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第二十一話 村の夜

 だらだらと続いた宴席(?)が終わる頃には双子の月が浮かんでいた。『ビッグE』の各種料理は村人たちにも振る舞われたので、少なくとも村人たちにとっては宴席だったのだろう。

 正二はその様子を信じられないといった感じで見ていたが、そのうちに眠くなったのか、いつしかイビキをたてていた。

 健吉はというと追加で運ばれてきた料理を無言で食べた。そして食べ終わると、やはりこちらも腕を組むと目を瞑りしばしの休息をとっていたようだった。

「あのーお二方?」

 そんな二人にチョーヌが恐る恐る声をかける。健吉は気だるげに目を開き、正二は目をこすった。

「お部屋のご用意ができましたのでそちらでお休みになられてはどうでしょうか」

 正二にはもはや怒鳴る気力は残ってなかったのか、合意代わりの欠伸あくびを一つ。

「ああ、頼む」

 と答えたのは健吉である。チョーヌはそれに合わせて目配せをした。するとランプ片手に二人の少女がやってきた。

「この子らに案内させます」

 一人の少女が正二と二言、三言かわすと正二が立ち上がって先導する少女について行く。

 もう一人の少女は健吉に近づくと声をかける。

「お昼はお世話になりました」

 そう挨拶した少女は川にやってきた浅黒い肌の持ち主であった。

「名乗るのが遅れましたが、アユコって言います」

 そして小さく頭を下げた。

「これから寝室の方にご案内します。他にもご用命があれば何なりと申しつけください」

 そして健吉を先導するように歩いて行った。


 健吉が案内された先は土壁で出来た小屋であった。

 中には粗末ながらもベッドが一つ。ベッドの脇には大きめのサイドテーブルがあり、その上に置いてあるランプには既に火が灯してあった。ランプの灯がベッドの上の寝巻きに影を作っている。

「こちらでお休みください。なにか必要な物はありますか?」

 案内を終えたアユコが健吉の御用聞きをする。

「そうだな、酒と……アスピリンはあるかい?」

「お酒はわかりますが、アスピリン……ですか?」

「色々と新しい薬があるからわかんねぇか」

 薄い麻でできたガウン状の寝巻きを広げながら健吉は続ける。

「傷み止め、二日酔い予防、寒さの誤魔化し、前立腺がん予防、心筋梗塞・卒中予防……その他いろいろの万能薬だな」

 健吉が独断と偏見による効能を並び立てる。

「異世界には色んな物があるって聞いてましたけど、凄いんですね。向こうじゃ治療師さんたちも大変そうですね。でも、私たちみたいな田舎だと隣町まで行かなくて済むからうらやましいです」

 アユコはまだ見ぬ異世界の幻想に目を輝かした。

「治療師って……医者か? 一番恵まれてる職業だろ」

 健吉は寝巻きに着替えようと服を脱いでいく。それを見たアユコは慌てた様子で後ろを向いた。

「そ、それじゃあ、わたしはお酒を貰ってきますね。あと一応……アスピリン…でしたっけ? チョーヌさんに確認してみます」

 アユコは健吉を見ないように一礼すると部屋から出て行こうとするが、ふいに足を止めた。

「服の穴も縫いましょうか?」

 シャツの切り裂かれた部分を指摘してのことだろう。

「ああ、これはこのままでいいんだ。傷跡の代わりみてぇなもんだ」

「はぁ、そんなものですか……」

 アユコは理解できないままに同意すると今度こそ足早に去って行った。


 アユコが再び小屋を訪れたのは三十分後だった。

「お待たせしました」

 盆を手にしたアユコが頭を下げる。そしてそれをサイドテーブルの上に置いた。彼女が運んできたのはボトルに入ったワインと木製のコップ、それと幾つかのドライフルーツだった。

