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ヘルファイヤ・クラブ~名門貴族の若様と若きギャングスターの華麗な冒険~  作者: ヨシオカセイジュ


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松明を掲げる者 part2

「議員がそこまで仰るなら……しかし、ウォルズリーさん。万が一証言に食い違いがあるようでしたら、またお邪魔いたしますからね!」


 ジャックから手を離し、ストレイドが荒々しく部屋を出るのを確認した後、チャーチルが上着の懐から書類を取り出しハワードに手渡した。


「……残りのリストだ」

「うん。ゆっくりしていけるのか?」

「いや、議会に顔を出して、いくつかの委員会に出席しなきゃならん」

「新人議員の辛いところだな」

「仕方ない。また時間をとってお邪魔するよ」

「ああ。助かったよ、レナード※1」

「構わんさ。それより、気をつけろよ、ハワード。『連中』の勢力は、当初考えていたよりずっと広くて根深いぞ」

「注意するさ」

「たまにはウチにも顔を出せよ。お袋も君の顔を見たがっていたぞ」

「母上によろしく言っておいてくれ」

「じゃあな、また」


 呆然とするジャックを尻目に部屋を出て行こうとするチャーチルだったが、思い出したように振り向くと再び苦虫を噛み潰したような顔でボヤいた。


「……あのなあ、さっきのアレはいくらなんでも酷いぞ」

「アレって?」

「とぼけるなよ!『コネで入った軍についていけずに、政治家』とは何だ!大体、政治家になれって言ったのは君じゃないか!」

「そうだったっけ?忘れてしまったよ」

「まったく君ってやつは!言っておくがな、軍隊の生活は結構気に入ってたんだからな……」

 ハワードの笑い声を背に、ブツブツとボヤきながら部屋を出るチャーチルの後をジャックが追いかけた。


「ちょっと待ってくれ!」


 二人は城の中庭に広がる庭園へ出ると、ベンチに腰掛けた。

「これがあった方がいいだろう」

 そう言うとジャックは、服の下から廊下に飾られていた小ぶりな絵皿を取り出した。

「多分、史上最も高価な灰皿だぜ」


「僕が喫いたいのを、なぜわかった?」

 チャーチルはシガーケースを取り出すと、葉巻をくわえながらジャックにたずねた。

「さっき、あの警部が意気込んでしゃべっている間、あんたは三度ほどジャケットのポケットにためらいがちに手を突っ込んでは引き出していた。

 あいつーーハワードーーの身体や服、あの部屋からも煙草の匂いは一切しなかったから、あいつは煙草を吸わない、もしくは側で喫われるのが嫌いなんだろう。だからあんたはずっと我慢しているんだろうと思ったのさ」

 感心するチャーチルにジャックはにやっと笑って言った。


「実を言うと、俺も一服したかったんだ」


「君も喫うか?」

 チャーチルはポケットから新しい葉巻を取り出した。

「いや、結構」

「遠慮するな、キューバ産の高級品だぞ?」

「あんたにはよく似合っているが、俺はそんなガラじゃねえよ。これで十分だ」

 そう言うと、ポケットから安い紙巻きタバコの箱を取り出した。

「さっき、警部殿から拝借しておいた。一本だけ頂戴するから、機会があったら返しておいてくれ」


 二人はベンチに簡易灰皿と化した高価な絵皿を挟んで座った。風は弱く、微妙に色の違う二種類の煙がゆっくりと空に溶けていく。


「なあ、君はーー」

「あんたさあーー」

 タイミングがかぶり、変な空気が流れたが、ジャックが切り出した。


「俺の名はジャック、さっきの警部が言った通りのーーまあ、ギャングだ。あんた、どうして名前も知らない、見ず知らずの俺なんかをかばってくれたんだ?」

「どうもこうもないさ」


 ゆっくりと煙を吐き出しながらチャーチルが応える。


「ハワードが、君のことを『うちの者』と呼んだからな。あいつがそう言うなら、そうなんだろう」

「俺はてっきり、あんたはあいつの事を生意気で気に入らない奴と考えていると思っていた。あんたの声には、確かにその響きがあった。俺にはわかるんだ」


 手の速さと並んでジャックの自慢できることの一つが、相手の声で『真偽の見極め』ができることだった。いくらキレイ事を言っていても、腹の中が腐っている人間の言葉には心が響かないことを、幼い頃からの環境の中で感じ取れる様になっていたのだ。


「生意気で気に入らない奴、か。そうだな、そう思っている事に間違いない」


 煙の行方を追う様に目線を上げ、チャーチルはゆっくりと話し出した。

「ハワードとは、同じパブリックスクールの出身だ。と言っても、年齢は僕の方が二つ上だから二学年上の上級生だったがな。

 初対面の時から、あいつはとにかく生意気で傲慢な奴だった。自分が正しいと思ったら、相手が上級生であろうと教師であろうと絶対に折れず、闘うんだ。相手が権力者だから、後々のことを考えて、その場の多数の空気を読んで、相手の顔色を見てーーそんな、都合のいい理屈をつけて妥協したりしないんだよ」

「面倒くせえ奴だなあ……」

「そうだ。何よりそんな生き方、本人が一番面倒くさいと思うんだがな」


 チャーチルは小さく笑った。


「それでも、あいつは魅力的な人間だった。強い意志を持ち、頭が良く、弁が立ち、行動力がある。たまには困ったところを見てみたい、と思わせるほどにな。

 その頃から、僕はずっと考えていた。こいつに友であることを誇らしいと思われるような人間になりたい。いつか肩を並べ共に歩めたなら、この国をもっと良くする事ができるだろうと。

 だが、あいつはーー『もっと大事なことがある』と言って僕の前から去って行ったんだよ」

「『もっと大事なこと』……?」

「ああ」


「『松明(たいまつ)を掲げなければいけない』、あいつはそう言ったんだ」


※1 レナード……チャーチルのミドルネーム。正式名称は『ウィンストン・レナード・スペンサー・チャーチル』

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