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後添い夫との別離を選んだ女伯爵  作者: 有栖 多于佳


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2/2

テオドールのこと

第三王子テオドールには、王都に古くからの内縁の妻が居るのは、周知の事実。


その女は、乳母の娘で乳姉弟であった。


母は、この大陸の各国を股にかけて商売をしている商人の娘、大商人の祖父はどの国でもそこそこの額の納税を行っていたので報奨として爵位を与えられていたけれど、たまたま末娘がこの国の国王に見初められ側妃として妃の称号を得られたので、こんな小国ではと内心思っていたけれども、色々な思惑もあって本店をこの国の王都に構えて、定住するようになった。


婚姻に関する王家との取り決めとして、一人は子を為すこと、その子の王位継承権は破棄するがその身は王族であると家系図に認められることを祖父はねじ込んだらしい。


王家にすれば、王位継承権の無い王族が居たとて特に問題は無く、それ以上に祖父の商会から多額の税収入を得られるのだから、割りの良い取引で、当然認められたのだった。


だからテオドールは、側室の生まれ(めかけばら)であったけれども母に与えられた美しい離宮で、帝王学などと言う小難しい勉強を押し付けられることもなく、まあ良いとこ高位貴族の跡継ぎが学ぶべき学問を一流の教師に丁寧に教えられて、それ以外の時間は比較的自由に祖父の邸や商会に出入りしたり、叔父や叔母が任されている他国の商会に身を寄せて遊学したり、武王が治める隣国の貴族学院に留学したりと、なに不自由無く暮らしていた。



テオドールの乳姉弟はアナと言って、平民であった。

母の侍女の娘で、乳母となりその後もテオドールの養育を引き受けていた女の子供だったので、同い年ではあるがテオドールの身の回りの世話をするのがアナの生まれながらの日常であった。


テオドールが叔父のいる国へ行くとなれば、護衛とは別に乳母とアナが付き添い、叔母の国へ行くとなればまた乳母とアナが付き添う。


そうこうして成人する頃には、色々と親しくしていたアナと懇ろになって、すぐに子が出来た。

とは言え、王子の身であるテオドールと平民のアナとは婚姻が出来る訳もない。当然生まれた子にも王家の血が流れているが、それ故に認知も出来ない。


母はアナがテオドールを手練手管で誘惑したと言って怒り狂って、乳母とアナを即刻解雇し、それだけでは飽きたらずに、乳母の実家にも制裁を加えた。


父の商会で番頭を務める夫は乳母と何年も前に離縁していたから、乳母とアナは乳母の実家の平民の戸籍に入っていたが、そこからも除籍されたので、二人と生まれた赤子は戸籍無しの棄民となったのである。


テオドールは王都に私邸を購入して、乳母とアナを住まわせて、だいたいの時間そこで過ごした。

生活に纏わる費用も、テオドールが居る以上はそこで賄われるのでアナたちは身分など気にもせず優雅な平民として暮らしていた。


上から12、10、5と認知外の息子が3人となった頃、西の辺境領の跡取り娘婿に行けと国王からの王命を受けた。


未曾有の大災害に見舞われた上に、跡取りも失ったベネット領は武王と二つ名を持つ隣国の王が予てよりちょっかいをかけていた重要拠点。


武王はそこを手中に治めた後、関所でも作って高額な通行料を取るだろうと予想がついて、それは大商会の会頭である祖父にとっても、この国の盾たる最前線を無条件に渡すことなど決して出来ない王家にとっても、由々しき事態であった。


そこに婿入りする使命を、国民の血税で生かされてきた自分が背負うのも当然の成り行き、ただまぁ、これにて有閑な王子時代は終了するのだなぁ、と思いながら、一回りも下の長男と3つしか違わない少女を妻として娶ることを受け入れた。