「お口に合うかはわかりませんが……」

 アユコはコップにルビー色をした液体を注ぎ込む。それはランプの光を反射して実際の宝石の様な輝きをみせた。

 ガウン姿の健吉はそれを受け取ると、揺らしながら光のさざ波をしばし見つめる。

「……まだいるのかい?」

 健吉は部屋から出ようとしないアユコに声をかけた。

「あっ! は、はい! え~っと、あの……そうだ! チョーヌさんに聞いてみたのですがアスピリンっていうのは、やっぱり知らないそうです」

 アユコは緊張しつつも誤魔化す様に報告する。

「そうかい。ご苦労さん。期待はしてなかったし別に構わんよ」

 健吉はさして気にする様子もなくワインを一口。

「……酸っぱいな」

 思わず感想を漏らす。

「あ、あの……ごめんなさい」

 アユコが申し訳なさそうに謝った。

「別に謝ることでもねぇだろ」

 健吉はワインを一気に飲み干す。そんな健吉をアユコはどこか恥ずかしそうに見つめ続けた。

「なんだ、お嬢ちゃんも一杯やるのかい?」

 健吉はアユコの視線をどう思ったのかワインを注ぐと彼女の方に向けた。

「い、いえ……あの、わたしは……」

 うつむき加減だったアユコは意を決したかのように健吉を真すぐに見据えるとやおら服を脱ぎ始めた。

「おいおい、なにをしてんだよ」

 制止する健吉を無視して彼女を地肌を露わにしていき、ついには全裸となった。


 ランプの揺らめき炎に照らされた彼女の肢体はまさに健康的な少女のそれだった。普段は晒していない衣服の部分と顔や腕の部分が見事な程なコントラストを描き、炎の影と合わさり芸術的な雰囲気も漂わせていた。

「わたしを抱いてください」

 少女は健吉の目を見つめて願い出た。

「お嬢ちゃんはまだ十八にもなってないだろ」

 健吉も少女の目を見て答える。

「……あなたに抱かれないとチョーヌさんに怒られるんです」

 健吉から目を逸らした少女はなおも食い下がる。

「くだらねぇな」

 健吉はドライフルーツを一つまみ口に入れるとワインで流し込む。

「くだらなくなんてありません!」

 少女は再び健吉を見る。

「こんな辺鄙な場所にわざわざ来る人は多くありません! だから……もちろん、歓迎って意味もあります。だけど、それ以上にわたしたちにとってはこうやって外の血を取り込むことが大事なんです!」

 少女の口調は真剣そのものである。

「もっと贅沢を言わせて貰えれば、運よく住み着いて貰えれば村の人口は増えます。特にあなたみたいな強い人に定住してもらえれば……村がすごく助かるんです」

 健吉はというとワインを揺らして輝きで遊んでいる。

「わたしは真剣なんですよ。それがわたしの役割なんですし」

「そりゃ役割と思い込んでるだけだ。お嬢ちゃんの役割じゃねぇよ」

 鼻で笑った健吉はワインに口をつけた。


「……わたしはこの役割がまわってきて嬉しかったんです。あの化け物のせいで私はお父さんもお母さんも弟も失いました」

 健吉はアユコを横目にドライフルーツを手にとる。

「それからは村に育てて貰ったんでこの役目で村に恩返しができるのもそうですし、仇を討ってくれた方に身を捧げられ----」

「う~ん……違うんだよなぁ」

 ワインを注ぎながら健吉は遮った。

未通女おぼこ子供ガキじゃ俺がたねぇんだよ。それにちょいと荷が重い。それともし勃っても小柄なお嬢ちゃんには俺のは無理だ。……楽しむ以上に色々と面倒そうだから勘弁してくれ」

 ワインを口に運びながら健吉は続ける。

「あとな、血とかなんとか言ってるけどよ、俺は子供ガキを作る気はねぇぞ。そもそも作れるかも怪しいもんだが」

「それでも……それでもわたしは抱いて欲しいのです!」

 少女の悲痛な願いを聞いた健吉は軽く笑った。

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