曇天
◇ジョージ十三世二十七年 一月一日
年始の参賀。在京の諸卿が参内し、王へ新年の祝意を表し、王より新年の言葉が下賜される。
王都におかれた王立学院の生徒である私は、領国で病に伏せる父の名代として、初めてこの儀式へ参列していた。
過日、王都東部に小さな屋敷を構えるマンカスターの伯父上に挨拶し、式の流れや注意点などをごっそり詰め込まれている。頭が破裂するかと思った。
王城の大広間には、身分順に諸卿が整列していた。
我ら御目見得最下位の男爵は、名代含め後列に三百ちかくが並んでいる。私はその中でも下位。サーリンガム家は従士階級からの成り上がりの家系だ。隣には、無骨な大男ダールガム男爵が、山のように立っていた。彼もまた新興貴族で、北部の武芸者らしく、無口だが情に厚い男だった。初対面ではあるが、私が緊張しているのを見ると、作法を小声で耳打ちし、軽く頷いて励ましてくれている。
正面最奥部、五段ほど登った壇上の中央には王。左右に息子たちが腰掛けている。王は玉座に沈み込み、太子は胸を張って堂々と。第二王子は背をピンと伸ばして座っていた。
王は、短く、かすれた声で一言だけ述べた。
「良き年を」
筆頭政務卿ギルシャー侯爵が、ごく自然に前へ進み出て、壇を三段ほど登って引き取る。
「陛下からありがたきお言葉を頂戴いたしました。諸卿——王統弥栄!」
「「「王統弥栄」」」
皆の唱和にあわせ、少し遅れ気味で唱える。危ない危ない。
続けてギルシャー侯爵は振り返り、よく通る声で告げた。
「臣より諸卿へ、慶事をご報告致します。太子マーカス殿下が、帝国第八皇女アドリアーナ殿下との御婚約を成されました。王統弥栄!」
「「「王統弥栄」」」
王太子マーカス殿下は伝統を重んじる、保守層からの支持あつい人物だ。お姿を見かけるのは初めてのことだが、金髪の美丈夫である。立派な王になられるだろう。
帝国は魔族と境界を接する王国にとって、後背の守りとなる友邦だ。次期国王の妻として皇女を迎えれば、より紐帯は強固となるだろう。南部の交易も盛んになるはずで、我がサーリンガム家にとってもめでたいことである。弥栄!
「また第二王子ヘンリー殿下が、王弟ボーツシャー公爵令嬢メアリ姫殿下との御婚約を成されました」
ヘンリー殿下は私と同学年の学院生である。世間で言う御学友、というやつだ。言うほど親しいわけではないが、数度ほど言葉を交わしたこともある。まあ、悪い人ではない。
本人は線の細い美形で、中性的。兄に比べ覇気に乏しいことを自覚してか、いつも三人取り巻きを引き連れている。今日は前方、譜代男爵家と伯爵家の立ち位置に彼らを見かけていた。
そして、メアリ姫殿下は……うん、美しい女性だ。ヘンリー殿下といるところをよく見かけていた。そうか、ご婚約か……お似合いの美男美女である。お幸せに。メアリが紹介を受けるべく、壇へ登り始めた。
「王統——」
「待った!」
広間の空気が、一瞬で凍った。
誰だ、狼藉者は。視線を彷徨わせる。王族の一人が立ち上がっている。第二王子ヘンリー殿下そのひとだ。何してんだあの人。
ギルシャー侯爵が眉根を寄せる。周囲の諸卿も動揺した。儀式の進行を遮るなど、いかに王族といえど許されることではない。ないはずだ。ないよね?
国王は、何も言わない。身動きもしない。そもそも起きておられるのだろうか。
ヘンリーは一歩前に出て、声を張った。
「この婚約は——王家の名誉を汚す危険がある!」
広間に微かなざわめきが走る。静謐が破られ、諸卿が落ち着きなく身じろぎをしている。幸い隣の大男がじっとしているので、私は辛うじて冷静さを保っていた。
「ボーツシャー公爵令嬢メアリは、王家に仇なす悪辣な令嬢……悪役令嬢、だ!」
何を言ってるんだかねえ。半ば白けた気持ちでことの推移を眺める。
「で、殿下。式典中にございますれば」
時と場合を選ばない王子をギルシャー候が制止しようとするが、ヘンリーは止まらない。王太子は片眉を吊り上げて、弟の後ろ姿を見守っている。
「メアリは学院にて、多くの狼藉をはたらいている。彼ら三人が、多くの証言を集めてくれた」
列を乱し、学院での殿下の取り巻きが前へ出る。ちびのクラーク伯爵嫡子、でぶのドルヴァン男爵嫡子、そしてのっぽのノルトン男爵嫡子。
証言、ね。言うだけなら何とでもなる。
「そして、このご令嬢は最大の被害者だ。紹介しよう。マンカスター伯爵令嬢ジェーンだ」
「は?」
思わず声が漏れる。皆、呆然としていて気付いていない。助かった……
壇上へ、ゆっくり近づいていく女性の後ろ姿が見える。伯父上の娘、私の許嫁であるジェーンで、間違いない。
「この少女は、僕と時折会話を交わしていただけで、メアリに嫉妬され、階段から突き飛ばされて怪我を負った。僕の責任だ」
ほんとぉー? と思ってしまう。なにせマンカスター一門。私が言うのもなんだが、嘘吐きばかりの一族である。伯父上の背をじっと見る。視線に気づいたか、彼はちらりとこちらを振り返り、口の端を吊り上げる。いや絶対何かやっただろう。
「反論はあるかい、メアリ」
「し、証拠がございませんわ……」
震える声。初めて聞いた。あの人は、もっと芯の通ったソプラノであったはず。
「これだけの証人が揃っているんだ。真実は明らかだろう」
王子が首を振る。嘘だろ。
「残念だよ、メアリ」
真実! 真実など人の数だけある。特に証言だけならば。それをもとに、このような断罪をなすとは。正気には思えなかった。私はこんなやり口は、認めたくない。
取り巻き三卿が、公爵家の列より前に立ち、頷いている。異常な状況だ。ギルシャー候は顔を真っ赤にして、口をモゴモゴ動かしている。さぞ盛大な呪いの言葉を、なんとか表に出さないで済ませているのだろう。
「僕は『悪役令嬢』メアリに王室の権威を傷つけさせるわけにはいかない。そして、ジェーンに対し責任を取らねばならない」
王子の独演は止まらない。太子は顎を撫でている。陛下は……たぶん寝ている。
「故に、僕は宣言する。ボーツシャー公爵令嬢メアリとの婚約を破棄、学院を追放する。そして、マンカスター伯爵令嬢ジェーンとの婚約を行う……よろしいですね、父上!」
暫し、全体が沈黙する。誰も動かない。何も言えない。
王が身動ぎした。僅かに顔をあげる。
「あ? ああ……よきにはからえ」
そして、席を立ち袖へ向かう。王太子は目を丸め、王とギルシャー候の間に視線を彷徨わせ……軽くギルシャー候に頷いてから王を追った。王子は、ジェーンの手を取り、取り巻きを引き連れて袖へと消えた。
「……で、では。陛下の御聖断の通り、そのように致そう……続いて、本年の政務についてだ。何から話すのであったかな……」
バツが悪そうに、彼はメアリを見ている。彼女は背を向けていて、表情はみえない。だが、下を向き、その背は小刻みに震えていた。
私は、痛々しさに、目を逸らし……




