6.心の葛藤
レルはじっとミズを見つめていた。
昨日まで明るく話していたミズの様子が変だ。同行している人間の兄妹が関係していることは分かってる。昨日までは、二人を助けることで頭がいっぱいだったから忘れていたんだろうなぁ。
兄妹をミズ達のキャンプ地まで案内し、一晩明かすとこまでは良かったが、朝起きたてきた時点で顔色が悪かった。
兄妹達はそんなミズに心配そうにしていたが、ミズは『大丈夫。疲れのせいかな?』と誤魔化していた。
まったく、どうしたもんだか..。
あぁ、私、どうしちゃったんだろう。
昨日までは普通だったし、性格の良さそうな人間と出会えて嬉しかったはずなのに、朝目覚めたら動悸がして、胸が苦しくて体が鉛のように重かった。
事情を知ってるレルは、様子見って感じでいてくれてるけど、ジャン達は私が急に具合悪そうにしてるから心配かけちゃったみたいだ。
頭では分かってる。なんの危険も心配もないって。なのに心と体が警戒アラームを出している。どうしよう。もう出来れば逃げ出したいし、ジャン達との行動は怖いと気持ちが言ってる。
こんないい兄妹になんでこんなことを…。
ミズは両腕で自分を抱きしめるようにうずくまり、情け無い自分を思い、涙を滲ませていた。
キャンプ地に戻ってきた夜に、ミズがこれからヴェーナムに向かうことを話すと、二人はぜひ助けてくれたお礼をしたいからと、一緒に街へ行くことになったため、今は、一緒に歩いているところだった。
突然、ミズが歩みを止めうずくまると、ジャンが休憩を取ろうと、安全な場所を探しに行ってくれている。妹のユノは、ミズが旅の疲れでも出ているのだろうとミズを気遣いながら声をかけてくれていた。
ごめんなさい、ごめんなさい。
こんないい二人なのにこんなこと思ってごめんなさい。
二人が優しければ優しいほど、辛くなり、涙が溢れてきた。今まで、いろんなこと体験し、それなりに命の危険もあったし、時には敵対することもあった。だけど、同族と思っていた人達から受けた拒絶というものはミズの心に思ってた以上に深い傷を残していた。
ミズが最初にヴェーナムにレルと訪れたのかなり前になる。
その時ミズは、期待と喜びに満ち溢れていた。
慈念樹の森でもそれなりに森人との交流を深められていたけど、同じ種族の人間に会うのはこの世界にきてから初めてだったからだ。
森人サイラスから、「人間は魔法が使えないから、ミズもよほどの事がない限り使えることを隠していた方がいい」と忠告されていた。
なので、ヴェーナムに着いてからは普通の旅人として馴染んでいき、薬草なんかをとってきては買い取ってくれるところで売って生計を立てていた。
そんな時、大きな猪型の魔物ジャイアントボアが群れで街に向かっていると、森にいた狩人達から知らせを受け、住人達はパニックになった。街の周りは外壁などなく、出入りを管理する門があるだけだったから。ミズもレルから「なんか森の様子が変だ」という話を聞いていたが、そんな大物が群れで来るなんて異常事態に呆然とした。ミズはこの街に住み始めてから、魔物よけにもなる自分の魔力を完全に遮断するようになったが、街の居心地の良さにすっかり魔物に対する警戒心を忘れてしまっていた。街の自警団のおじさんが、街を離れろー!、と声を張り上げ、私も自然に皆んなと逃げようとしていた。その途中、街の生活に不慣れな私をいろいろ面倒みて、ここの生活に馴染むように教えてくれた老夫婦が家の窓から不安そうに眺めているのが見えた。
「逃げてください!!魔物がこっちに向かってます!動けないのでしたら、私がおぶっていきますから!!」
ミズは、焦って声をかけた。
「い〜や、ミズちゃん。私達はここの街で生まれてこの街で死んでいくの。私達の居場所はここしかないの。だから、私達に気にせず、逃げて。」
「えっ!!」
その後もなんとか説得しようとしたが頑なに拒む老夫婦を見捨てることは出来ず、魔物よけのお守りを老夫婦に渡し、ミズは森の方向に走っていった。先頭のジャイアントボアが見えた時点でもう今までの生活には戻れないと覚悟を決め、火魔法を発動し、魔物の群れを取り囲むように火のサークルが出現。日に取り囲まれたジャイアントボアは動けなくなり、その隙を狙って土魔法で作られた土槍で全て仕留められた。
それを街の住人が呆然と見ていたが、わぁとミズにすごい、すごいと口々に言い、ミズが一気に英雄扱いになった。ミズも魔法使うことをあんなに警戒してたのになんだ、大丈夫じゃんとすっかり安心してしまったし、それまで良くしてくれた人々とこの街を守ることが出来たことをすごく喜んだ。
それからは何か街で困りごとがあると頼られるようになり、老夫婦からも自慢の孫のようだと誇らしげに話してくれるようになった。
それからミズは住人達から魔法を使った頼まれ事が増え、ミズも自分が頼られること、尊敬されることに悪い気がせず、出来ることはいろいろお手伝いしてた。だが、だんだん要望がエスカレートしていき、とうとう街を拡大するため、動物や魔物の領域である森を焼き払って欲しいと頼まれてしまった。
街は、ミズの噂を聞きつけ、安心に住める場所として広く認知され、住人が増えていき、受け入れる場所が不足していた。
ミズは流石にそれはできないと断った。森人サイラス達からこの世界は必要なところに森はある。それを奪うこと、侵すことは決してやってはいけないと教えられていたからだ。ミズは、依頼してきた街の役人にできない理由を聞かせたが、ミズのただのこじつけだの、魔物を退治したのは偶然だったに違いないなどと批判された。
実は、ミズがジャイアントボアを退治してから、数十年が経ち、ミズの実力を知るものは少なくなっていたことや、ミズの見かけがいつになっても変わらないことを不審に思い始める人々がでてきたこともあって、ミズはだんだん居心地の悪さを感じるようになっていた。
昔からミズを知ってくれている年長者達は遠巻きに見るだけ、他所から移ってきた者や、若者からはだんだん敬遠されるようになり、陰で「黒魔女」と恐れられようになった。
自分がこの街をまもり、発展に少なからず寄与してきた自負があったミズにとって、自分がまるでこの街の腫れ物のように扱われることが辛かった。
ミズは、かつてお世話になり最後までミズを信じ寄り添ってくれた老夫婦の孫娘が寿命でこの世を去るのを見届けると誰にも告げず、この街を去った。
サイラスの言ったことは、正しかったのか。
魔法、使わない方が良かったのか。
それとも使い方が間違ったのか。
私は、どうすればよかったのか。
私は皆んなと違うんだ。この人間の世界にいてはいけないんだ。・・・私って無力だ。




