優しい家族
どこかの馬鹿幼馴染によって遠回りになったが……やっと、屋敷に戻ってきたベアトリーチェは、ホッと息を吐いた。
「お帰りなさいませ、旦那様。坊ちゃん、お嬢様」
玄関に並んだ使用人達が頭を下げ、初老の家令が主人達の帰宅を歓迎する。
ベインはそんな彼らに労いの言葉をかけた。
「今帰った。わたし達がいない間、屋敷を守ってくれてありがとう」
「勿体無いお言葉でございます、旦那様。で……そちらが?」
家令は先に屋敷に戻った侍女からリヴィエのことを聞いていたのだろう。
ほぼ確信的な目で彼を見る。
リヴィエはその視線に答えるように、優雅に一礼した。
「ルーフレール王国の第二王子リヴィエ・フォン・ルーフレールだ。色々とあって、今日からこちらでお世話になる。迷惑をかけると思うが、よろしくお願いしたい」
「……これはこれは……わたくしは、ルフト侯爵家に仕えております、家令のホルンと申します。よろしくお願い致しますね、殿下」
「あぁ」
リヴィエとホルンは軽く挨拶をして、ベインの方へと視線を向けた。
「……取り敢えず、色々と話すべきことはあるけど……まずはトライバルのことかな。ホルン、応接室にはお茶の用意を」
「畏まりました、旦那様」
「では、行こうか。クルフェ。トライバルを引っ張ってきてくれ」
「はい、父上。お任せください」
五人は応接間へ向かう。
臙脂色を基調とした応接室には一人用ソファと長ソファが二つ、飴色の長テーブルを挟むように置かれている。
ベインが上座の一人用ソファに座り、ベアトリーチェとリヴィエ、クルフェとトライバルが長ソファに座った。
少し経ち、お茶を持ってきたホルンが全員にお茶を入れ、壁際に控える。
全員がお茶を飲み、一息ついた頃……ベインがやっと口を開いた。
「まず、こたびの決闘だが……」
「わたくしが子供の戯れと言ったんですもの。公的にはなりませんわよね?」
「…………やっぱり。それを想定してたんだね?」
ベインはにっこりと笑う娘に、苦笑を隠せない。
決闘は何かを決める際の公的な手段ではあるが、それを行うという行為自体がとても重いことで、本来ならば命を賭けなくてはならないものだ。
しかし、ベアトリーチェが子供の戯れだと事前に言っておいたため、あくまでも悪ふざけ扱いになっているのである。
「しかし、トライバルは負けた。ちゃんとベアトリーチェは諦めてもらうし、貴族としての教育を受け直してもらおう。ポータ伯爵家にも抗議文を送らせてもらう」
「そ、そんなっ……‼︎」
ずっと黙っていたトライバルはベインに言われ、悔しそうな顔をする。
だがーーーー彼女の父親は、甘くなかった。
「そもそもの話、だ」
ビクリッ‼︎
トライバルがジワリと滲み出すようなベインの威圧に、身体を震わせる。
ベインは本音としては子供を威圧するなど大人気ないと思いながらも……ドスの効いた声で、言わずにいられなかった。
「わたしの娘をモノ扱いするのはどういうつもりだ?」
「ひっ……‼︎」
トライバルは逃げようとするが、クルフェに頭を押さえられて逃げられない。
「だいたいっ……‼︎」
そこからはベインのお説教が懇々と始まった。
般若の如き顔のベインと、どんどん小さくなっていく涙目のトライバル。
リヴィエはお説教光景に目を瞬かせるが……ベアトリーチェとクルフェは慣れた様子でそれを無視する。
兄妹の様子から、リヴィエはこれがいつもの光景なのだろうとなんとなく理解した。
「これはいつものことか?」
「そうですね。他所の家の教育方針にあまり口出しはできませんが……説教する時はトコトンが父の方針ですので」
「トライバルはお父様の説教の常連客ですわ」
「……常連客って……まぁ、いいか」
自分からベアトリーチェを奪おうとしたのだ。
擁護してやる義理はない。
リヴィエはあっさりとトライバルを見捨て……クルフェとホルンへと視線を向けた。
「じゃあ、ルフト侯爵が説教している間に、クルフェ殿に俺の説明をしておこう。家令であるホルンも聞いておいた方がいいだろう」
「あ、はい……」
「ご配慮、ありがとうございます。殿下」
そこから彼は継承者のことを抜きにして、説明する。
自分が王宮で疎まれ、孤独な日々を暮らしていたこと。
ルフト侯爵家との婚約は、そんな邪魔な存在を押し付けるために行われたこと。
闇魔法の文献がなく、魔物が使うとされていたが……実際は万能魔法に近いこと。
そして、疎まれているがゆえ、王宮にいるだけで問題が起きた際に犯人扱いされる可能性があること、身代わりにされる可能性があること。
それを回避するため、ルフト侯爵領で暮らせるよう……ルフト侯爵に便宜を図ってもらったこと。
そして……ベアトリーチェとリヴィエは互いにこの婚約を受け入れたこと。
「ベアトリーチェは最初、乗り気ではなかったらしいが……彼女は俺の味方でいてくれると言ってくれた。側にいてあげると、俺に救いの手を差し伸べてくれた。だから、俺達はちゃんと自分の意思で、互いに寄り添い、幸せになろうと決めた。俺はベアトリーチェを幸せにしたいし……」
「わたくしも殿下を幸せにしますわよ?」
「あははっ、知ってる」
ベアトリーチェは彼の手を優しく握り締める。
リヴィエもまた、その手を握り返した。
「俺が国王に嫌われてる時点でルフト侯爵家には迷惑をかけてしまうことになるんだが……でも、何があろうとベアトリーチェを守り、平和で幸せな人生を送りたいと思っているんだ。だから、心配しないで欲しい」
クルフェとホルンは彼の話を黙って聞き……ゆっくりと目を閉じる。
そして、次の瞬間には柔らかな笑みを浮かべていた。
「そんなに気負わなくていいし、家族になるんだから迷惑ぐらいかけてください。ベアトとリヴィエ殿下がそう決めたなら、僕から言うことはありませんし……元々、我が家が……というか、父上が国王に嫌われてるのは知ってますし。今更です」
「「えっ⁉︎」」
「僕は来年から三年ほど、王都の学園に通いますからね。王都は国王のお膝下……予め、父上と国王陛下の因縁は聞いてます」
貴族の子息令嬢は十五歳から十八歳まで王都の学園に通うのが通例だ。
そのため、クルフェは入学するにあたって王都に行くため……ベインの息子に対する国民からの嫌がらせがある可能性を危惧され、予め親達の因縁を聞いていたのだ。
「僕のスタンスも家族が幸せになること、です。だから、二人が幸せになるなら問題ありません」
「お兄様……」
「ホルンは?」
「同じ気持ちでございます、坊ちゃん」
ホルンもまた柔らかな笑みを浮かべながら告げる。
ベアトリーチェは本当に良い家族を持ったと……リヴィエは本当に優しい人達だと思いながら、頭を下げた。
「ありがとうございます、お兄様。ホルン」
「ありがとう、お二人共」
和やかな雰囲気のベアトリーチェ達とお説教が続くベイン達。
凄まじい状況の乖離感があるが……ベアトリーチェ達は敢えてそちらを見ずに、和やかなムードを維持するのだった……。




