皇帝陛下
皇帝陛下はテレーゼの話を聞きたいと思っているのは確かだった。
シュタウフェンベルク伯爵から話を聞いた3日後のことだった。
皇帝陛下からの使者がやって来た。
指定された日時に両親と共に宮殿に向かった。
初めて目にした宮殿。
美しい宮殿を前にして、その美しさに目を奪われる余裕は全く無かった。
歩んでいく。
皇帝陛下が待つ謁見の間に……。
「テレーゼ、顔色が優れません。
段々、顔色が悪くなっていますよ。」
「お母様、大丈夫です。」
「ベルンハルト、今日は取り止めにして頂けませんか?」
「今からは難しい。」
「大丈夫ですから……。」
「でも………。」
「ヘンリエッタ、無理なのは分かるだろう。
ほら、もう目の前だ。」
「あ……あぁ………本当に遅すぎました。」
そう……謁見の間に着いてしまったのだ。
重厚な扉が開かれて、3人はゆっくり前に進んだ。
皇帝陛下と皇后陛下、そして皇太子殿下を始めとする王子様に王女様。
「皇帝陛下、並びに皇后陛下におかれましては………。
ご機嫌麗しく恐悦至極に存じます。」
「ベルンハルト、もう良いわ。」
「はっ?」
「堅苦しい挨拶など、其方と朕との間には相応しゅうない。
ヘンリエッタも堅苦しい挨拶などしないでくれ。良いな。」
「ですが、陛下。」
「ベルンハルト、友ではないか朕と其方は………。」
「はっ。」
「ヘンリエッタも良いな。」
「相分かりましてございます。」
「所で、そこな令嬢が、ベルンハルト、其方自慢のテレーゼ嬢か?」
「はい、左様にございます。」
「テレーゼ、良う来てくれた。」
「………陛下におかれましては」
「テレー―ぜ、其方、聞いておったであろう。
挨拶は抜きじゃ、良いな。」
「はぁ………。」
『テレーゼ、お返事を……。』
⦅あ……囁き、ありがとう。伯爵夫人。⦆
「あ、相分かりましてございます。」
「緊張しているのですか?
陛下の御前だからと申しても、今は陛下の家族だけです。
テレーゼ嬢、目の前の陛下は其方の父上の友人ですよ。
ただの友人。」
「はい、ありがとう存じます。
皇后陛下………。」
それからは陛下が矢継ぎ早に質問した。
下水道についてだった。
「そうか緩やかな勾配をつけて海へ自然に流れ行くようにしておるのだな。
うむ……なるほど。」
「はい、左様でございます。」
「して、家屋からはどのように下水道へ汚れた水を流すのじゃ?」
「それも同じです。勾配をつけた水路に流します。
その水路は海に繋がった大きな水路に流れ着きます。」
「なるほど! 名案じゃ!
ベルンハルト、本当に其方の娘か?」
「間違いなく我が娘にございます。」
「其方に似ておらぬほどの聡明さよ。」
「陛下……お言葉が過ぎます。」
「いやいや、そうであろう。
皇后、其方は幼き頃のベルンハルトを存ぜぬからじゃ。」
「陛下……。」
「テレーゼ、他には? 何か工夫をしておるのか?」
「暗渠にします。」
「あんきょ? それは何ぞや。」
「水路の上に蓋をします。
水路が上から見えなくなります。
何処にあるか分からないのです。
それを暗渠と呼びます。」
「あんきょ……良う分かる。
所で、其方、どこでこのようなことを学んだのだ?
