悲しい真実
地下にある牢は湿っぽくて身体に悪い環境だと私は思った。
少しひんやりしている。
他の襲撃者とは別の牢に一人でマリウスは佇んでいた。
「マリウス………。」
「………………………………。」
「何か言うことは無いのか!
どのような理由で仕えている領主に刃を向けた!」
「………これは、ウージンゲン公爵閣下の御嫡男カール様ではございませんか。」
「答えよ! 何故、其方はシュタウフェンベルク伯爵を殺めようとした!」
「それに答えねばなりませぬか?
直ぐに処刑されてしまう私でございます。
死人に口なし……では、都合が悪うございますか?」
「マリウス、貴方を死刑になどしないわ。
私は誰も死刑になどしたくない!
だから、答えて。
私の何がいけなかったの?
私に不満があったからなのよね。
お願いします。
貴方の私への不満を教えて下さい。
私は良い領主になりたいのです。
そして、15歳になったら、ファビアンに家督を譲ります。
後、少しの間だけ領主として上下水道事業を終えたいの。
お願いします。
何が不満だったか、教えて下さい。」
「不満…………それは、貴女が目立ったからだ。
上下水道? そんな物、作らなくとも良かったのだ!
そのせいで、旦那様は……あの狩場で命を落とされたんだ。」
「どういうこと? それは、どういうことなの! お願い教えて!」
「目を付けられたんだ。大きな力を持つ方に………。
貴女さえいなければ……旦那様は死ななかったんだ!
殺したんだよ! 旦那様を……アン・スミス! あんたが!」
「待て! アン・スミスって誰のことだ?」
「そこの女のことだ!
お嬢様は、そんなことを、大事業など出来るお方ではない。
何年前からなんだ?
アン・スミスっ! お前が……お前が……お嬢様の身体を乗っ取ったのは!」
「何を言ってるんだ………テレーゼじゃないか………何を……其方は……。」
「………マリウス、貴方にも聞いて貰うことを選んだのは、ベルンハルト・フォ
ン・シュタウフェンベルク伯爵です。」
「テレーゼ、君は何を話している。」
「カール様、聞いて下さい。私の話を……。」
「テレーゼ…………。」
「マリウス、貴方は何処まで聞いたの? シュタウフェンベルク伯爵に………。」
「…………………………。」
「私の名前は、アン・スミス。
ここから遠いアメリカという国のニューヨークという街で暮らしていたわ。
家族も居たわ。
父と母、そして弟と妹。
幸せな日々だったの。
それが、ある日突然、この世界に来てしまった。
それもテレーゼという名の女の子に………。
最初にテレーゼになった時、私は斬首刑の執行寸前だった。
激しい痛みが全身を貫いたわ。
真っ暗な闇の中に一人……そして、目覚めたら、またテレーゼだった。
そして15歳になると斬首刑になった。
それを繰り返したの。
何度目だったのかしら? もう回数は忘れたわ。
15歳で斬首刑になり、その後、必ず、12歳で目覚めたの。
もう繰り返したくないわ。
そう思った。
怖いもの……痛すぎる痛みなの……もう嫌だった。
それで、その話をシュタウフェンベルク伯爵夫妻にしました。
だって、何故だか斬首刑はシュタウフェンベルク伯爵家の人々全てだったのよ。
私一人じゃなかった。」
「テレーゼ………それは誠か?」
「はい、誠に私の体験です。」
「そんな………馬鹿なことが………。」
「起きてしまったんです。」
「シュタウフェンベルク伯爵夫妻も斬首刑?
有り得ない!」
「伯爵夫妻だけではないわ。ファビアンもモーリッツもよ。」
「まさか………そんなことが…………。」
「さから、私とシュタウフェンベルク伯爵夫妻が手を取り合って歩むと決めたの。
斬首刑にならないように……。
良く領主としての足跡を残したかったのよ。
シュタウフェンベルク伯爵の領地が豊かになり、病気で亡くなる人を少なくした
かった……。
それが、シュタウフェンベルク伯爵の命を奪う元だったの?」
「…………。」
「マリウス、私はね。何度も15歳で死んだの。
だから、貴方が私を殺す必要はないのよ。
貴方の手を血で穢す必要は全く無いの。
マリウス、貴方はシュタウフェンベルク伯爵家に必要な人なのよ。
ファビアンが来年、シュタウフェンベルク伯爵になるわ。
誰がファビアンを正しい領主に導くの?
