晴天
◆ジョージ十三世三〇年改 メアリ一世元年 一月一日
年始の参賀は、例年通り王宮大広間で行われた。例の『弱腰の衛士総長』のおかげで昨夜の戦いで王宮は舞台となっていなかったことから、なんとか、ぎりぎりで準備も済んだ。
諸卿はこわごわ、という顔で参内している。従士などを名代として送ってきた者も多い。皆が騒乱に怯えている。そりゃ市街で領地連隊や近衛や衛士が切ったはったしているのだ。西門は破壊され、臨時政務卿府は燃え、武器庫は大爆発とあっては……知らん顔で参加できている連中は肝が据わっているか、状況を知らないかのどちらかだろう。
それでも、形式は保たれている。身分順の整列は変わらない。私はといえば、諸卿の顔がわかる側の位置にいる。魔王領侵攻とこの騒乱で一割ほど減ったとはいえ、四百五十ばかりの諸卿が集うと、なかなかに壮観だ。時折こちらを伺う参加者と目が合うが、その半数ほどは「なんでお前がそこにいる」という表情をしている。なんでだろうねえ。いや本当に、王子を討った大逆人がなんでここにいるんだろうか。
残り半数は「誰だお前は」という感じだ。誰だろうねえ。
私の右手、壇上中央にあたる玉座には、メアリ……おっと、メアリ一世女王陛下が脚を組み、優雅に腰掛けていた。
彼女を挟んで対になる場所には、死んだような表情をしているセリア・ヘスフィールド騎士がいる。紺色の近衛制服に白の外套、そして二色を混色したような薄青色の顔面。顔色悪いよ君。何か嫌なことでもあったのかい。なにやら色々言いたいことはあるようだが、生きててよかったじゃないか。
まあ諸卿の困惑も知れよう。自分たちを囲む警護は見目麗しい女近衛に加え、北部諸侯やサーリンガムの各連隊制服を着た人相の悪い男たち。悪役令嬢は我が物顔で玉座に腰掛け、その背後には南部の田舎男爵と、本来御目見得以下の一代貴族女が佇んでいるのだ。悪い冗談みたいだよな。私もそう思う。
メアリは片手を上げ、さらりと言った。
「新年おめでとう、諸卿。王国は、わたくしのもと、新たに生まれ変わるでしょう。皆様の、王国へのさらなる忠誠を期待いたしますわ」
女王然としている。王国の主となったことを、分かりやすく示していると言えるだろう。
その声に呼応するように、壇の下から進み出たのはマンカスター『侯爵』——伯父上だ。今朝王宮で遭遇し、生きていたのかと驚いたところへ「女王陛下の御命令により陞爵・任官されたので、今日からは宰相マンカスター侯爵だ」などと抜かされ、ひっくり返るかと思った。宰相といえば、国難に際して政務卿から任じられる特例の官である。国難は疑いようもないが……なんなんだ。
政務卿の装束を纏い、芝居がかった動きで段を三つ上がる。目が合った。伯父上が片目を瞬かせる。本当になんなんだよ。
「陛下から——っ!」
声はよく通り、広間に響く。全体に「陛下」という二文字を深く刻ませてから、満を持して叫ぶ。
「ありがたき、お言葉を頂戴いたしましたっ! 諸卿、王統弥栄!」
「 「「王統弥栄!」 」」
呆気にとられたか、少し揃わぬ唱和となった。気にする様子もなく、伯父上は両腕を広げ、くるりと振り向く。
「先の陛下がお隠れになり、諸卿は悲嘆に暮れたことでしょう……」
胸に手を当て、あからさますぎるほど湿っぽい声を出す。
「しかし、さらに悲劇をご報告せねばならぬこと、この『王国宰相』マンカスター『侯爵』アレキサンダー、大変心苦しい次第ですっ!」
舞台俳優でもやれば良いんじゃないか。
「昨夜、王都市街で行われた戦闘をご存じの卿らも多いでしょう。その真実にも……繋がる話でございます!」
辛うじて静謐は保たれるが、困惑の波が広がっていくのを感じる。私は、つとめて無表情を貫いた。
「過日『近衛司令代行』王国騎士セリア・ヘスフィールドの粘り強い捜査の結果——先王の崩御は弑逆であることが判明しました!」
今度は、耳が痛くなるほどの静寂。
「大逆犯は、ミドルスベリー公爵ヘンリー!」
第二王子、とも呼ばれず「殿下」の尊称もつけられなかった。王族ではなく、彼は今後ただの叛逆者として扱われることとなる。
ついに、無言には耐えられなくなったか広間がざわめき、諸卿は互いに顔色を探っている。
私は壇上からそれを眺める。混乱はあれど、指向性は持っていない。問題はないだろう。セリアがわずかに身構えるのを視界の端に捉えた。気負いすぎだな。
「公爵は元老六侯と結び、子飼いの三卿の兵力を以て王位の簒奪を目論んでいたのです、恐ろしいことだっ……」
私は伯父上とメアリが恐ろしい。元老六侯爵は何やら利用されたあげく嵌められたようで、勅命第一号をうけた女近衛と衛士達により、正月参賀にのこのこ参内したところを捕らえられている。今頃はオークレイと楽しくお話しているはずだ。私もそっちにいたかったな。
「しかし、ご安心めされよっ。王都に悪の栄えることはない」
メアリが口をおさえ、軽く吹き出している。壇上には悪ばかり。王都には悪が栄えまくりだ。
「『近衛衛士総司令』サーリンガム男爵ウィリアムが、その悪の企みを打ち砕いたのです! 王統、ぃ弥栄ぁっ!」
「「「王統弥栄!」」」
そのまま、数度「王統弥栄」を唱和させている。
まあなんだか知らないが、そういうことになったようである。未明に目覚めた後、メアリが二人きりで「真実」とやらを語ろうとしたが、聞きたくないと断った。どうせ碌なものではない。それに二人きりなら……もう少し楽しい話をしたいだろう。
「貴族社会でも人気者ね、勇者の中の勇者様」
こちらを向かずに小声でメアリが言う。やめてくれ。
あの時、兵に斬らせるよりはマシだと、やむにやまれずヘンリーを斬っただけだ。手続きも、王都も守れはしていない。ただ、二年前と違って目を逸らさず、正眼に向き合った結果、少しマシな結果をもたらせただけである。
おかげさまで、このような始末となっている。
やがて伯父上がメアリに向き直り、優雅に一礼した。メアリが玉座から、立ち上がる。
「では——本年の政務について、わたくしから……」
メアリ一世の、治世が始まる。
第九十五代、メアリ一世女王。
ジェームズ八世第二の御子ボーツシャー公爵フィリップの女。
即位の時ジョージ十三世第二の御子ミドルスベリー公爵ヘンリーと云人、
謀叛のきこえあり、追討せらる。
宰相マンカスター侯爵アレキサンダーの讒によれりともいへり。
又政務卿ギルシャー侯爵グレゴリー罪有りて誅せらる。
王配マンカスター公爵ウィリアム、北地を撫し民を恤み、荒村を興す。
捲土重来公と四辺に聞こゆ。
『王国年代記』より




