第二十二話 村よさらば
「それよりも……だ」
迫る少女を拒絶した健吉は仕切り直す。
「お嬢ちゃん、嘘はよくないぜ」
「わたし嘘なんて言ってません!」
「お嬢ちゃん、他に好きな男がいるんだろ?」
「そんなのいません!」
強弁するアユコに健吉は溜息をついた。
「説明するのは柄じゃねぇんだがな」
健吉は右頬を掻く。
「この話を切り出し難そうにしてたけどよ、ありゃ恥ずかしさじゃねぇだろ? それだけの使命感がありゃ普通は羞恥心よりも誇りの方が上にくるわな。むしろ切り出したくないってこった。」
「そんな----」
「それから急に俺を直視し始めたけどよ、ありゃ覚悟を決めたんだろ? 恥ずかしさを振り切ったってよりも未練を断ち切るってよ」
アユコを無視して健吉は続ける。
「んで、俺が目を合わしたら逸らした。後ろめたかったんだろ」
「わたしはただ恥ずかしくて……」
「そして村の役割で抱かれるって本音が出ちまったわけだ」
「……」
「あんなことを言われて喜ぶ男はいねぇよ。お嬢ちゃんの無意識のうちの防御行動なのか事実を言っただけなのかは知らねぇけどよ」
「だけど抱かれないと……」
アユコは目に涙を浮かべながらも、なおも訴える。
「なんにしても好いた相手のいる子供がなんだかんだと理屈をつけて、好きでもないおっさんに嫌々抱かれるってのはちょいと違うぜ」
「そんなことを言われても仕方がないんです。望んだからって一緒になれるわけじゃないし、抱かれなきゃチョーヌさんに怒られるんだし……」
少女はいつの間にかボロボロと大粒の涙を流していた。
「……別に世間はこの村だけじゃねぇんだ。外に行きゃ幾らでも街はあるし、なんなら人がいない山でも食っていけるもんさ。とりあえず、今夜は俺に酒を注ぐだけで勘弁してくれねぇか? 黙ってりゃわかんねぇよ」
アユコは健吉に従ってワインを注ぐ。
「助かるよ。抱かされる側の俺の趣味でもねぇからな」
少女が涙を拭う。
「難波潟 みじかき芦の ふしの間よ。おっさんとじゃ一晩過ごすのは嫌だろうが少しばかり我慢してくれや」
少女が首を傾げる。
「喋るのは喧嘩よりも疲れるな」
健吉は一人呟くと注がれたワインを一気に口に含んだ。その夜は酸っぱさを身をもって感じた夜であった。
そして夜が明けた。狭いベッドでアユコと健吉がともに寝ているのをこっそりと確認したチョーヌは満足気に小屋から去る。それと同時に健吉は目を開けた。
「おう、お嬢ちゃん、もういいぞ」
健吉がアユコを起こす。健吉に起こされたアユコは寝ぼけ眼をこする。
「狭くって悪かったな」
その声で一気に目が覚めたのか、アユコは「キャッ」っと小さな悲鳴をあげて飛び起きる。……次に自分が全裸であることに気が付き今度は健吉の布団を剥ぎ取ると、それを纏って床にうずくまった。
「えっと、あの……おはようございます」
昨日の度胸はどこに霧散したのか、布団から顔だけ出したアユコが恥ずかしそうに挨拶をした。
「ああ、おはよう」
健吉は苦笑いで応じると着替え始めた。それを見てアユコは再び布団を被る。
「あとでのんびりと着替えてくるといいさ」
「は、はい」
いつもの赤スーツを纏った健吉は床のアユコに声をかけ小屋から出ようとするも足を止めた。そして唇を噛むと軽く出血させる。今度はその血を口に含むとシーツの上に吐き出す。健吉はそれを満足気にみると軽く頷き小屋から出た。去り際に健吉はアユコにもう一度だけ声をかけた。
「お嬢ちゃんが選ぼうとしてる道は茨の道だ。流されるよりも厳しいが……選ぶなら覚悟しときなよ」
そして振り向くことなく広場の方へと消えていった。
広場にはチョーヌを初め村民一同が集まっていた。そこには大あくびを浮かべる正二もいる。
「昨晩はどうでしたか?」
チョーヌが笑顔を浮かべる。
「おかげで疲れたよ」
「そうですか、そうですか」
チョーヌが満足気に頷く。それを見ていた正二は健吉に駆け寄ると小声で話しかけた。
『マジっすか!?』
「嘘をついてどうすんだよ」
『あらあら、あの嬢ちゃんお気の毒様。そりゃここまで歩けませんわ』
アユコがいないのを確認すると正二は南無とでも言いたげに合掌を作る。
「そういうお前はどうなんだ?」
『そりゃもう、あんなことをさせたり、こんなことをさせたりですよ』
正二が嬉しそうに体をくねらせた。
「てめぇの丸刈りを頼み忘れたな」
健吉は面白くなさそうに正二の髪をみていた。
「あのー……」
そこでチョーヌが健吉に話しかけた。
「もしよろしければ、この村にお住みになられては如何でしょうか?」
「悪いがおいらにはアニキがいるから無理だね」
なぜか威勢よく答えたのは正二であった。その正二を無視して健吉が応じる。
「定住ってのは俺の性には合わねぇや。気持ちだけ貰っておくよ。やることもあるしな」
「さようでございますか……」
チョーヌは落ち込んだ声で返事をした。そして他の村人に合図を送る。
「それではこちらを。『ビッグE』狩りをギルドに依頼しようと貯めてた金です。お納めください」
村人が貨幣の詰まった小さな革袋を健吉に渡す。
「そうかい。悪いな」
健吉はそれを遠慮なしに受け取った。
「それとこちらを」
チョーヌは懐に手を突っ込む。
「もう一人の方から聞くところによれば、大きな街を求めて旅をしているとか」
そう言って一枚の木製の割符を取り出した。
「当面は州都を目指すのでしょう? 残念ながら州都の手形は納税組が持って行っていますが、近所の町への割符なら残っております。どうかお納めください」
チョーヌは神妙な顔で健吉をみている。健吉は軽く左頬を掻いたのち、それを受け取った。
「そうかい? なにからなにまで悪ぃな」
「いえいえ、これでも礼をし足りないくらいでございます」
チョーヌは嬉しさ満点の笑顔であった。
「返礼ってわけじゃねぇけどよ……俺からの礼も受け取っておくか? 好みに合うかは知らねぇけどよ」
正二が興味深そうにそのやり取りをみつめる。
「ええ。ええ。記念に是非とも」
チョーヌは恋する乙女のように嬉しさと恥じらいが混じった微笑みである。
「そいじゃ、腹に力を入れろよ?」
「こ、こうでございますか?」
チョーヌは言われるがままに腹に力を入れる。健吉はそれを触って塩梅を確認する。
「いいか? 絶対に力を抜くなよ」
言うが早いか健吉は腹に拳を一発めり込ます。チョーヌの体が軽く宙に浮く。落下したチョーヌはその、まま地面にうずくまり唸り声をあげた。そしてこのまま動かない。
「それじゃあな、世話になったな」
健吉はおもむろに身を翻すと村を後にする。正二もそれを追いかける。
「なにしてんッスか!? 確かに酷い接待が多かったッスけど」
正二の問いに健吉は晴れ晴れとした表情で答える。
「相手の好みに合わせろってこった」
それは微妙にうれしそうな口調であった。