王都を去る前夜、いつもの私邸での晩餐を終えると王宮へと戻ることをアナに告げた。


アナは顔を青白くして震えながら、

「テオドール様。あなた様のご慈悲が無ければ明日にも私たちは路頭に迷うでしょう、どうかどうかご慈悲を」

と泣きながら縋りついてきた。

応接室で、子供たちを交えて食後のお茶を楽しんでいる場での出来事に、

「アナ、子供の前でなんと言う姿だ、はしたない。子供たちが驚いているではないか」

そう言って手で払い除けて立ち上がった。


「あっ」

立ち上がった勢いでアナが床に転がって、それを子供たちが助け起こしながら、

「父様、なんて酷い仕打ちを!」

長男が射るような厳しい目を向けて非難の声をあげた。


「何を言う、アナお前に子育てを任せていたが、この者たちに自分の立場を教えてないのか!お前、私にむかって非難の声をあげるなど普通であれば手打ちにされるぞ、もう暫くすれば成人だ。それまでに身の振り方を考えよ、アナお前もだ!」


今まで見せたことの無いような冷たい視線をアナと子供たちに向けて、激昂した。

その声にやり方を間違えたことを悟ったアナが、平伏して頭を下げ、子供たちに勘高い声で指示を出している、その声を聞きつけて、ノックも無くドアが開き乳母が飛び込んで来て、子供たちの頭を押さえつけて大袈裟な謝罪を始めた。


「何事です、まあテオ様、ご不快な思いをさせた不甲斐ない者たちには相当の罰を与えますから、どうぞお許しください、お許しくださいませぇぇ」


「あああ、テオ様、旦那様。も、申し訳ございません、お前たちも頭を下げて!申し訳、申し訳ございません、よよよよ」



母と祖母から頭を床に擦り付けられて謝罪させられた長男と次男は憎々しい目線を向け、歯を食い縛っていた。


その状況に驚いた末子はビービーと声を上げて泣きながら、いつもは大らかな父の態度を期待して、許されるはずと言う目で見つめていた。


その様子に、鼻白んだ気持ちになったテオドールは、言葉もなく立ち去ったのだった。


ベネット領で、兄王太子と義姉立ち会いの小さな教会で簡素な式を終え、妻となったまだ幼さの残る少女を伺い見ると、緊張に顔を引きつらせていたので、


(国の都合で幼い時からの婚約を白紙にさせられて、こんな父親の方が年の近い男と番わされて、悲劇のヒロインよろしく運命の悪戯に酔っているのだろう。十代なんてこんなもの、まだ夢見る途中だ)

そんな冷めた目を向けてしまった。


(泣かれて、別の男の名を呼ばれるのはキツいなぁ。今晩、王家とベネット家の期待通りに初夜を完遂できるのだろうか、トホホ)

と、ため息混じりに向かった閨で、深々と頭を下げながら


「勿論、私のことを愛してくださらなくても宜しいのです。ですが、お情けで次代ベネット家の為に子だけは賜りたく存じます」

と、年若い令嬢の中に貴族の矜持が見えて、昨夜との対比もあって、セルディカの好感度が鰻登りに上がって、スペクタクルな夜を過ごしたのだった。


セルディカもベネット伯爵夫妻も、王家と祖父の男爵家からの復興支援に恩義を感じているらしく、領地経営は自分達で行うので、王都での生活は自由にして欲しいと申し出てくれた。


これは多分に、アナたちとの生活を見て見ぬふりをしてくれると言う温情であろう。


しかし、テオドールはもうアナたちと今までのような暮らしをするつもりは無かった、冷たいと言われれば言い訳は出来ないのだが、初めから終わりについては話し合いが持たれていたことだったから。


