第358話 彼の面白さ
研究所でアイがレイナに事情説明。
「やれやれ、相変わらず世話のかかるご主人様ですね」
「だね」
嫌味のある言い方をしながらもレイナの様子は朗らかだった。それはアイも同じく。2人は仕事の早退を申請した後、泊まり込みになる事を想定し、寮で身支度を済ませた。
城へ向かう途中、「ごめん、先に行ってて。ちょっとイコロイとジョウにこの事を伝えて来るから」とアイがレイナに伝えて公園の林へ向かう。なお、伝えておかないといけないと思ったのは、2人が凡太の大切な修行仲間と認識していたからだ。
夕方の林では、イコロイとジョウがいつも通り戦闘鍛錬をしていたらしく、見かけた時はジョウが汗だくだった(イコロイは涼しい顔)。アイは2人に「今日も頑張ってるね」と声掛けした後、凡太の診断結果と腕輪について話した。
「―—というわけで、今後は激しい鍛錬は無理になるかもしれないから」
「残念ですが、師匠の体が第一ですからね」と苦笑いするジョウを「そんなの関係ないね」とイコロイがぶった切る。
「魔力が作れないって事は気弾攻撃とか回避反応が遅くなるのよ? それじゃあ、あなたは楽しめないでしょ?」
「彼の面白さは“そこ”じゃない。彼と一緒に居る時間が長い割には全然分かっていないね、君は」
「へぇ、随分とあいつを買っているのね」
「買っているわけではない。事実を言っているまでだ」
(うわ、イコロイが気を遣ってくれてる…!)
「ありがとう。あいつに教えてあげたら喜ぶと思うよ」
「絶対教えるなよ」
「うん、教えないよ」ナデナデ
「本当か…?って、鬱陶しい!やめろ!」
イコロイは可愛いお坊ちゃま外形。その風貌で全てを見透かした感を出し、偉そうにしている姿に愛嬌の様なものを感じたアイの手は無意識で彼の頭の上に伸びてしまった。
「ごめんごめん、つい可愛くなっちゃって」
「調子に乗るなよ? 僕がその気になれば貴様なんぞ一瞬で消せる。その事を忘れるな」
「はーい」
(とは言っても、この子は自分が面白いと思った人にしか興味がないから私なんて眼中にないだろうけどね)
イコロイがニヤニヤするアイに舌打ち。結局アイの予想通り、消されることなくニヤケ顔のまま「じゃあね」と帰る事が許された。
アイの去り際、何かを思い出したようにイコロイが付け足す。
「彼に“準備はできた”と伝えてくれ」
「…? 分かったわ」
アイが一瞬だけ立ち止まるも、手を振りながら去る。見届けながらジョウが質問。
「準備って何ですか?」
「お前が知る必要はない」
「気になるなぁ」
「気にしている暇があった少しでも強くなれ」
「…じゃあ、今度の模擬戦で大師匠に一発でも入れられたら教えてください」
「分かったよ」
「ありがとうございます! やっぱり大師匠は優しいなぁ」
「優しくはないだろ…。お前が僕に一発入れるのは何年も先になるだろうからな」
「…それでも、です!」
「あっそ。まぁ頑張ってね」
「はい!」
『ふん』と鼻を鳴しながら、イコロイは凡太との話を思い出す。
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「天王ってどこに居るの?」
「天界」
「天界?」
「天使や悪魔が生活している上空にある土地の事だよ。場所はここから遥か南の上空。大きさは…そうだな、ラコン国5個分くらいかな」
「そんな広い土地がどうやって浮いているんだ…? あと、どうやって作ったんだろ?」
「知らない。僕が生まれた時から浮いていたからね」
「そっか…。じゃあ次、天王の交流関係は?」
「知らない。基本天使・悪魔に自分のやりたい事を伝言するだけで誰かと話合ったりもしないし、独断で動いている感じかな」
「…じゃあ、誰も天王の思考は分からないと…。それで真の姿まで謎なのだからマジで訳が分からんな。そんな相手によく喧嘩を売れたものだ」
「逆だね。訳が分からないものほど面白い。だから、喧嘩を売らない方がおかしいよ」
「いかれてんなぁ…」
「そう?普通じゃないかな?」
「ははっ、確かにイコロイ基準ならそうだな」
「だろう? その点、僕の基準からいえば君の方がイカレてるけどね」
「何で?」
「僕は強い。勝算があって挑むわけだ。だが君はその逆で、圧倒的に弱いのに挑むことが多いだろ? 負けると分かり切っているのに挑むのはどう考えても時間の無駄だし正気の沙汰じゃない。これがイカレてないっていうのがおかしいよ」
「分かってないなぁ。負けの美学というのを知らんのかね?そんなんじゃモブ道を極められないよ?」
(でたよ“モブ道”。以前説明してもらった事あるけど、長い割に訳が分からなさ過ぎる内容だった。はっきり言って時間の無駄だったね。そもそもどんな生物も勝つ為に努力しているのに、より綺麗に負ける為に努力するって考え方を提示されても困るだけだ。やっぱり君はイカレている。それはそうと、また長くなりそうだし、話を切っておこうっと)
