花乙女巡る戦い(2)
ベアトリーチェは腰を押さえて悶絶するリヴィエを支えながら、兄を冷たい視線で睨みつける。
クルフェは妹から初めて向けられる冷たい威圧に、ビクリッと身体を震わせた。
「お兄様?」
「は、はいっ……」
「急に背後からタックルされたら、危ないでしょう? ご存知ないの? 子供であろうと体重と速度によってはかなりの衝撃になるんですわよ? 身体を痛めるかもしれませんのよ?」
「す、すみませ……」
「わたくしに謝るんですの?」
「ヒィッ⁉︎」
クルフェは哀れなほどにビクビクと震える。
しかし……怒っているベアトリーチェの肩を掴み、彼女を冷静にさせる声が響いた。
「落ち着け、ベアトリーチェ」
「っっ‼︎」
「俺を心配してくれるのは分かるけど、そんなに柔じゃないから。安心しろって」
ふみょんっ。
ベアトリーチェの頬を軽く引っ張りながら、リヴィエは苦笑する。
彼女は気まずそうに視線を逸らし、少し拗ねたように頬を膨らませた。
「だってぇ……」
「大丈夫だから。ほら、可愛い顔が台無しだぞ?」
「ふにゃっ⁉︎」
チュッと触れるだけのキスをしてしまえば、ベアトリーチェは顔を真っ赤にして黙り込む。
リヴィエと出会った時にかなり激しめのキスをしたが……その時は興奮していただけで、普段の彼女ならばたったこれだけで動けなくなる。
ベアトリーチェはギリッと睨みながら、バシバシと彼の腕を叩いた。
「まぁ……危ないのは確かだから、気をつけてくれ。クルフェ殿」
「す、すみませんっ……そのっ……素晴らしい魔法に興奮してっ……‼︎」
「…………魔法が好きなのか」
「えぇっ‼︎」
クルフェは目をキラキラさせて返事をする。
彼は魔法バカと言っても過言ではないほど、魔法研究が好きだ。
そのため、現在の人間では発動することができない飛行魔法をたった一人で発動させ、それどころか五人も飛行させるリヴィエの魔法力に興奮せずにいられなかったのだ。
「後でなら相手をしてやるから、ひとまず面倒ごとを終わらせても?」
「はいっ‼︎ 勿論です‼︎」
もしクルフェに尻尾があるならば、凄まじい勢いでブンブン振っていることだろう。
リヴィエは思わず苦笑しつつ……自分より冒険者ギルドへ慣れているベアトリーチェに訓練場の使用を申し込んでもらうために、声をかけた。
「……ベアトリーチェ? 申請を頼んでいいか?」
「ふにぃっ‼︎ 後でお話がありますわ‼︎」
「はいはい」
「返事は一回っ‼︎」
ペシペシ叩きながらも、ベアトリーチェはごほんっとワザとらしく咳払いする。
そして、声をかけられたのに……クルフェタックルやらベアトリーチェの威圧やらで空気化していた受付嬢に再度声をかけた。
「その、決闘を行うので訓練場をお借りしても?」
「あ、はい……。誰と誰でしょうか?」
「こちらにいらっしゃるリヴィエ・フォン・ルーフレール殿下と、トライバル・パータですわ」
『えっ……⁉︎』
ざわりっ……‼︎
ギルド内にいた冒険者、職員達がその名前に驚愕する。
ルーフレール王国の《死神王子》。
王都で暮らす者達ほど彼を恐れている訳ではないが……闇魔法の使い手で、人前に姿を見せないため、何かあるのでは? と思う者は少なくなかった。
だが……ベアトリーチェが指し示した彼は、至って普通……いや、それどころか顔が無駄に良い王子王子らしい少年で。
噂の人物が目の前にいるのか、どうして王宮ではなくこんな場所にいるか……驚かずにいられなかったのだ。
