第360話 習慣に身をゆだねた結果
撫でている間に一行は城の内壁までやって来た。そこで我を取り戻した凡太が慌てて撫でを中断。
(やばっ、意識飛んでた! …アイは俯いた状態のままだ。話しかけてこないのは撫でが嫌過ぎてずっと耐えていたからに決まっているし、一応は嫌われているって事だよな?)
やや疑問が残る状況だったが、嫌われるという目的は達成したみたいなので苦笑い。そこへレイナの質問が入る。
「アイにあのような事をしたのは本当に気まぐれですか?」
(『嫌われたいからです』って本音を漏らすと無理矢理我慢する感じになっちゃって業務的に処理される可能性があるからなぁ。そうなれば、嫌われ行動が無駄になっちゃうし、言わない様にしないと。…で、どう返すか? どうせならキモガられる返しが理想だが…)
ハッと閃く。
「俺なりの監視役に対するスキンシップさ」
(どこの世界にスキンシップで頭を撫でる人間が居るっつー話。しかも異性の。これはドン引き間違い無しですわ)
得意になる凡太に、顎に手をやったレイナが真剣な顔で一言。
「なるほど…」
(何が“なるほど”なの!? 1つも納得する所なかったよね? …ん? もしかしたら、レイナの頭の中では“撫でる”というスキンシップに耐える事が業務として設定されたのかもしれない。まずいぞ、これでは嫌われ行動が業務的に処理されてしまう!)
訂正の為、慌てて口を開けた所へレイナの言葉が割り込む。
「つまり、監視役は“定期的に撫でられる”という事ですね」
(つまり、どういう事ですかね…?)
“つまり”が全くつまっていないという謎使用にフリーズする凡太。ただ、内容は凡太の予想通りの流れ。なので、一刻も早く訂正が必要になる。だが、フリーズ解凍が長引き、どんどん訂正しにくい状況へ。凡太が解凍された頃には、レイナの顔が覚悟を決めた人間の様にシャッキっとしていた。
「私はいつでも構いませんからね」
「あ、はい」
レイナが完全に受け入れ態勢へ入ったのを理解した凡太は、ただただ頷くしかなかった。
その後の凡太は放心状態になりながらも、日課であるビルド走と魔改造的当て(※魔力使えないので1個VER.)をこなして浴場に来ていた。浴場は凡太の監視及び護衛の為、一時期的に貸し切り状態になっている。
凡太が日常的な動作で洗面台に座る。
(さてと、シャワーを使う為に魔力を…って、できないんだった。どうしよう…)
あたふたしていると、隣に座っていたアイの手が伸びてきて、
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「いえいえ」
もう一度ペコリと礼。『やっぱり魔力使えないって不便だな』と思いつつ、シャワーを全身に浴びる。
(やはり運動はいい。頭がスッキリするからな)
「ボンタ、石鹸取って」
「はい」
「ありがと」
(スッキリした頭で今後の事を考えるか。…まず、俺の魔力が使えない状況について国民に公表しておいた方がいいだろう。元々ギリ無能じゃなかった最底辺野郎が今更無能になった所でどうって事ないだろうが、こういう地味な役立たず要素は公表しておいて損はない。そういうのが塵も積もって山となって王を降ろされる最上の結果になるのだから)
「ボンタ様、洗髪剤使います?」
「ああ、使うよ。ありがとう」
ワシャワシャ
(明日の昼にでも町の中央広場で公表するか。人数は集まらなくても人伝で大丈夫だろう。何せ悪い噂程早く広まるものだしな)
カポーン
(公表の件は風呂をあがったらメアリーに早速相談してみるか。で、次は食料自給率の件。畜産、農耕が育ちきって安定軌道に乗るまでサムウライ輸送のドラゴン肉で乗り切るのが上手くいって良かった。…そういえば、そろそろまた肉が輸送されてくるはずだ。さすがに2000人分ってなると消費が早いよなぁ。1週間ごとに輸送してもらっている感じだし。サムウライの人達は全然気にしていないって様子で明るく対応してくれているけど、実際かなり迷惑かけてるよなぁ。『暫く我慢してくれ』としか言えない自分が情けない。もっと有能な王なら今頃この辺の問題をパパっと解決しているんだろうなぁ)
「いい湯だねぇ」
「ああ」
