八年後
八年後
信行叔父さんの家に行くのは何年ぶりだろう。あの「ミスターJBコンテスト」出場を巡って、父親と大喧嘩した日以来、叔父には会っていない。最後に叔父さんの家に行ったのもその大喧嘩の日だっだから、八年以上行ってないことになる。
あの大喧嘩の日から、自分の生活は半引き篭もりになった。学校には行く。勉強もする。でも、クラスメイトとも交流を持たず、外出も必要最低限。中学を卒業し、高校に入ってからも、同じような生活であった。「その日」が来るまで、そういう生活に徹することを心に誓ったのだ。「その日」とは、十八歳の誕生日である。十八歳になれば、仕事などもある程度自由にできるようになる。その日までひたすらおとなしく過ごし、両親を安心させ、「その日」に家を出る。小遣いも、おとなしく過ごして優秀な成績を取ることで値上げ交渉も成功、しかもほとんど貯金に回し、十八歳を迎える頃には百万円近くまで貯まっていた。自分名義の銀行口座も作ってもらった。また、原付の運転免許証も暇な時に取っておいた。本当は自動車運転免許の方が欲しかったが、時間もかかりそうだし、何より十八歳まで待たないといけない。取り敢えず身分証明書が必要な場合、原付で十分だろうと考え、まず原付免許をとることにした。詳しいことは分からないが、何となく親元にいる間に身分証明になるものを取っておいた方がいいという予感が働いたのだ。原付なら簡単に取れるだろうと思ったし、実際、簡単に取れた。更新さえ忘れなければ、一生身分証明書として使えるはずだと。健康保険証も、病気になったりした時のためにも欲しかったが、住所とかちゃんと届けないと貰えなそうだったので、落ち着いてからまた考えることにした。ちなみに、幸いなことに現在まで、病院に行くような大きなケガも病気もなく過ごせていたので、健康保険証は結局取っていない。
実際に家出をしたのは、十八歳の誕生日から数か月経ってからだった。この時ほど、自分が四月生まれでよかったと思ったことはない。もし秋以降の生まれだったら、準備やら何やらで、高校卒業まで待たないといけない。一日も早く家を出たかった自分にとって、十八歳の誕生日が早く来ることはこの上なくありがたかった。
しかし、家を出てからはそんなに甘くなかった。まずアパートを借りようと思ったのだが、保証人が要ると言われてしまった。家出の身にそんな人はいない。数件不動産屋を当ってみたものの、「保証人なしでは貸せない」の一点張りで、身分証もお金もある、と言っても、それだけではちょっと…と渋られるばかりであった。それならまず働き口を、と思い、従業員募集の張り紙を出しているところに片っ端から当ってみたが、こちらもまた「保証人」が必要だという。適当に親の名前と住所を書いてもよかったのだろうが、そこから現在の居場所が割れるのも困る。結局仕事探しも諦め、途方に暮れていると、中年男性が声を掛けてきた。
「住むところや仕事を探してるの?だったらうちで働かない?アパートもあるよ」
その男性に対していかがわしさを感じないわけではなかったが、とりあえずその時は藁にもすがる思いでその男性についていくことにした。もしやばかったら、その時は全力で逃げるしかない、と一定の距離を取りながら。
連れて行かれたのは、バーだった。いわゆる「売り専バー」といって、ゲイの男性や時には女性相手に性的サービスをする、早い話が体を売る店だ。やっぱり自分はそういう世界に縁があるのだろうか、と半ば諦め気分でそこで働くことを承諾した。まあ、一応経験もあるし、紹介してくれたアパートも、つい数日前まで別の従業員が住んでいたというところでなかなか良かったので、背に腹は代えられないといったところか。