我が帝国ではそのような技術は無い。
故に教える所も無い。
どうして知ったのだ。」
「陛下! テレーゼは我が娘にございます。」
「知っておる。知識をどこで学んだかを聞いておるだけよ。」
「陛下ッ!」
「テレーゼ、答えよ。何処で学んだ知識じゃ。」
⦅あぁ………終わった………聞かれたことを答えなければ……。
否、違う。答えなかっても、答えても同じ結果なんだ。
ごめんなさい、シュタウフェンベルク伯爵、伯爵夫人。⦆
「私が得た知識は、古代ローマ帝国で作っています。」
「古代ローマ帝国?」
「はい、クロアカ・マキシマ(Cloaca Maxima)です。
古代ローマ帝国は、上水道も作りました。
上水道は飲み水などに使われます。
地下に上水道を作りました。
地下に上水道を作るのには訳があります。
動物などの死骸が上水道に落ちないようにする為です。
今、我が領地で上下水道を作っております。
古代ローマ帝国がしたことを、そのまま真似ているだけです。」
「うむ………そうか………。
其方は屋敷から出たことがほとんどない。
ましてや、ローマになど遠すぎる。
それは書物から得たのか?」
⦅実際は見たんだけどね。この目で……あ、違う。アン・スミスの目でだわ。⦆
「陛下!」
「何だ。何度も五月蠅いぞ、ベルンハルト。」
「テレーゼは本をこよなく愛しております。
書物からの知識ではないかと存じます。
陛下、テレーゼの身体が弱いことを御存知でいらっしゃることと存じます。
もう、これ以上、罪人に対するかのような詰問はお止め頂きますよう……。
お願い致します。」
「陛下、私からもお願い致します。」
「ベルンハルトも、ヘンリエッタも……朕が悪い皇帝のようではないか。」
「良い皇帝だとでも仰せになられますのか?
まだ14の娘に対して、そのような詰問をなさるお方を良い皇帝だと?」
⦅伯爵ぅ~、駄目! 皇帝陛下にそんなこと……もう止めて!⦆
「分かった分かった。ベルンハルト、朕を許せ。
其方には嫌われとうない。」
⦅へっ? 無礼者で処刑とかされないの?⦆
「お分かり頂けると幸いでございます。」
「本当に伯爵はテレーゼ嬢をこよなく愛しておられるのですね。」
「皇后陛下、それは父親として当然のことと存じます!」
「陛下……これほどまでに愛された令嬢でございますよ。
我が第三王子の妃に迎えとうございますわ。」
「そうよな、それに、これほど聡明な令嬢は居らぬまい。」
⦅へっ?……第三王子の妃? なんでよっ! 嫌だ!⦆
「娘をジークフリート王子殿下にでございますか?」
「そうだ! さすれば其方とも縁が繋がる。
どうだ、良い考えであろう。ベルンハルト。」
「恐れながら陛下に申し上げます。
テレーゼを嫁がせるつもりはございません。」
「何ぃ! 我が王子では不足かっ!」
「いいえ、王子殿下だからではございません。
何方の元へも嫁がせません。」
「まぁ、それは良くありませんわ。」
「いえ、良いのです。
テレーゼは、生涯我がシュタウフェンベルク伯爵家で暮らすと決めたのでござい
ます。」
「テレーゼ! 其方は如何に思うておるのじゃ。」
「私が父に頼んだことでございます。」
「何?」
「上下水道の工事は初めて間もなく、終わるのは時間が掛かります。
終わるまで見届けるのが私の責任でございます。」
「その気持ちは分かるが……そこを、何とか……頼めないものか。」
「申し訳ございません。
それよりも陛下にお伺いしたき義がございます。」
「何を知りたいのだ?」
「皇弟殿下のお具合が芳しくないと伺いました。
ご快癒をお祈りしております。
もし、祈るだけではなく……何か私に出来ることがあると思召されましたな
ら……陛下の御意を賜りたく存じます。」⦅この言葉遣い、合ってる?⦆
「其方は……誠に忠義のベルンハルトに似ておるのう。
弟は無事よ。間もなく戻って来よう。」
「誠にございますか! おめでとう存じます。」
「ありがとう。
其方の知恵があれば、も少し早う良くなったのであろうな。
………テレーゼ、其方に頼みがある。」
「はい、何でございましょう。」
「毒を盛られた者の命を救うことが出来るか考えてくれまいか。
この通り、頼む。」
「毒……で、ございますか?」
「これから先も、そのようなことが起きると思うておるのではない。
ただ、意図的に盛られた毒ではなく、知らぬ間に知識が無い故に口に入れてしま
うこともあろう。
その時の為に、見つけ出しておけねば成らぬのよ。術を……。」
「出来ると言えませんが、努めます。」
「頼む!
…………それにしても……我が王子の元に嫁がせたい!
これほどの娘を……ベルンハルトが独り占めは許されぬわ。」
「陛下、残念でございました。」
「ベルンハルトめ!」
終始、皇帝陛下とシュタウフェンベルク伯爵がテレーゼを取り合っているかのような雰囲気だった。
皇弟殿下が回復に向かっていると聞けたのは、本当に良かった私は思った。




