松山、道後温泉郷
道後温泉本館の三階席から眺める星空は白砂の散りばめられたようでひどく美しい。僕は友人二人と三色に彩られた団子をほう張り、良く煎れられた緑茶でそれを溶かして、他愛もない談笑を楽しみながら、それは幸せな時間を過ごした。夜空を見ていると、つらいことも吸い込んで流れてくれる気がする。まあもっとも、何が苦しくて、何が辛いかなんて、いつからか分からなくなってしまったのだけれど。
松山に着いたのは、陽もどちらかというと高くなった午前10時頃である。やっとたどり着いた松山の地。路面電車が走っているなんて知らなかった。松山の駅の字が「驛」になっているなんて、少しかっこつけ過ぎやしない?色んなものが新鮮で知らず知らず気持ちが浮ついたようになる。
「どこに行こうか?」そう言ったのは僕。
「まあ待て。とりあえず宿を決めよう」冷静なことをいう林君。松山から道後温泉までは路面電車で10分くらいかかる。きっと何度も往復するだろうと思って、一日フリーパス券を買った。500円。
道後温泉郷で宿探しに苦労したのち、昼を食べたのが二時頃。僕らは再び手持無沙汰となった。
「どこに行こうか?」そう言ったのは再び僕。
「海沿いに行きたい」今度は少しうきうきしたように言う林君。そういえば、この旅行に行く前から予讃線がどうのこうのとか言ってたな。
「三津ってとこまで行ってみないか」と林君。どうやらもう、彼の中では目の前に瀬戸内海が広がっているようだ。
「行こう」きっと行き当たりばったりな旅しかしない僕らには異論なんか浮かぶはずもない。僕と藤田君はその意見に乗った。
「この連絡舟にはタモリさんも乗ったんですよ」少し自慢げに言うおじさん。僕らのいる港山と三津は湾を挟んで向かい合っている。この船はその渡し舟の役を担っているらしい。なんで港山にいるかって?聞かないで欲しかった。ぺちゃくちゃおしゃべりに気を取られて電車を乗り過ごしたなんてかっこ悪い理由なんだもの。
「この辺におすすめの観光スポット無いですか?」…人の話聞いてた?林君。
「うーん…梅津寺から見る夕日はおすすめだけど、いまから間に合うかな…」とおじさん。いろいろ迷ったりしているうちに、いつの間にか陽は随分傾いていた。それでも何とかなるでしょ。僕らは三津へは行かず再び港山へ戻り、梅津寺に向かうことにした。湾には舟の白波だけを残して。
誰もいない砂浜で、僕は柄にもなく裸足になって波打ち際に遊んだ。水面には夕日色。長い尾を引いて豊かな蜜柑色をにじませている。どうやら日の入りには間に合ったらしい。僕ら三人は各々の思いを抱えて、太陽の最後を見届ける。空には、松山空港へ向かう飛行機が大きなアーチを描いて飛んでいた。
梅津寺の駅に着き、松山までの切符と冷えたココアを買ってそのままホームへと上がる。勿論改札などなく、待ち人もいない。無人の駅で僕らは電車を待つ。するとはるか彼方から、薄暗くなった世界に真っ直ぐ光の線を描いて三両の列車が入ってくる。ガタンゴトン、ガッタンゴットン、ガッタン…。夕日色に塗られた電車は僕らの前でゆっくり止まる。シューと音をたてて戸を開いた。車内には人一人いない。僕らはだだっ広く空いた長椅子に大きく間隔を開けて座る。
「なあ。思ってたんだけど、この電車、予讃線じゃないよね」
「そうだっけ?まあでもこれはこれで、ね?」僕は、林君の林君らしさに笑った。
車窓から所在無く海を眺めた。太陽はすっかり、海の向こうへ沈んで、今はただその名残を残すばかりである。今日もきっとよかった。そう思うと同時に、僕は心の中でそっと、今日にさよならを告げたのだった。
道後温泉郷に戻った僕らは、本命である道後温泉本館へ参った。参ったなんて変な言い方かもしれないけれど、神社仏閣に通ずるような古風な格を感じると、この言い方が適切だと思う。それでいて未だ大衆風呂として機能しているなんて、なじみの銭湯へ入るような敷居の低さも兼ね備えて、ずるいくらいの矛盾をはらんだ建物だ。しかしそれを自然なことと思わせてしまう奇怪さを漂わせている。それがまた魅惑的にうつるのだろう。
中に入ると2つの風呂がある。霊の湯と神の湯。霊の湯の方が格が高く、小さめで人も少ない。僕らはそちらに入った。折角だからと奮発したのだ。この道後温泉本館には、昭和年代まで天皇家も使っていたというから道理で格式ばった雰囲気を醸し出しているものだ。
風呂から出て、三階のあてがわれた部屋へ案内される。霊の湯を使うとなれば個室まで与えられるのだ。全く金というものは偉大である。部屋には、三色に彩られた団子に煎茶までが用意されていた。僕ら三人は各々が美味しそうに食べるのを各々で見張り合って、なんだか不意に可笑しくなって大いに笑い合った。本当に幸せな時間が流れた。
個室に付いた小さな縁側に出る。
道後温泉本館の三階席から眺める星空は白砂の散りばめられたようでひどく美しい。
この景色をきっと夏目漱石も見たに違いない。この景色の中から「坊っちゃん」が生まれたのかも。
ああ。そのとき思ったのだ。こんな偽物の目にも本物というものはありのままに写るのだと。
いつからか忘れてしまった自分というカタチ。
再び見つけたその時には、きっとありのままの姿で目の前に現れてくれるものなのかもしれないと。僕はそう信じることができた。
「そろそろ飯、食いに行こっか」林君がそろそろと腰をあげる。
「そうだな」そう言って僕らは館を後にした。
今僕の眼にうつるこの星空が、嘘偽りだなんて到底思えなかったから。
その言葉を部屋に置いて。