仕事自体は順調だった。さすがに中学の時のように扱き合って終わりというわけにもいかず、かなりハードなこともやらされたが、それでも、「太客」と呼ばれる、たくさんのお金を落としてくれる客もついたりして、お金もどんどん貯まっていった。何に使うかは決めてなかったが、ある程度落ち着いたら大検でも受けて、大学に進学しようか、などと漠然と考えていた。体力的にきついと思ったことはあったが、自分の体を使って稼いでいる、という実感があり、充実感を得ることはできたし、「体を張って得た金」は自分にとっては重みがあり、大事に使おうという気になれた。こういうところで稼いだ金は「あぶく銭だ」と揶揄する人達もいたが、自分からすると、きっと普通に大学生になって、家庭教師のアルバイトなんかをしてた方が、よっぽど「あぶく銭」だっただろう。
そこで働き始めて一年半ほど経ったある日、芸能プロダクションの社長という人が客についた。多くの人気俳優を抱える事務所の社長で、自分も雑誌か何かで顔を見たことはあった。あの社長ってそうだったんだ、そういえばあの事務所、若手男性俳優が結構所属していたけど、あれって社長の好みだったのか、と下衆の勘繰りをしていたら、なんと自分もスカウトを受けてしまった。まずはレッスンを受けてみないかと。費用はこちらで持つから、とのことだった。すっかり諦めていた芸能人になるという夢が、まさかこんなところで実現への切符を手に入れることになるとは思いも寄らなかった。もっとも、あとで分かったことだが、こういう店から芸能界入りするケースは非常に多いらしい。
そうして社長の勧めるままに、芝居、歌、ダンスなどのレッスンを受けるようになった。店は辞めなかったが、予約のみのシフトになり、店に出ることはめっきり減った。レッスン期間も小さな仕事がちょこちょこと入ってきて、スズメの涙ではあるが、一応ギャラも出た。住まいも店が借りていたアパートから、社長の借りてくれたアパートに移り、家賃も社長が負担してくれることになった。見返りとして、体を要求されるかと思い腹を括っていたが、実際には二、三回相手をしただけで、あとは何もなかった。それはそれで不安だったのだが、「商品としてモノになると思ったら、その子とは寝ない」というのが社長のポリシーらしく、つまり自分は「商品」として認められたわけだから安心してもいい、ということだった。
一年のレッスン期間の後、正式に事務所と契約し、「武 俊樹」という芸名をもらった。と同時に店は辞めた。その頃は既に二十歳になっていたので、保護者の同意書も何も必要なく、一個人として契約できたのは喜ばしいことだった。その後はドラマや映画出演などを地道にこなし、二十二歳になる頃には、ドラマでも主要キャストを務めることもでき、また雑誌で単独取材ページが取れるまでになっていた。
ある日のこと、社長から連絡があり、「海外での仕事が入るかもしれないから、パスポートを取っておくように」と言われた。パスポート取得に必要な書類はこれとこれ、みたいな説明を受けた。その中の一つに戸籍謄本というのがあった。これを取るために、オフの日を利用して、十八まで住んでいた区の区役所に行った。区役所は実家からは離れていて、最寄駅も違ったので、実家に近付くという緊張感を持つことなく行くことができた。家出をした身で、果たして戸籍が残っているのだろうかという不安もあったが、自分の戸籍はちゃんと残っていた。しかし、その受け取った戸籍謄本を見て、ある事実を目の当たりにすることになる。
「養…子…?」
戸籍謄本の自分のところの欄にはそう書かれてあった。養子ということは、つまり両親の本当の子供ではないということか。上の欄にも何やら細かい字で色々書かれているが、よく分からない。
以前戸籍謄本が必要だった時は母親に頼んで取ってもらっていたし、常に封がされていて、中身を見ちゃだめだと言われていたので、てっきり封筒のままもらうものだとおもっていたので、裸で受け取れたことにまず驚いた。しかも、「養子」の文字。おそらく母親は、この事実の発覚を恐れて、封印するという形で自分に渡していたのだろう
