出発②
俺が向かったのは四谷。石川プロダクションだ。白雪姫を芸能プロに売り込もうと思ったからだ。おそらく、田中部長は首を縦に振るだろう。俺のバックにいる彩先生を恐れているから。仮に、そういうコネがないとしても、白雪姫は契約を結べるだろう。独特な魅力があるからだ。見張りにつけた分身仏が虜になって帰ってきたくらいだ。
四谷に向かうタクシーの中で、白雪姫が俺に質問した。
『あのー、ちひろ様。私、どこかでお会いしたことありましたか?』
『いいえ、今日、初めてお会いしましたけど。』
『でも、ちひろ様みたいな美しい方は、そうそういるわけないと思うの。私の記憶違いなのかなあ〜。』
『多分、雑誌で見てるかもしれませんよ。私、モデルをしているので。』
『ああ、思い出した。この前のヤングマガゾンの表紙。あれって、ちひろ様なのね。まさに、神の領域と話題になってたモデルさん。きゃあー、あとで、サインを下さい。』
『白雪姫さん、あなた、面白い人ね。さて、到着です。』
石川プロダクションのエントランスに車を寄せてもらい、車を降りた。マネージャーの亜美がヒールの底を鳴らしながら、駆け寄ってきた。
『ちひろ様、こんばんは。みなさん、お待ちですよ。どうぞ、こちらへ。』
『ごめんね、亜美。突然の訪問で、迷惑かけてしまって。』
『全く問題ないですから。だって、ちひろ様ですもの。その美しさに、誰一人、異議を唱える人などいませんわ。』
『亜美ったら、ほんと、お世辞が上手いんだから。』
『お世辞ではないですよ。事実です。では、こちらの会議室に、お入り下さい。』
亜美が会議室のドアを開けた。中には3人の男と、一人の女が座っている。田中部長、竹田電機の御曹司。名前は忘れたが、カメラマン。女は初対面だ。
『やあ、ちひろさん。ちょっと見ない間に、また美しくなりましたね。完璧な上に、さらに完璧です。』
『部長、ご無理を言って、申し訳ございません。』
『いいんですよ。ちひろさんの頼みなら、たとえ火の中、水の中ですから。なあ、竹田君。』
『もちろんですよ。私はちひろ様の為なら何でも致します。』
『竹田さん、ありがとう。』
『皆さん、どうぞ、お掛け下さい。』
亜美が椅子に座るよう、促した。ただ、亜美だけは、座らずに、俺のすぐ後ろで立っている。
『ちひろさん、その女性のことですね。』
『はい。とても、魅力的な女性と思います。私は、一目で惚れましたわ。ああ、変な意味ではなくてよ。』
白雪姫に全員の目が向けられた。竹田を除き、全員が厳しいプロの目を持っている。カメラマンの男が、声をかけてきた。
『ねえ、君。ちょっと立って、ゆっくり一周してもらえるかな。』
白雪姫は、言われるがままに、立ち上がり、ゆっくりと回転し始めた。ちひろさんは、スカウトとしても一流ですね。この子は、間違いなく売れますよ。俺のカメラマンとしてのカンが、そうだと訴えています。部長、即決です。』
『私も園田さんの意見に賛成よ。ぱっと見、荒削りだけど、それがいい。素朴さの中に、キラリと光る眩いばかりの美しさ、そして強さが感じられるわ。ちひろさんとは違い、すぐにデビューというわけにはいかないけど、きちんとした指導の元でレッスンをすれば、必ず成功するはずよ。ぜひ、私にプロデュースさせて。』
二人の意見を聞いて、田中部長は、ご機嫌だ。
『カメラマンの園田君と、役者部門の責任者の雨宮さんが太鼓判を押すのなら、何の問題もない。それに、何とも言えない、不思議な魅力は、この俺にも伝わってくるよ。君、名前は?』
白雪姫は、モジモジして恥ずかしがっている。
『ほら、ちゃんと挨拶しなさい。』
俺は、白雪姫のお尻を軽く叩いた。
『は、はい。私は白雪姫と申します。もちろん、本名ではありません。白雪姫の名前で、お店に出ていました。』
『ほお、ホステスでもやっていたのかい。』
『いいえ、風俗です。SMクラブで、女王様をやっていました。』
白雪姫は、正直に自分のことを話し始めた。怖いもの知らずで話しているのではないことを、俺は知っている。怖いもの知らずではない。怖いものを知ってしまったのだ。婆娑羅大将と阿修羅大王に凄まれて、死を覚悟した彼女。嘘をつく必要はないのだ。問題は、風俗に勤めていた女性を雇うかどうかだ。イメージが最重要な業界である。イメージを取るか、素質を取るか。部長の采配にかかっている。
部長は、腕を組み、考え始めた。




