東京イケメン宣言と文芸部の抗議
放課後、渡辺徹は小泉青奈に職員室へ呼び出された。
「渡辺くん、指導教諭が何の用事で呼んだか分かる?」
「月例試験のことですか?」
「それとは関係ないわ。今回の成績はすごく良かった。偏差値は七十四を超えている。進学希望調査に東京の名門大学と書いてあったわね?このままなら、完全に合格圏内よ。理系の学部だって問題ないわ」
「小泉先生、東京の名門大学は以前の目標です。今は新しい夢ができました」
「女の子が多い青山学院に行きたいの?」
「違います」
「それともイケメンが多い慶應大学?」
「……」渡辺徹は言った。「東京イケメンになることに決めました」
薄化粧を施した小泉青奈の卵型の顔に、困惑の表情がゆっくりと浮かんだ。
「ハハハハ!」隣のクラスの英語教師・晃子が小泉青奈のタイトスカートから覗く長い脚を強く叩き、大きな笑い声を上げた。
「やっぱり!青奈、この生徒本当に面白いわ!」
小泉青奈は晃子の手を払いのけ、苦笑い混じりの困惑で渡辺徹に問いかけた。「東京イケメン……新しい職業なの?先生、最近の流行はよく分からなくて」
「正確には生き方です」彼は答えた。
「生き方?」
「はい」渡辺徹は解説した。「まず、十分な美貌を備えていること」
「うん」二人とも異議を唱える様子はなかった。
東京イケメン、名前だけ聞けばイケメンに決まっている。
「次に、他人に対して常に三割のミステリアスさを残すこと」
晃子は肯くように頷いた。「ミステリアスな男性は女性にとても魅力的だわ」
渡辺徹の本当の意味は、ゲーム関連の一切を他人に秘密にすることだが、晃子の言うことも概ね間違ってはいない。
「そして、自分のなすべきことを全うすること」
「なすべきこと?」
「俺は生徒だから、勉学に励まなければならない。両親の子供だから、孝行を尽くして期待と育ての恩に報いる。友達だから、真心を持って接する……要するに、好みに従うのではなく、自分の身分に応じた責任を全うすることです」
小泉青奈はこの言葉に大いに賛同した。「渡辺くん、こんなに若いのにこうした自覚があるなんて、先生は嬉しいわ」
「それじゃ生きるのが苦しすぎるじゃない。それでどうして東京イケメンなの!」晃子は反対意見を述べた。「東京イケメンは顔とお金があって、どんな可愛い子に惚れられても動じない、それだけでいいんじゃないの?」
「それはただの御曹司だよ」渡辺徹は首を振った。「晃子先生、東京イケメンは結構大変なんです」
晃子は笑いながら罵った。「この小僧、でたらめを言って!続けて、お前の言う東京イケメンが一体何なのか見せてみなさい!」
「晃子!」小泉青奈はやや不満そうに言った。「生徒と話す時は、言葉遣いと口調に気をつけなさい」
「分かった分かった、小泉先生。渡辺くん、どうぞ――」
「それから、何事も成し遂げられる自信を持つこと。例えばスポーツは苦手だけど、一ヶ月頑張れば大半の人より上手くなれると信じている」
この言葉を聞いた小泉青奈は渡辺徹の瞳をまっすぐ見つめ、真剣に諭した。「渡辺くん、自信を持つのは良いことだけど、同時に謙虚な心を持たなければいけないわ。誰も見下してはいけません」
「何が悪いの、すごくクールだと思うわ!」
「晃子!」小泉青奈は手に持った教科書を挙げ、殴る真似をした。
晃子は大げさに身をかわし、ふざけて渡辺徹に右目を瞬きした。
渡辺徹は見なかったことにし、続けて言った。「小泉先生、東京イケメンにはこうした自信が必須なんです」
「分かった、自信はある方がいいわ。ただ驕らないでね」
「教育はここまでよ」晃子は両手で禁止のポーズを作った。「渡辺くん、さっき『それから』って言ったわ。まだ続きがあるんでしょ?」
渡辺徹は頷いた。「最後に、いつでも刺される覚悟を持つこと」
「きゃあ、これ分かるわ!『○○学園』の――」
「『○○学園』?何のこと?」小泉青奈は困惑した。
晃子は小泉青奈の耳元で何かささやいた。すると顔を赤らめた小泉青奈が、手に持った英語の教科書を丸めて渡辺徹の頭にそっと叩きつけた。
「だめよ!」彼女の口調は命令と言っても過言ではないほど厳しかった。
何がだめなの?渡辺徹は訳が分からなかった。
最後の項目の意味は、危機意識を持つことだ。
裏切り、憎悪、嫉妬など、予期せぬ出来事はいつ起きてもおかしくない。常に備えておかなければならない。
ただそれだけなのに!