年頃になるとアナはテオドールの寵を欲しがった。

男であるし、知らぬ仲では無いしテオドールとしても吝かではない。


しかし、腐っても王族の血である。

むやみやたらと種子をばら蒔いては、自分の命がいくつあっても足りぬ。


そこで、遊学先で叔父に相談すると、叔父がアナの父親を呼び寄せてくれた。

アナの父は、娘の身の程知らずな願いに顔を土色にして謝罪をし、娘の管理もしない妻である乳母を非難した。

すると、乳母は、

「娘の初恋成就を願う、母心にございます。どうぞお情けを頂ければと」

と、宣ったのである。


烈火な如く怒り出した夫を制して、叔父は契約書を交わした。


そこには、寵は与えるが益は与えない。

為した子は、アナの子として認知は行わない。

テオドールが解消を告げた時には即刻関係を解消して、費用を強請ってはならない。


こんな契約にサインする愚か者は居ない、謝罪して撤回しようとした夫の制止を振り切って乳母がサインしたので、テオドールはアナに寵を与えたのだった。


そんな関係だから、あの日の晩、離宮で母にその旨を告げると、

「だからダメだと言ったじゃない!馬鹿な息子ね。やっと役に立つ子が儲けられるわ、あなたと高位貴族の子の一人を生家に養子跡取りにすることで、我が家門に王家の血を得られたのに。


あんな羽虫に纏わり付かれたから、あなたと婚姻したいなんて奇特な貴族令嬢は居なくなってしまって。全く愚かだわ。兄様のくだらない契約なんて破棄してしまえば良かったのに。


でもまあ、ベネット領は重要拠点。そこと縁を持てたのは僥倖。良いですか、たくさん子を為しなさいよ。その中で一人をお祖父様へと贈るのです。その為に私はここに居て、あなたが居るのだから」


そう言われて、にこにことご機嫌な様子で翌朝、見送ってくれたのだった。


それから、半年後に王都へ戻ると既に私邸は売り払われていて、アナたちの存在は消されていた。


翌年、待望の嫡男が生まれ、先ずは王家とベネット家への義務は果たしたと安堵し、次からはスペアと祖父へと贈る子を得るために励まねば、そう思っていたのだがなかなか思うように次の子は出来なかった。


そのことをセルディカに言うのも憚られ、思いに蓋をしてベネット家の婿に徹していた。


妻となったセルディカは、蕾が花開くように年を重ねるほど美しくなっていったので、テオドールは王都の社交界へと彼女を連れ出したい気持ちがあったのだが、どうやら噂されていたテオドールの王都の家庭に気を遣って、領地から出るつもりは無いようだった。


ある日、それとなく社交界の話をしながらセルディカを妻として愛していると告げると、頬を赤らめて嬉しい気持ちが、淑女の仮面から溢れ出たのを目にして、態々終わった女のことを話して彼女の気分を悪くさせるのも良くないと思い返して、そのままでいることにした。



ボリスが10歳を迎え、セルディカとも良好な関係を維持していた。

結局、セルディカもボリスも王都にまだ連れて来れてないが、後数年経てばボリスが貴族学院へと通うことになるので、それに合わせて王都のタウンハウスで暮らせば良いだろう、そう考えていた。



その日は明け方から小雨が降っていた。


セルディカと結婚後、私邸は処分しており、ベネット家のタウンハウスは義両親が使用していたので、王都に居る時には母の離宮の部屋を使用していた。

王族側も了承する一方、臣下ではあるが準王族と言う曖昧な立場を賜って、王族の仕事を手伝うことになった。


その日は、職務中に怪我をして退役した騎士を慰労する式典に来賓として出席する予定で、臣籍降下したので王子の称号は無いのだが、便宜上第三王子殿下と言う称号で呼ばれ、その動向は王家の広報から発表されていた。


式典が滞りなく終わる頃、雨足が強くなっていった。


表彰を終えた退役騎士達が駆け足で去っていく数々の足音が、控え室として与えられていた天幕の中まで響いていた。

強い雨音に雷鳴も加わり、これは濡れ鼠を覚悟して馬車まで走らねばならないな、そんなことを侍従と話しながら外套の襟を立て、気合いを入れて雨の中に走り出した。


煙る先に、王家の紋章のついた馬車が見えたので、びしょ濡れの靴もズボンも気にせずに近づけば、馬車の後ろから黒い影がテオドールの背中に忍び寄って、ドンっと言う衝撃と燃えるような熱さを背中に感じ、膝から力が抜けて地面に這いつくばった。


