松明を掲げる者 part3
『松明を掲げる』……?」
「アダムとイブだ」
「はあ?」
「蛇にそそのかされ、『善悪の知識の木』の実である『禁断の果実』を食べた人間は神の怒りを買い、楽園を追放された。
ハワード曰く、ウォルズリーの初代当主は楽園を追われた人々が迷わない様に『荒野にて松明を灯した』そうだ。
だから自分はーーウォルズリーの当主になる者はーーその意志を継いで、世界の人々の為に松明を掲げ続けなければいけないと、あいつは言うんだよ」
「世界の人々のため?慈善事業でもするってのかよ」
「さあな。具体的な内容は聞いた事はないな」
ジャックは呆れた表情を浮かべ、小馬鹿にした口調でつぶやいた。
「……そんな、おとぎ話みたいなものを本気で信じてるのか?あいつ、どうかしてるぜ」
「ーー君は、誰かの背中を守ったことはあるか?」
「……な、何だよ、急に!」
不意を突かれ言葉に詰まったジャックの目を見つめ、チャーチルは静かに問いかける。
「誰かが危機に陥った時、助けが必要な時。ハワードはいつも真っ先に立ち向かうんだ。それを蛮勇と呼び、愚かと笑う者もいた。
ーーだがな、僕はあいつのその無防備な背中を、守りたいと思ったんだよ」
葉巻の煙をゆっくりと吹き出しながら、チャーチルは淡々と話し続ける。
「僕にとってハワードはそういう人間、と言うことだ。あいつが何かをしたいと望むなら自分のできることをするだけだ。信用するとかしないとかの問題じゃないのさ」
理解できない、といった表情のジャックを尻目に、火を消した葉巻をケースに仕舞い込むとチャーチルは立ち上がった。
「さてと、長居しすぎたな。遅刻しては委員会の長老たちに叱られてしまう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ジャックは慌てて呼び止めた。
「あんた達が言ってた『連中』ってなんの事だ?このロンドンで、いったい何が起こっているんだ?あの若様は、何をしようとしているんだ?」
「何も聞いていないのか?」
「ああ、ただ『従者になれ』とだけしかーー」
「それなら、僕から言えることは何もない。ハワードから直接そのすべてを聞くがいい。その上で、君にとってあいつが背中を守りたい人間かどうか判断するんだな」
「ああ、それと!」
「まだ、何かあるのかい?」
立ち止まったチャーチルにジャックは少し躊躇った後ーー
「つまり、その、なんだ……さっきは、助けてくれてありがとう。この恩義は忘れねえから」
「勝手にやったことだ。気にする必要はないさ」
唇の片側を少しだけ上げて微笑むと、チャーチルは去って行った。
================
同日、同時刻。ウォルズリー城から離れた、古い建物。
その内部の、四方を石造りの壁に囲まれた一室に蠢く人影があった。
室内は薄暗く、全員が奇妙な形の面を被りゆったりとしたローブを羽織っているため、その年齢、性別はもちろん、正確な人数も把握することは難しい。
その中の一人、笑い顔のような表情に鳥のようなくちばしが突き出た仮面を被った影が、声を上げた。
「次なる贄の用意は……」
その地の底から聞こえてくるような、くぐもった声を合図に二つの影が壁に近づき、普通に見ただけでは分からないわずかな凹みに手をかけ、ゆっくりと横に移動させてゆく。
低い地響きのような音をたてながら開かれた壁の向こうにあったのは、鉄格子がはめられた石畳の牢獄だった。中には猿ぐつわと手枷を付けられ、壁から伸びた鎖に足を繋がれた大勢の全裸の人間が小さなうめき声を上げながら、ぐったりと横たわっている。
鳥状の仮面を被った影は一歩前に進み出て、しばらくその有様を眺めていたが、再び、今度は怒気と侮蔑を含んだ声を発した。
「足りない……まったく足りない……。
もっと……もっとだ……
溢れかえる程の血と、
慟哭と、絶望が必要なのだ……」
そこまで言うと、残りの集団を睥睨するように見渡した。
「破壊と混乱、その果てに広がる
果てしない暗黒こそが我らの望む世界……。
約束の日は近い……。
急ぐのだ……。
さらなる贄が必要だ……!」
うめき声をあげる人々を、再び絶望に突き落とす様に石壁が閉じられ、仮面の人影は静かに室内からその姿を消していった。