当然これは一体どういうことなのか知りたい。しかし、そのために今更実家を訪ねるというのも気が引ける。そこで、ワンクッションという意味で、まずは信行叔父さんに電話をしてみた。ずっと連絡はしていなかったが、番号は変わっていないようだ。突然の電話に叔父さんは驚いたようだったが、「ちょっと聞きたいことがある。出生のことについて」と言ったら、お邪魔してもいいとのことだったので、その日のうちに行くことにしたのだった。
「久しぶりだな…とはいっても、お前の活躍ぶりはテレビなんかでいつも見てるけどな」
改めてそう言われると何だか照れ臭い。
「そうだね…あ、そうそう。孝弘さんだっけ?あの人とはまだ付き合ってるの?」
「いや。あれから三年ほどで別れたよ。今はフリーだ」
ソッチ系の世界の恋人は、「結婚」というゴールがない分、長続きしないという話を聞いたことがあるが、叔父さん達も例外ではなかったようだ。
「お前の事務所の社長な、あれは俺の知り合いだ。数年前に『いいのをスカウトした』って、見せられた写真がお前ので。どこでスカウトしたって聞いたら、売り専バーだって言うじゃん。まあ、家出少年が戻らないってのは、ソッチ系の人に拾われてるケースが多いからな。お前がそういうところで働いてるってのは、おおよそ見当は付いてたけど」
さすが叔父さん、世の中をよく分かっている。というか、ソッチ系の世界はホントに狭いなと思った。
「ははは、見抜かれてたか。ところでさ、母さんの名前で、事務所にファンレターが来てて。『私にも武さんと同じ年の息子がいますが、家を出てもう何年も帰って来てません』みたいなこと書いてたよ…。父さんや母さんも居場所知ってるのかな?」
「いや、居場所までは知らないと思うよ。ただ、最初に義姉さんが、『あるドラマを見ていたら、俊哉にそっくりな子が一瞬だけテレビに映った』って言っててさ。それからも何度か同じことがあって、出演者を細かくチェックしてたら『武俊樹』ってあったから、これは絶対…って確信したそうだよ」
「そうなんだ。あの…自分からこんなこと聞くのも何だけど、父さん母さん…どんな感じ…だった?」
「最初の半年くらいは憔悴しきってたけど、ある時から吹っ切れたみたいだよ。取り敢えず問題を起こさなければいい、便りがないのはいい便り。もともといなかったと思うことにした、って言ってた」
もともといなかった…何も知らなければその言葉は非常に冷たいもののように聞こえるが、「養子」という文字を見た今となっては、その割り切り方は何となく理解できる気がする。確かに自分は「もともといなかった」のだ。
「あ、それで本題なんだけど…これ、一体どういうこと?」
そう言って、叔父さんに戸籍謄本を見せた。「養子」のところを指差しながら。すると叔父さんはちょっと困惑したような表情を見せ、こう答えた。
「あ…ついに知っちゃったか」
「叔父さんはやっぱり知ってたんだ」
「まあ、そりゃ当然…。でも俺もね、詳しいことはよく知らないんだけど」と前置きした上で、本棚からファイルを持ってきた。そこには雑誌や新聞の記事のスクラップが保存されてあった。その中の一つの見出しには
『○○県××村で行方不明の女子高生、近くの山林で遺体で発見。首に絞められた跡あり。殺害か?閉ざされた寒村の悲劇。同行していたとみられる男性は未だ行方をつかめず』
とあった。そこには女子高生の写真と名前があった。「武山幸子さん」とある。顔も何となく見覚えがあった。
「その殺されたと思われる女子高生ってのは、俺たちの妹で、そして、お前の本当の母親だ」
一瞬何を言われたのかよくわからなかった。まず、父親や叔父さん達に妹がいたなんて聞いたこともない。さらに○○県というのは、自分の実家や叔父さんの家とも遠く離れており、なぜそんなところの女子高生とうちが関係あるのかというのもピンとこなかった。しかし、心当たりがあった。以前、冬木さんに「両親に秘密があるかもしれない」と言われて、家の中を捜索したことがあったが、その時に女子高校生と思われる少女の写真を発見したのだった。よくよく思い出してみると、その少女の写真と、新聞に載っている写真は間違いなく同一人物だ。父親の部屋で、最初にその写真を発見した時は自分の姉かもしれないと思ったが、実は父親達の妹で、自分の本当の母親だったのか?その旨を叔父さんに話すと