「お前が、お前が!いい加減なおまえがああああああああああああああ!」

最期に聞こえたのは男の怒声で、そして意識が暗転したのだった。




捕えられたのは、アナが産んだ長男だった。


テオドールに縋った翌日には、乳母の元夫、アナの父だった男が代理人として邸にやって来て契約書を示して、即刻退去を命じた。


始め、子供たちには祖父であるその男に従うか、棄民として貧困窟孤児としてで過ごすかを選ぶはずだった。祖母と母は、当然奴隷として売られると、同行していた奴隷商に引き渡された。


「父さん、助けて父さん!私、王子様の子を、王族の血を引く子を三人も産んだのよ!

本当なら側妃様のように王宮に召し上げられるはずだったのに!父さん、男爵に頼んでよ!私の方が側妃様より偉いじゃない、王子を産んだら王宮で暮らせはずなのに。私、息子を、三人も産んだのよ。側妃様はたったお一人。父さんだって男爵より偉くなれるわ、ねえ母さん、母さんはそう言ったもの、ね、母さん」


キンキンとした耳障りな悲鳴のような声で喚く娘を、冷たい目で見つめ、馬鹿にしたような声色で、


「お前、そんなことを考えていたのか。愚かだな。


では、この子達にも王族になれると言って育てたと言うのも本当なのか。浅はかにも程がある、お前!

お前の娘が生んだ子は娘の子!王家の子に非ずと言うこの契約書にサインしておきながら、王家を謀るつもりだったか。ああ、愚か者めが。


すまないが、この二人はそちらに引き取って貰うことは出来なくなった。今から罪人として突き出さねばならぬ。代わりにこの子達を渡そう、年は若いがその分長く働かせられる、当然子種を絶ってからだがな」


そう言うと、奴隷商から護衛の男たちが祖母と母を引っ張って連れ出した。二人は狂ったように喚いていたが、煩かったのかゴンゴンとスゴい大きな音で殴られて気絶して、雑に担がれて出ていった。


子供たちは蓑虫のように縛られて、奴隷商が連れてきた男たちに乱暴に馬車に投げ込まれた。


王都の端の倉庫の中で、鼻を摘ままれ薬を飲まされ、三日三晩熱に魘されて、それに耐えられず末の弟は亡くなった。

何とか命を繋がれた次男は、隣国へと売られていった。

長男の男は熱の後遺症で耳が聞こえなくなってしまったので、足の腱を切られて王都の娼館の下男として売られた。


来る日も来る日も、かつて当たり前にあった生活を思い出して泣いて、あの男が裏切ったせいだと恨みを募らせていった。


いつかぜったい殺ってやる!

それだけが生きる支えであった。


そして、天も味方したようなお誂え向きな雨模様の中、世界で一番憎いあいつを殺ってやった!ざまあみろ!と叫んでいた所を護衛騎士に斬られて、絶命したのだった。



式典での出来事であるが、雨模様で騒ぎは広がっていなかった。

すぐに馬車に乗せて離宮に連れ帰ったけれど、その時にはテオドールは虫の息。

王宮医師の必死の治療も虚しく、その後事切れた。


王家は醜聞を避けることにして、ベネット伯爵にだけ真実を告げて、了承を得て病死とした。


残念ながら、王家の血を引く側妃の血筋はベネット伯爵家のボリス唯一人。

これは後々のことを考えれば、血が無闇に広がらなくて良かったとほくそ笑むのは王妃だけ。

ボリスは重要拠点の嫡男で、王家の血筋としてきちんと跡を、辺境伯を継いで貰わねばならない。


何もせぬ間にボリスの価値は高騰し、高位貴族の妻と後見を得ることになったのだが、それを知る者はどれほどいるのだろうか。


健やかに逞しく、王国の盾として。


ボリスに与えられた使命は、とてつもなく重いのであった。




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