「いいよ、極められなくても」
「ああ、すぐに諦めた方がいい。崇高な道故、この世界で極められるのは、選ばれし才能を持つモーブと俺だけだろうからな」
「はいはい。で、現状での天王情報はほぼ皆無。さすがの君でもお手上げでしょ?」
「そうでもない。イコロイは天王との戦闘で、2度と戦いたくないと思わせられるような精神攻撃を受けたわけだろ? それでもまた立ち直れるのは、イコロイの回復力が異常っていうのもあるけど、奴の攻撃が完璧じゃない事を表している」
「呪いの類だったらその効果が永続し、一生立ち直れない。それが直せるレベルなら、何らかの手段でそれを回避するか軽減する事が可能。であれば、そうして生まれた時間で、奴へ一撃を入れる事も可能って事かい?」、
「うーん、ちょっと違うかな」
「…?」
「その攻撃は一瞬でしかも気絶させられたって話だろ? 攻撃の軌道も初動も見切れなかったって」
「ああ」
「なら、回避や軽減が難しいのは明白だから、受ける事にしてしまってカウンター狙いでいこうかな、と」
「それは僕も考えたが、どこをいつ狙ってくるかも分からない相手にカウンターは不可能だ」
「いや、いつ狙ってくるかは分からないけど、どこを狙ってくるかは分かるよ」
「何だって?」
「…イコロイには洗脳系の攻撃や時間停止系の攻撃は対抗技があるから効かないんだよね?」
「そうだが…、天王も当然その事は知っているよ。だから、奴の攻撃が分からないんだけど」
(それが、狙ってくる場所と何の関係があるんだ?)
「記憶操作能力」
「!?」
「それで強い敗北感を与える様な記憶を勝手に作って君に植え付けたんだ」
「待て、そもそもそんな能力存在するのか?」
「あるっちゃあるよ。マンガの話だけどね。ただこの世界もファンタジーだからありえなくはないでしょ」
「マンガ? 何だそれは?」
「えーっと…、俺の世界の戦術書みたいなものだよ。そこには様々なタイプの戦術や能力が書かれているんだけど、戦闘描写もあってとにかく面白いんだ」
「様々な戦術が書かれているだと? そんな貴重な物、どうして君如きが読むのを許されたんだ?」
「許されるも何も、本屋へ行けば普通に売っているから誰でも読めるよ。しかもお手頃値段で」
「なんだと…」
(そんな貴重なものが簡単に手に入るって事は、老若男女が戦術を身につけていて当然な世界なのだろう。それは人間全員が戦術家として高レベルに達している事を意味する。だとすれば、生き抜くために毎日緻密な駆け引きが必要。それこそ一瞬の油断も許されないような…。間抜けな顔してとんでもない世界を生き抜いてきたんだね、君は)
凡太に尊敬の眼差しが向けられるも気づかれる事なく話は続く。
「まぁとにかく、記憶操作はあり得るって事。で、その記憶操作を行う時のキャラの動作は共通していて、対象者の頭に必ず触れてから行っているんだ。能力使用中は凄く無防備になる事を考えると、気絶させられるのも納得いかない?」
「ああ…」
(敗北感を与えるのは記憶操作だけでない気もするし、ちょっとまだ断定はできないけどね。これを彼に伝えても委縮するだけだから黙っておくか)
「そういうわけだからイコロイには――」
「気絶させられること前提で、頭に触れられた時に反撃を加える様な対策をしてほしいって事だろ?」
「さっすが、理解が早い!…ってか、可能なのそれ?」
「任せようとした本人が自信なさげに聞くなよ。締まらないなぁ」
「ごめん…」
「…可能だよ。というか、君もできるじゃないか」
「俺が…? 無理無理!」
(ガンバール村での戦い。あの時は気絶状態だったから覚えてなくて当然か)
「まぁ、いいや。とにかく頭に触れられたら無差別でその接触者に殴り掛かる様な技を開発しておくよ。但し、持続性はないから一撃をくらわせる程度で、倒す為の決定打にはならないだろうけどね」
「それで十分だよ」
「その反応…まさか、僕を利用するつもりかい?」
「さ、さぁ?何の事?」
「……。僕はそれで終わる気ないから。やるからには僕が仕留める」
「ああ、楽しみにしてるよ」
(何か別の考えがある事は明白で白々しい…が、それもまたヨシとしよう。何せ君のおかげで活路が見え始めたからね)
話す前は情報皆無で真っ暗だった所へ急にか細い光が差し込んだ感覚を得たイコロイ。1人で考えていただけでは到底味わう事が出来なかった感覚。
「とりあえず、お互い足掻けるだけ足掻こうぜ」
「…やだね。足掻くらいなら勝つ」
「ご自由に」
(自分で言っておいてなんだが、『勝つ』とは随分と強く出たものだ。今まで考えられなったなぁこんな事。いつの間にか不可能が可能に変わり、絶望的が楽観的に変わってるし)
目の前の弱そうな男を見てフッと笑う。まるで面白いものを発見したかの様に。