(ラノベの王の場合、“有能”は本当に能力を有しているって意味だしなぁ。万能の能力を持っているからどんな問題も魔法で即解決。ストレスフリーなのが、羨ましい限りだ。実際の王の場合は帝王学で経済学やら統計学・法律なんかを叩き込まれるらしいけど、その知識が浅い俺はどうしたら…)
ブクブク…
凡太が思考の沈みから再び浮上した時、服を着て自室にいた。
(いつの間に…、半分寝ながら習慣行動してたのかな? 疲れている時よくあるねぇ)
いつもの事の様に受け止めた凡太だったが、ふと気づく。ほぼほぼ半覚醒状態で何をやったかは覚えていなかった。髪が少し濡れていた事から風呂に入り終わった事は分かる。が――
(風呂に入った、だと? その間2人は何をしていた? まさか一緒に入って――)
思い出そうとしたが、すぐに遮断。思い出すと、2人に申し訳ない事になると本能的に悟ったからだ。
(あ、明日は騎士の人に頼んで一緒に入ってもらおう)
~~~
時は脱衣所の場面にまで戻る。
「ねぇレイナ。あいつ、何のためらいもなく服を脱ぎ出したんだけど、どう思う?」
「さすがにあんな人でも恥ずかしい感情はあるはずです。なので、現在はまともな精神ではないのかと。例えば、考え事にのめり込んでいるとか…」
「だよねぇ…」
「まぁ考えても仕方がないので放っておきましょう」
「だね」
レイナとアイにも恥じらいの感情はあったが、その対象が無害状態なので、気にする程その感情が大きくなることはなく、いつも通りを維持できた。
(それにしても、いきなりアイの頭を撫でるなんてどうしたのかと思いました。あの気味の悪い笑顔に気づかなければ、ただのイチャつきにしか見えませんからね)
レイナは凡太の嫌われ行動を察していた模様。その上で撫でられ続けるアイをうらやまけしからん気持ちで睨むように観察していたのだった。そうして観察する中でふと思いつく。うまくやれば、自分にもその番が回ってくるかもしれない事に。
(あの時、わざと知らないふりをして質問して良かった。あの人の事だから、それに対して必ず悪い意味で返してくる。後はそれを肯定するだけでいい。そうすれば、勝手に自滅してくれるから)
今度はレイナのニタリ顔。主人の悪い癖がうつった様だ。
洗面台、2人は凡太の両隣に座る。物の貸し借りを行ったが、何の過剰反応もみられなかったので、『何をそこまで真剣に考え込むことがあるのだろうか』と興味が湧いた。
体を洗い終わると、凡太がヒタヒタと湯船に向かう。一応左手の監視という名目があったが、この状態で対象人物が事を起こすのは無理と判断し、2人共慌てずに体を洗ってから向かった。
湯船に浸かる時も両隣。アイが「いい湯だねぇ」と言いながら、凡太の右肩に頭を預ける。目を瞑ったまま、表情は少しにっこりと。
(嫌われている相手に対し、あんなに安心しきった顔をするでしょうか? やはり、この人のやる事はいつも抜けていますね)
レイナは呆れながらも、アイと同じ様に左肩へ頭を預けた。ゆったりとした時間が何分か流れた後、凡太が「ちょっと失礼」と一言入れた後立ち上がる。2人はやや渋い顔をしながら、お互いの顔を見合って笑い、後を追う様に浴場を出た。
◇◇◇
天界の悪魔居住区。高断熱特殊粘土で造られた住宅が並ぶ中にメサイヤの家があり、今日は珍しく来客が…女天使のアネである。
「というわけで、王国攻めをよろしくね」
「命から除外されたんじゃなかったっけ?」
「それは昔の話でしょう?」
「昔って、まだ1年も経っていないのだが…」
「つべこべ言わずにやる。天王様の命だよ? 逆らえば消されるって知ってるでしょう?」
「あ、ああ……だけど、何で俺? 俺より強くて賢い奴なんて他にもいるだろ? アポリクスとかウルザとかさぁ」
「その辺は知らない。とにかくあんたが指名されたんだからしっかりやりなさい」
「うぇー、ダルー」
「……。じゃ、伝えることは伝えたから」
「ちょ…!」
アネは飛び去った。
(厄介な事になった。ラコンにはイコロイが居て、なぜか向こう側についている状況。しかもあの人間…タイラとかいったか? 奴がいる限り、簡単な策略ではすぐに看破されてしまう)
どうしたものかと数分頭を抱えて、『まぁやるしかないかぁ…』と気だるげに頭をあげる。
(ひとまず王国の現状を探ってみるか…)
この日から、メサイヤの孤独な情報収集生活が始まった。