「見てみないと分からないけど、おそらくそうだろう。それと、○○県××村っていうのは、俺らの故郷だ」
「え?今叔父さんがいる家で皆育ったんじゃないの?」
「いや、ここは…話せば長くなるけど、親父たちが村を出て、新しく買った家なんだ。戸籍謄本の兄貴達の欄よく見てみ?『○○県△△郡××村より転籍』みたいなこと書かれてるだろ?」
そう言われて、謄本を見直すと、確かにそう書かれている。そうだったのか。もともとこっちに住んでいたわけじゃないんだ。でも、なぜこんなことに?と聞くと
「まあ、分かる範囲で、順を追って話すよ」
何が何だかよく分からないが、とにかく話を聞いてみないことには始まらない。
「俺も当時は、こっちの美大に通ってたから、詳しいことは知らないんだけどさ。ある日テレビを見たら自分の地元で女子高生が行方不明だって言うじゃん。しかも自分の妹の名前と顔が出てきたもんだから、そりゃもう、パニックになっちゃって。実家に連絡しても誰も出ないし…そしたら兄貴から連絡があって、『俺が行くから、お前たちはおとなしくしてろ』って言うんだ。姉貴たちにもそう言ってたみたい。結局兄貴一人で週末に地元に戻ったらしい。で、数日後、『遺体で発見』って記事が出て。さすがにその時は帰らなきゃって思ったけど、兄貴も親父おふくろも『帰ってくるな』の一点張りで…。まあ、当時俺も同級生から、『これ、お前の妹か?名字同じだし』って聞かれたし、好奇の目にさらされないように、気を遣ってくれたんだと思うけど」
叔父さんの口から出る衝撃的な事実に、相槌を打つことすらできず、ただ黙って話を聞くよりほかなかった。叔父さんは続ける。
「それで、ほとぼりが冷めてから…といっても三か月後くらいかな?兄貴の家に行ったら、突然子供がいたわけよ。それがつまりお前ね。でも、義姉さんにも妊娠してた様子もなかったし、これはどういうことなんだ、と思ったけど、ピンと来たんだ。妹の子供だ…って。それで兄貴に『この子って…』と聞いたら、兄貴はうなずいて、人差し指を口に当てたんだ。それで俺もああそうか、って理解したんだ。報道にも子供のことは全く書かれてなかったから、凄くびっくりしたけど、そこは突き止められなかったんだろう」
うなずくことすら儘ならない状態の自分に向かって、さらに続ける。
「それから半年ほど経って、親父おふくろがこっちに家を買って住むことになったから、お前もそこに住んで、そこから大学に通え、ってことになって、ここに越してきたってわけだ」
「なんでそうなったの?」自分はやっとのことでそれだけ聞くことができた。
「分からない。普通に考えたら、娘が殺されたかもしれないような村にこれ以上いたくない、ってことなのかもしれないけどね。ただ、うちは村の中でも有力者と言われる家だったから、簡単に村を離れることができたのかなと疑問だったのは事実だ。まあ、一応うちは被害者側とされていたから、同情的な見方が多かったのかなと思ったけど」
「そうか…で、一緒にいた男性っていうのが俺の父親?」
自分は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。それで、次に気になるポイントについて聞いてみたのだ。
「まあ、そうだろうね。でも、その男、俺も知ってるけど、女癖の悪いやつでね。妹の他にも何人とも関係を持ってたらしいんだ。で、妹に子供ができたけど、その男はそれを認めようとしない。そうしてそいつは妹のことが鬱陶しくなって、殺して、自分は逃げた―ってのが、当時の大方の見方だ」
「大方の見方ってことは、確実な話ではないってこと?」