貴方しか居ないじゃないの!」
「…………テ……レーゼ……様………。」
「貴方には一生、このシュタウフェンベルク伯爵家で執事長として仕えて貰いま
す。いいですね。」
「テレーゼ! それは良くない! 示しがつかない!」
「だから、カール様………マリウスは私を守ってくれました、よね。」
「テレーゼ…………それで、良いのか?」
「ええ、それしかシュタウフェンベルク伯爵家にとって良い未来はありません。」
「君は………全く………相分かった。そう報告し直そう。」
「お願い致します。」
「マリウス! 今の言葉を聞いたか?」
「………はい。」
「ファビアンに良く仕えよ。いいな!」
「はい…………テレーゼ様……ありがとう存じます。」
「お礼など要りません。だって、それは既定路線ですもの。」
「きていろ……せん? なんだ、それは………。」
「あぁ、無視して下さいまし。カール様。」
「全く、其方という女は………やはり飽きない。」
カールと視線が合い、微笑み合った。
牢の中に居るマリウスは大粒の涙を流している。
そのマリウスを私は牢から出して、執務室へ向かった。
カールとマリウスも一緒に………。
執務室の周囲には皇弟殿下の近衛兵が軍服を着て剣を捧げ持ち立っている。
廊下にも窓の外にも………。
執務室の中の話を洩らさぬように……洩れぬように………。
そして、最後の質問を私はした。
「マリウス、どうしても聞きたいことがあるの。
今日の襲撃は誰が主導したの?
貴方じゃないことは分かるわ。
主導者は表に出ずに、遠くで結果を見ているはずだわ。
誰に唆されたの?
この帝国が危機に瀕しているのよ。
だから、教えて頂戴。」
「………私に襲撃の手伝いをすると話がございました。
それは………。」
「我が父か?」
「カール!」
「カール様!」
「我が父……ウージンゲン公爵であろう。」
「カール様、どうして貴方のお父様だと思われるのですか?
ご自分のお父様を、どうして疑うのですか……。」
「テレーゼ……悲しいけれども、今日の襲撃者の指揮を、この屋敷の外で執ってい
た者が居る。
その者を私は知っている。
その者を取り押さえた我が配下の……私の右腕と言っても良い者が………。
その者の名を私に報告した。」
「え………………そんな………そんなこと…………。」
「私は、もう父のことを皇弟殿下に報告している。
今、殿下は………我が屋敷に向かっておられるはず………。」
「そんな………そんなこと………。」
「この帝国の転覆を国内で狙っていたのは、我が父ウージンゲン公爵だ。」
「…………カール…………。」
「そんな目で見ないでくれ。」
「でも………。」
「カールと呼んでくれたね。」
「えっ?」
「無意識だったのか………。
アドリス殿を其方は……アドリスと幾度も名を呼んだ。
私は羨ましかった。
今、私の名をカールと呼んでくれた。
嬉しく思う。ありがとう。」
「…………カール……私は………。」
「愛されていないことなど先刻承知だ。
だが、これから厳しい刑に処せられる私への手向けだと受け取っておく。
ありがとう、テレーゼ。」
「私こそ……助けて下さったこと生涯忘れません。
本当に心からありがとう存じます。」
「では……御機嫌よう。」
「御機嫌よう、カール。」
執務室からカール・フォン・ウージンゲンが出て行った。
屋敷から出て行くカールをテレーゼは見送った。
カールの周囲は近衛兵が取り囲んで罪人を宮殿へ連れて行く様のようだった。
悲しい真実だと私は思った。
そして、私は痛みに耐えながら横たわっているアドリスの元へ行く。
ドアを開けて、ゆっくりアドリスが寝ているベッドへ近づいた。
アドリスは時々痛みを耐える声を上げている。
アドリスの傍で私はまんじりともせずに夜を明かした。
長い一日だった。
長く辛い一日が終わり、朝の陽ざしがアドリスの顔を照らした。
そのアドリスの顔を見ながら、⦅後、何日で私は死ぬのだろうか。⦆と思った。




