補習初日と人間観察部の面々
放課後まであと二時間、渡辺徹は教室に戻ってランドセルを取り、人間観察部の活動教室へ向かった。
小泉先生は二人の生徒を連れて来てくれると言っていた。
西日の光がヒルトン新宿のビル越しに差し込み、校舎の壁一面を茜色に染めている。
オーボエの音色が他の楽器の音に紛れながらも、校内に穏やかに響いていた。
清野凛は窓際のテーブルに座り、答案用紙を広げてじっくりと眺めていた。
渡辺徹は先ほど人間じゃないと罵られた面子を取り戻したい気持ちもあったが、やめることにした。東京イケメンたるもの、罵られることは避けられないのだから。
この世には嫉妬に駆られる者があふれているのだ、そう思い直した。
彼は相手から離れたパイプ椅子に腰を下ろし、手元の答案用紙を読み始めた。
英語だ。
よく見れば、知識の暗記が不十分なだけで、語彙力も明らかに不足している。
基礎的な内容ばかりなのに、この国の緩い教育のせいで、試験直前になって慌てて勉強する生徒は少なくない。
どこの学校にもこういう連中は必ずいる。偏差値トップクラスの神川塾にも例外はなかった。
答案用紙に記された名前、河辺円太。まさにその典型的な一人に違いない。
美貌と知性以外何も取り柄のない人間観察部部長の命令のおかげで、渡辺徹はこの一年一組の男子生徒のことを知っていた。
知っていると言っても、クラスと名前、顔を知っているだけだが。
あ、そうだ、文芸部の部員ではないことも。
文芸部の件はもう過去の苦い思い出なので、これ以上語るのはやめよう。
十分後、小泉先生が一人の女生徒と太った男子生徒を連れて活動教室に入ってきた。
「あら、澈くん!ハロー」
東京中で渡辺の名前を呼び捨てにするのは、「友達」の玉藻好美だけだ。
渡辺徹は彼女を眺めた。
スカートの丈は相変わらず他の女子より少し短く、リボンはゆるやかに情緒的にたなびき、色っぽい唇には何かのグロスが塗られていて光っている。
渡辺徹はこういうスタイルが好きではなかった。
ファッション自体が嫌いなわけではなく、オシャレな女性には好感を持つが、好きにも時間と場所、相手がある。塾生としては、やはり自然で清らかな方が望ましい。
今はそんなことを言っている場合ではない。玉藻好美があからさまに名前を呼んだせいで、教室の空気は不穏に漂っていた。
清野凛は高みから見物するような冷笑を浮かべ、河辺円太の太った顔には嫉妬の気持ちが隠されず、小泉青奈は困惑した様子で二人の間を行ったり来たり見つめていた。
「澈くん?」小泉青奈は確認するように言った。
玉藻好美の印象があまりにも軽率だったので、渡辺徹は思いがけない展開を避けるため、自ら言葉を補った。
「玉藻さんとは家庭科のグループになったことがあります。とても明るい方です」
渡辺徹の言外の意味は、俺は彼女と親しくない、名前を呼び捨てにされるのは、誰にでもそういう態度をとるタイプだからだ、ということだ。
「そうなのね」渡辺を一番気に入っている小泉青奈はすぐに信じ、二人に特別な関係はないと思った。
清野凛の美しい瞳は左の端に寄せられ、軽蔑のまなざしで渡辺徹を一瞥した。
気づいた玉藻好美は笑い出した。「そうだよそうだ、本当にそうなの」
小泉青奈は頷いた。「では、自己紹介をしましょう」
「私から!」玉藻好美が高く手を挙げた。
「玉藻好美です。好きなのは歌、ショッピング、新しい服、それから色んなスイーツを食べることです!」
彼女の次は河辺円太の番だ。
三人の視線を浴び、彼は落ち着きなくずっとうつむいていた。「わ、わたし河辺円太です。好、好きなのはゲームと漫画です」
続いて人間観察部側の自己紹介だ。
「清野凛。好きなのは静けさと読書です」彼女は一瞬言葉を止め、渡辺徹を見た。
「ん?」
清野凛は視線を戻し、続けた。「こいつは渡辺徹。四六時中嘘をついている、自称東京イケメンの男です」
小泉青奈を含む三人の視線が渡辺徹に注がれた。
「東京イケメンです。間違いありません」彼は頷いて肯定し、それから謙遜して付け加えた。「ただし入門段階で、今も成長し続けています」
三人の視線はさらに奇妙になった。
玉藻好美は突然かわいらしく笑い出した。「澈くん、面白い人だなあ」
清野凛は突然の大きな笑い声が不快で、不機嫌そうな視線を玉藻好美に向けた。
玉藻好美はそれを無視し、振り返って小泉青奈に言った。「先生、私を教えてくれるのは誰ですか?」
「清野さんですよ」
「え?澈くんに変えてください!私、澈くんと一緒がいいな」
小泉青奈は困った様子で清野凛の方を見た。
