花乙女を巡る戦い(3)
訓練場は四方が煉瓦の壁に囲まれ、地面は直ぐに補修できるよう土が敷き詰められている。
そして、観客用の席も準備されており……ベインとクルフェ、そして野次馬根性を発揮した冒険者達が中央に立ったリヴィエとトライバルに視線を向けた。
「では、審判はわたくし、ベアトリーチェ・ルフトが行います。異議はありまして?」
「普通、身内は審判しないんじゃ?」
リヴィエはふと彼女に質問する。
決闘は公正、公平がモットーだ。
身内贔屓をする可能性がある関係者、血縁者は審判をやるべきではない。
しかし、その質問にベアトリーチェは肩を竦めて答えた。
「子供の戯れに大人を巻き込む訳にはいきませんわよ」
「………それもそうか」
「えぇ」
ベアトリーチェは二人の間に立ち、にっこりと笑う。
そして、二人の顔を見ながらルールを説明した。
「一、殺傷攻撃は禁止します。ニ、一対一の勝負とします。三、不正をした時点で、敗北とします。四、わたくしが戦闘不能、もしくは戦闘続行不能と判断した場合、素直に従ってください。五、決闘の結果に異議を唱えることは許しません。今のルールに異議はございますか?」
「ない」
「ないぞ‼︎ 待ってろ、ベアトリーチェ‼︎」
「では、リヴィエ・フォン・ルーフレール殿下とトライバル・パータの決闘を開始します。リヴィエ殿下の要求は?」
リヴィエはそう言われて何も考えていなかったことを思い出す。
考え込むこと数秒。
彼はにっこりと笑って、答えた。
「そうだなぁ……トライバルが負けたら、貴族教育をもう一度一から受け直すこと、かな」
「トライバル・パータは?」
「ベアトリーチェをオレ様のモノにする‼︎」
「……はぁ……賭けが成り立っている気がしませんけれど。よろしいですわ。それでは双方、構え‼︎」
トライバルは腰に帯刀していた子供剣を両手で構える。
リヴィエはスッと右半身を引き、ゆっくりと腰を落とし……左手を軽く握り前に。
右手を腰元に引き寄せた。
それを見ただけで観客席にいた一部の冒険者達はこの勝負の行方を理解してしまう。
そしてーーーー。
「始めっっっ‼︎」
ベアトリーチェの声が響くと同時に、ドンッ‼︎ と凄まじい揺れが訓練場を襲った。
「うわぁっ⁉︎」
「ごめんな?」
「っっっ⁉︎」
ふわりっ……。
揺れと同時に一瞬でリヴィエはトライバルとの距離を詰め、その首筋に手刀を押し当てる。
それを確認したベアトリーチェは勢いよく手を上げた。
「勝者、リヴィエ・フォン・ルーフレール‼︎」
シンッ……と静まり返る訓練場。
トライバルはほんの一瞬でついてしまった決着に瞠目する。
そして、大声で叫んだ。
「う、嘘だ‼︎ 反則だろっ‼︎」
「何が?」
「こ、こんな一瞬でっ……‼︎」
「はははっ、坊主‼︎ 寝言は寝て言えよ‼︎」
観客席にいた冒険者達の中から、厳つい身体つきの男性が出て来る。
ベアトリーチェとリヴィエは怪訝な顔をするが……よく冒険者ギルドに入り浸っているトライバルは、その男性を見て目を見開いた。
「Aランク冒険者のクロガー⁉︎」
「坊主にゃあ悪いが、リヴィエ殿下だったか? 殿下にゃ勝てねぇよ。あの動きは只者じゃねぇからな」
「はぁっ⁉︎」
リヴィエはスッと手刀をトライバルの首筋から離し、自分が何をしたかを見抜いているらしい彼に視線を向ける。
クロガーは爛々とした笑みを浮かべてながら、その視線を受けた。
「震脚と同時に重心移動して即移動。いや、それだけじゃねぇな?」
「あぁ。魔力による身体強化も付け加えておこう。子供の身体は脆いからな」
「くはははっ‼︎ まだ子供なのにこんなヤベェ奴がいるなんてっ……王宮は魔窟かぁ?」
「残念。俺が変なだけだ」
リヴィエは苦笑しながら、答える。
そして……次の瞬間には薄ら寒い笑みを浮かべていた。
「で? 俺と戦いたいのか?」
「戦いたいと言えば戦いたい。だが、痛み分け……大怪我は免れないだろう」
「傷の治療くらいはしてやれるが?」
「おぉ‼︎ なら、是非ともーーーー」
「駄・目・で・す・わ・よ」
「うぉっ⁉︎」
クロガーはいつの間にか側に来ていたベアトリーチェにギョッとしながら距離を取る。
彼女はムスッとしたまま、リヴィエとクロガーを睨んだ。
「わたくし、いい加減、屋敷に帰りたいのですけれど? ただでさえ馬鹿のおかげで、屋敷に入る前にここまで来る羽目になってるんですわよ? これ以上待たせるなら、置いていきますわ」
「……おっと、それは困るな。という訳で、クロガー殿? 戦うのは別の機会ということで」
「なんだ。女の尻に敷かれてるのか」
「あははっ‼︎ 違う、違う。婚約者殿の虜だから、彼女の言うことはなるべく叶えたいんだよ」
リヴィエは彼女の腰を抱いて、チュッとその頬にキスをする。
ベアトリーチェは一瞬で顔を真っ赤にし、無理やり離れようと彼の胸元を押し離した。
「何するんですのっっっ‼︎」
「ご機嫌取りだが?」
「人前ですわよっ⁉︎」
「なら、二人っきりの時にでも」
「ふぐぅぅぅ‼︎」
ベアトリーチェはペシペシと彼の頬を叩く。
リヴィエはあまりそれを気にせずに受け入れ……ベイン達に視線を向けた。
「という訳で帰ろうか」
こんな空気の中で声をかけられるとは思ってなかったのか、ベインはちょっと痛む頭を押さえながら、観客席から降りて二人の元へ向かう。
クルフェもその後を追うように、慌てて駆け出した。
「…………いや……帰るのはいいんだが……トライバルが茫然自失してるんだが……?」
「まぁ、いいんじゃないか? 取り敢えず、連れ帰ろう」
「リヴィエ殿下‼︎ 屋敷に戻ったら是非、魔法歓談をっ……‼︎」
「何事も屋敷に帰ってからな。《飛行魔法》」
来た時と同じように五人の身体を風が包み、その身体が宙へ浮く。
観客席にいた冒険者の中でも魔法を扱う者達は、その高度な魔法を見て大歓声に近い悲鳴をあげた。
「では、お邪魔しましたわ」
ベアトリーチェの挨拶を最後に、五人は屋敷の方へと飛んで行く。
それを見送ったクロガーは、楽しげで獰猛な笑みを浮かべながら呟いた。
「くはははっ‼︎ あんなスゲェ魔法が使えんなら、痛み分けどころか負けてたかもしれねぇなぁ‼︎」