「…………本物?」
「まぁ、本物だけど……証明のしようがないよなぁ」
受付嬢は呆然としながらリヴィエを見つめる。
だが、ベアトリーチェはムスッとした顔で受付嬢の目の前で手を振った。
「使ってよろしいのかしら?」
「えっ⁉︎ あ、はいっ……‼︎ 冒険者ギルドに所属していれば大丈夫ですっ……‼︎」
「殿下。ギルドに所属は?」
「してる訳ないだろ?」
「なら、先に登録ですわね」
話についてこれていないらしい受付嬢を促して、ベアトリーチェはリヴィエの冒険者ギルド登録を済ませる。
そこで今だに中に入ってこない父とトライバルのことを思い出し、風魔法を発動させ無理やり二人を中に引きずり込んだ。
「うわぁっ⁉︎」
「ぎゃぁっ⁉︎」
「入ってくるのが遅いですわよ。いつまで惚けていらっしゃるの?」
ベインは娘のその物言いに反論する。
「いやいやいや‼︎ 流石にあんな高度な魔法見せられて呆然としない方がおかしいからね⁉︎」
「魔法歓談は後ですわ。とっとと面倒ごとを終わらせて、屋敷に帰りますわよ」
そこでベアトリーチェは顔面蒼白で固まるトライバルに気づき……怪訝な顔をした。
「どうしたんですの?」
「……その……高い所を飛んだのが……予想以上に怖かったらしくて」
「…………あぁ」
空を飛ぶ。
子供だったらそれを楽しむか、怖がるかのどちらかになるだろう。
トライバルは後者だったらしく……どうやらトラウマになりかけているらしい。
ベアトリーチェはただでさえ面倒なのに……その面倒を起こした張本人が動けなくなっていることに呆れた溜息を零す。
そして、手の平に魔力を集め……何もないところから花を生み出し、それを思いっきりトライバルの顔面に投げつけた。
「えいやっ‼︎」
「ふぐっ⁉︎」
ピリッとスパイシーな香りと甘やかな香りが溢れ、トライバルの顔色が戻る。
そして、驚いた顔でキョロキョロと辺りを見渡した。
「……あれ? いつの間にギルド内に……?」
ベインは驚いた視線を、クルフェはキラキラ興奮した視線をベアトリーチェに向ける。
彼女はふんっとドヤ顔で告げた。
「ただの気付けでーー」
「ベアト‼︎ ベアト〜っ‼︎ どうしてずっと暮らしてた僕に二属性持ちだって教えてくれなかったんだいっっ⁉︎ いや、それを言うならリヴィエ殿下が闇魔法使いなのに風魔法を使うことも聞かずにいられないけどっ……‼︎」
「五月蝿いですわ、お兄様‼︎ 詳しい話は後にしますわよ‼︎ わたくしっ、早く帰りたいのですわ‼︎」
「おぉ‼︎ そーだ‼︎ 決闘だぞっ‼︎」
トライバルはギラギラした顔でギルド内の裏手に回る扉に向かって歩いて行く。
リヴィエはそんな都合がいい彼の姿に、苦笑を零さずにいられなかった。
「殿下」
「なんだ? ベアトリーチェ」
ベアトリーチェはふわりと彼の両頬を手で包む。
そして……ほんの少しだけ艶めいた笑みを浮かべた。
「直ぐに終わらせてくださいませ」
リヴィエは目を身を見開き……数秒後に、ニヤリと笑う。
そして、彼女の手を取り、その甲にキスを落とした。
「仰せのままに、我が婚約者殿」
「よろしいですわ」
「…………というか。こちらから触ると照れるのに、自分からは大丈夫なのか……」
「心の準備というヤツですのよ‼︎」
リヴィエはベアトリーチェをエスコートしながら、トライバルの後を追う。
彼の後ろ姿は何故か歴戦の猛者感を感じさせるモノで……その場にいた者達は思わずビクッと頬を引きつらせるのだった……。