指導教諭としては、男子は男子、女子は女子が指導する方が望ましい。だが玉藻好美はもともと補習を嫌がっており、ここまで連れてくるのに大変な苦労があった。この程度の願いなら、できるだけ応えたいと考えた。
だが清野凛の気勢は、指導教諭であっても彼女の意思を無視するわけにはいかない。
清野凛はどうでもいいと笑った。「いいわ。私は河辺円太を担当します」
「ありがとう」小泉青奈はほっとした。
「やった、澈くん!ちゃんと教えてね」玉藻好美は嬉しそうに渡辺徹の隣に跳びかかり、甘い香りが漂ってきた。
「よろしくお願いします」渡辺徹は笑った。
玉藻好美は唇を尖らせた。「そんな堅苦しいこと言わないでよ。もっと親密な関係でしょ?」
渡辺徹は冷ややかに笑みを浮かべた。
小泉青奈は言った。「では、私は邪魔しないわ。しっかり頑張ってね。あ、印刷が必要なら、職員室のプリンターを自由に使っていいわよ」
こうして活動教室には四人だけが残った。
渡辺徹と清野凛は答案用紙を交換し、再度失点箇所を確認した。
玉藻好美は教室の中を行ったり来たりし、指先で地球儀を回してみたり、戸棚を開けて中を覗いたりした。最後にパイプ椅子を渡辺徹の隣に引き、スマホで誰かとチャットを始めた。
河辺円太はずっと落ち着きなく立っており、何度も教室の引き戸を盗み見ては、すぐにでも逃げ出そうとしている様子だった。
「河辺くん」清野凛が答案用紙を置いた。
「はい!」
「声を小さく」
「はい!」
清野凛は頭を痛めるようにこめかみを揉んだ。静けさを好む彼女にとって、これは耐えがたい苦痛だった。
「今日中に英語の教科書、1ページから15ページまで全部暗記しなさい。分からない箇所は辞書で調べて、答案用紙をもう一度解き直してくること」
「え?」
「何か問題でも?」
「俺、暗記できないです……」
「暗記できない?」清野凛は驚いた様子で言った。「なぜ?」
河辺円太はその場に立ったまま黙り込んだ。
清野凛は眉を少し皺げた。「非難しているわけではないの。怖がらなくていい。もし知力に問題があるなら、教えてくれれば他の方法を考えるわ」
渡辺徹は思わず顔を上げた。清野凛は真剣な表情で、少しも冗談を言っていない。
こいつには絶対に友達がいない、と心の中で断言した。
「フフフ」玉藻好美が忍び笑いを漏らした。
河辺円太はさらに緊張し、相変わらず一言も発しなかった。
「玉藻さん、静かにしてください」清野凛の口調は冷ややかだった。
「ごめんごめん」玉藻好美はうつむき、スマホに素早く文字を打ち込んでいた。
清野凛は再び河辺円太に視線を戻した。「暗記できない理由は何?」
「……暗記します」河辺円太は一刻も早くここを離れたかった。
残念ながら彼は知らない。清野凛にはあらゆる嘘が見抜けるのだ。渡辺徹が「読心術」のために苦心しても欺けなかった相手、彼には到底及ばない。
清野凛は無表情だ。他人の嘘などもう慣れっこだった。
「暗記する必要はない。さっき言った範囲を二十回書き写して、明日持ってきなさい」
「二、二十回?!」河辺円太は口を大きく開けた。
「これって体罰じゃない?」玉藻好美は渡辺徹に言った。「澈くん、私にはこんなことしないでしょ?」
「あなたは数学と歴史です。数学は暗記する必要はなく、問題を解きながら公式を覚えればいい。歴史は漫画で読んで理解する方法もあります」渡辺徹は答えた。
「えー」玉藻好美は不満そうな顔をした。「問題を解くのは嫌いだなあ」
清野凛は二人のやり取りを無視し、河辺円太に言った。「問題でもある?」
「多、多すぎませんか……?」河辺円太の声は極めて小さかった。活動教室が狭く、みんなが近くにいなければ、聞き取ることさえ難しいだろう。
清野凛は教室の奥の時計を見た。「今は四時半。家に着くのは五時。夜十一時までには寝るとして、六時間あります。そのうち一時間を食事と入浴に使えば、五時間は使える。十分間に合います」
言い終えて、彼女は付け加えた。「書き写したくないなら暗記するか、二択です」
「暗記します、暗記します!」河辺円太はすぐに答えた。
清野凛は右手で鼻筋を押さえ、眠たそうな様子だった。
「河辺円太」
「はい!」
「本当に暗記するにせよ、嘘であるにせよ、明日の抜き打ち暗記テストに合格しなければ、すぐに小泉先生に両親を呼び出してもらいます」
「嫌です!暗記します!でもやっぱり多すぎます!追試は十日後なのに、毎日少しずつ暗記すれば間に合いますよ!」
「明日の放課後にここに来なさい。さあ、もう出ていきなさい」
河辺円太はランドセルを持って部屋を出て行った。その背中は、まるで重い山を背負っているように見えた。
渡辺徹は彼に同情した。
次は、渡辺徹と玉藻好美の番だ。