渡辺徹は放課後の時間を無駄にしたくなく、東京イケメンの話題を切り上げた。「小泉先生、今回呼び出された用件は何ですか?」
小泉青奈は渡辺徹の背後に手を振った。「清野さん、こちらに来なさい」
渡辺徹は振り返った。胸を除けば完璧な美少女・清野凛が両手を胸の前で組み、職員室の入り口に立っていた。
立っている彼女を見るのは初めてだ。
プリーツスカートから覗く細い脚と白い上履きが、異様に目立って見えた。
「いつからいたの?」彼は問いかけた。
清野凛は耳元の長い髪をかき上げ、笑いながら言った。「まず、次に、そして、それから、最後」
「最初からいたのか。せめて声をかけろよ」
「他人の話を邪魔するのが、東京イケメンのすることですか?」清野凛の表情はにっこり笑っているようでもあった。
「……なぜ『東京イケメン』を強調するの?東京イケメンを見下しているの?それは俺の生き方なのに」
「東京イケメン……生き方」清野凛は顔を背け、肩を微かに震わせた。
「笑っているの?」
「うん」
ああ、なんと潔癖で非情な答え。清野凛は本当に嘘をつかないのだろうか。世の中を穏やかにする善意の嘘くらい必要だろう。
何事も一刀両断はできないものだ。
「二人はこんなに仲が良かったのね。指導教諭としては安心よ」小泉青奈は安堵した様子で言った。
「こんな四六時中嘘をついている男と、仲良くなれるわけがありません。先生、誤解しないでください」清野凛は、誤解されても構わないが、ついでに説明しておくといった口調で述べた。
清野凛は嘘をつかない。つまり彼女と渡辺徹の仲は本当に悪いのだ。
話し終わると、何事もなかったかのように小泉青奈に続けた。「先生、私を呼んだ用件は何ですか?」
小泉青奈は渡辺徹を見やり、二人の仲が本当にどうなのか気にしている様子だった。
「文芸部が生徒会に苦情を申し立て、生徒会から人間観察部の顧問である私に連絡が来たの」
「投稿のことね」清野凛は問いかける形式ながら、口調は断定的だった。
「うん」小泉青奈は頷き、ため息をついた。「清野さんの文芸部は無能だと論じた評論文が、投票で一位になったのよ」
「ひどすぎる!」渡辺徹は称賛の口調で言った。
一位を取るだけならまだしも、主催者を罵倒している。しかも主催者はその文章を部誌に掲載せざるを得ない。
さすが知力八、あらゆる嘘を見抜くと自称する美少女!
「渡辺くんも!」小泉青奈は怒りの視線を、傍観していた渡辺徹に向けた。
「私は何ですか?」
「君が書いた『未来の私たち』が投票二位だったの。文芸部の従来の文体で書かれているわ」
「文体ですか?」
「文芸部の得意とする文体で文芸部に勝ったのよ。どう思う?」
渡辺徹は慌てて言った。「誤解です!私には一切関係ありません。文体なんて、書く前に文芸部の過去の部誌を読んだだけで、知らず知らず影響されただけです!」
小泉青奈は「そんな誤解、自分で文芸部に説明しに行け。信じてもらえるかどうかは知らない」といった視線で彼を睨み、頭を痛めるように言った。「これで文芸部がなぜ苦情を言ったか分かったでしょう?」
「実力が足りないくせに、努力もせず苦情を言うなんて」清野凛は軽く笑って鼻で笑い、怒っているどころか、むしろ文芸部の面々を哀れに思っているようだった。
「二人とも、普通の実力で投稿していれば誰も何も言わないわ。わざと悪意を持ってやったのよ!」
「東京イケメンは元々悪い子なのよ」教卓の準備を始めて二分も経たないうちに晃子がまた口を挟み、突然そんなことを言った。
せっかく見つけた生き方が次々と批判され、渡辺徹は腹立たしかった。
「晃子先生、これは部長の命令です。私には一切関係ありません。無実です。それに文体のことは誤解だと言っています!清野さん、代わりに説明してください。私が嘘をついていないの、知っていますよね?」
清野凛は小さく魅力的な唇に手を当て、顔を背け体を微かに震わせた。「東京イケメン……」
どうやら東京イケメンは彼女にとって、実に滑稽な言葉らしい。
小泉青奈は無力にため息をついた。こんなに若く美しい人がこの動作をすると、まるで深窓の愚かな女性のような艶やかささえ漂った。
彼女は言った。「今後、人間観察部の部活はすべて私の許可が必要になります。文芸部の件はこれで終わりにしなさい」
「勝手に」清野凛はどうでもいいと言った。
彼女にとって、一位を取った文章などたった三十分で書いたつまらないものに過ぎない。この件にはそれほど労力を注いでいない。中止になっても構わない。
「……」渡辺徹。
皆の顔と名前を暗記するのに費やした時間は一体何だったのか。
小泉青奈は彼のやや切ない表情を無視し、机の引き出しから一冊の答案用紙を取り出した。
「ちょうど二人にお願いがあるの」




