追いかける様は、いつも以上の犬っぽさがあったものです。あれくらいで喜んでくれるなら、球遊びに付き合うくらいは安いものでしょう。
「まあ、それはともかく王都ならではの感は薄かったかもね。せっかく遠出してきたんだし、明日はもっと王都らしさが感じられる時間の使い方をしたいかな」
今日の反省点を挙げるとすれば、そのあたりでしょうか。
気に入った服を買って公園でボール遊びというのも悪くはありませんでしたが、言ってしまえば他の場所でも似たようなことは幾らでもできてしまうはず。せっかくの旅先ですし、ここは現地ならではの時間を過ごしたいものです。
もうちょい具体的には、先輩方から聞いてきた美味しいお店の食べ歩きなど。
一人恋愛応援団のクーちゃんは今日に続いてわたしとマー君を二人にしたがりそうな気もしますけど、友達も一緒のほうが楽しそうな気もしますし明日は共に来ないか誘ってみましょうか。ついでに、マー君のお友達にも声をかけるとして……。
「ところで、さっきから気になってたんですけど……レイさんのその、それ。顔がボコボコになって包帯だらけなのは、何か危ないことにでも巻き込まれてたんです?」
昼食後に一人別行動を取っていたレイさんは、夕食の席に現れた時は顔や手足のあちこちに包帯を巻いた痛ましい姿になっていました。
本人が平然としているのもあって迂闊に聞くのも憚られましたが、普段は王子様の影武者なんてやってるわけですし、もしかしたら我々が呑気に遊んでいる間に良からぬ連中に襲われでもしたのでしょうか。
全身のあちこちから魔法のビームを出せる上に空も飛べるような強者に、これだけの怪我を負わせられる存在がそこらにいるとも思えませんが。
「いや、そういう事件とかではない。俺も実家に顔を出してな、久方ぶりに祖父に稽古を付けてもらってきたんだ。試合というか、ほとんど一方的に殴られただけだが」
「祖父……レイさんのお祖父さんっていうと、あの?」
「ああ、その祖父で合っている」
暗殺事件の犯人一味を片っ端から半殺しにして回ったというエピソードは、非常にインパクトがありました。強力な魔法を使いこなすレイさんを一方的に負かすとなると、かの御仁はそれ以上に強力な魔法の使い手なのでしょうか。
「いや、祖父は魔法は使えない。だが、殺気に反応して撃つ前から完全に軌道を先読みしてくる上に、体術の練度は控えめに見て俺の百倍だ。こちらも万が一当たっても殺さぬよう威力を加減していたが、本気であってもまず勝てん。果たして院長殿とどちらが強いのやら?」
世の中には恐ろしい人がいるものです。
というか、前に院長先生とレイさんがあわや激突寸前という場面がありましたけど、彼より遥かに強いお祖父さんと近いレベルってことは、当事者の二人には戦う前から結果がほぼ見えてたんですねアレ。バトルの結果にこちらの命運を委ねるようなことにならなくて、今更ながら本当に良かったです。
「なんにせよ、それだけあちこちボコボコだと本来のお仕事にも支障が出そうですし? 今回は無料でいいから、ちょっと治させてもらってもいいですかね?」
口の中も切ってるみたいだし、せっかくの食事も傷口に染みるのを我慢しながらじゃ美味しさ半減。こうして顔面グルグル巻きなら明日一緒に遊びに行っても、美形すぎる影武者フェイスが隠れて好都合かもしれませんけど、それについては別の変装を考えればいいでしょう。
ああ、そうそう。余計なトラブル防止のために、別ベクトルで美人すぎるクーちゃんにも帽子や髪型の工夫で変装しておいてもらったほうがいいかも。まあ、そのあたりの具体案は後でじっくり詰めるとして。
「いや、俺は……」
「いやいや、遠慮なんてしなくていいですから。マー君とクーちゃん、二人がかりでレイさんが動けないよう押さえててくれます? 大丈夫、痛いのは一瞬だけですから!」
「ま、待て、話せば分かるっ」
「ええい、問答無用!」
怪我や病気を治せるスキルがあるというのは便利なものです。
わたし達の場合は対象をそれなり以上の強さで殴らないといけない都合上、治療の絵面が必然的に物騒になってしまいますし普通に殴られたのと同じ痛みもありますが、効果に関してはバツグンです。
「マーク、お前からも彼女に思い留まるよう頼んでくれ!?」
「大丈夫だよ、レイ。ボクがいつも受けてるのと同じやつだから」
「レイさん、こちらの腕をちょっと失礼させていただきますわね」
武術の稽古でボコボコに殴られるのは平気でも、二人がかりで身動きを封じられた状態で一方的に殴られるというのは怖いものなのでしょう。なにしろ見た目は集団リンチそのものですし。体格的にレイさんが本気で抵抗しようとすれば両腕にしがみついている二人を振り解けそうなものですが、彼としてもそこまでの強硬策に出るのは躊躇われるようです。
「はーい、それじゃあ歯を食いしばってくださいねー……オラァ!」
「ぐはぁ!?」
わたしが包帯の隙間から見えていた鼻先にワンパン入れると、一度上半身を大きく仰け反らせた後に各所の腫れがどんどん引いていきます。考えてみればマー君以外の人を治療するのは初めてでしたが、過剰に効き過ぎたり逆に威力が足りなくて効かなかったりということもなさそうです。
怪我の癒えたレイさんは我々に恨めしそうな視線を向けていましたが、これで食事や明日のお出かけにも支障はないでしょう。いやはや、人助けをすると気分が良いものです。
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