「うん。ただ、状況からいってもたぶんそうだろうと、警察もそう見ていた。それにその男は普段から素行も悪かったし、そいつの家は、村では地位が低かったから、そいつを擁護する者も少なかったからね」
「なるほど…村とか地位とかはよくわからないけど、とにかく本当の母さんは、その男に殺された可能性が高いってことか」
「そう。俺が知ってるのはこのくらいだ。結局その男も今の今まで行方が分からないし、事件そのものは迷宮入りだけどね」
これだけの話を聞いたからといって、すぐに受け入れられるわけではない。自分の両親だと思っていた人達が実は違って、しかも本当の母親は本当の父親に殺されたかもしれない―言葉にすればそういうことなのだが、正直実感がないというか、自分のことという気がしなかった。しかし、しばらく頭の中で色々整理しているうちに、あることを思い出した。
「あの、コンテストのことがばれた時、女の人と一緒に写ってる雑誌の切り抜きがあったじゃない?それを見て、父親が自分に対して『お前には遊び人の血が流れてる』って言ってたの覚えてる?あれって、その本当の父親のことなのかな」
「そうだろう。だから、あの時は俺も義姉さんもびくっとしてさ。俺がそれ以上言うなって怒ったんだよ」
あの時には分からなかったセリフの意味が今ここでようやく理解できた。また、こんなことにも気づいてしまった。
「もしかして、父さん母さんは、この事実がばれるのを恐れて、自分のことを束縛して、他の同級生達と接触させないようにしてたのかな」
「かもね。同級生の親の中には、その辺の経緯を知ってる人もいただろうしね。同級生の家に行って、そんな話をされたら困るってのはあっただろう」
両親の異常なまでの束縛の秘密を知り、ちょっと家出をしたことを後悔し始めた時、叔父さんはさらに付け加えた。
「あと、兄貴達が『普通に、平凡に』を強調してたのも、お前がそういう運命を背負って生まれてきたからこそ、何としても普通の、平凡な幸せを掴んで欲しいっていう気持ちが強かったんだと思う。ましてや、芸能人なんかになったりしたら、どっからその話が掘り起こされるか分からないしな。俺もその辺が分かってたから、お前がコンテストに出るのに猛反対する兄貴に強く言えなかったんだ」
そこまで言われると、家出をしてしまった自分が、ひどく思いやりのない人間に思えてきて、自己嫌悪に陥りかけていたが、その気持ちを見抜いたように、叔父さんは言った。
「まあでも、お前は何も知らなかったわけだから、自分を責める必要はないと思うよ。確かに兄貴達の束縛ぶりはどう見ても異常だったし、あの環境にお前が耐えられないっていうのは十分分かるから。本当は兄貴もどこかでちゃんと説明するべきだったとは思うね」
とはいっても、そんなこと簡単に説明できないだろう。
「とにかく、これを機会に、お前も実家に帰ってみたらどうだ?たぶん俺よりもこの件に関して詳しいことを知ってるだろう。それに、ファンレターが届いたとか言ってたけど、実際、兄貴達はもうお前のことはテレビや何かを見て知ってるよ。『元気そうで安心した』って言ってたよ」
ついにその時が来たのだろうか。確かに叔父さんはそれ以上のことは知らなそうだったし、これ以上何かを聞いても無駄なのだろう。色々教えてくれてありがとう、と礼を言って、叔父さんの家を後にした。
「またいつでも遊びに来いよ。あ、モデルやってもらうとしたら、もう事務所を通さないといけないのかな?」
とジョーク混じりに別れ際に言ってくれたので、少し気持ちが楽になった。
駅までの道すがら、色んなことに思いをはせていた。本当の母親はどんな人だったのか?その男性との関係は―時計を見たら午後五時半。明日は仕事はない。実家に寄って、ヘビーな話を聞かされたとしても、気持ちを切り替える時間はある。こうなったら、思い切って実家に寄ってみるべきだろうか。それとも―
気が付くと、自分は実家の前にいた。