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ⅩⅢ:胡狼

遠吠えが止んだ。重装のドアを開けて片脚を降ろすと、春先だというのに、諦めの悪い夜冷えの風が乾いた草路(くさみち)をざわざわと駆けて行った。暁闇(ぎょうあん)の空には未だその素振りもないが、星の大群は盛りを過ぎて、おおかた西へ傾いている。軍用装甲車(サイトカイン)を降り立つと、永き争いが生んだ寂寥(せきりょう)の窪地に浮かび上がる蜃気楼のような白肌の塔を肉眼で視認した。奴は、あの凄惨な死線を辛くも潜り抜けた。表皮を灼き崩され、骨を砕かれてもなお、人を(はら)み、しぶとく遺り続けるその威容は、醜く貪欲でもあり、また、勇ましく美しくもあった。


「クラウド、お前は食糧庫から地下洞へ向かえ。フィスィという男と合流するんだ。ジャッカルの連れだと忘れず名乗れ。油断するなよ、やり手だぞ。─── オセロット、お前は外部の遺体を回収してくれ。全員、白い柵には警戒しろ。触れずに正門から入るんだ」


“了解”


二組の応答を確認すると、すぐに無線を切って、胸を突き上げて来る憎たらしい咳を何度か吐き出した。切れ切れの呼吸を(こら)えて顎を持ち上げ、気道を開いた。気紛れな肺胞がまた仕事をサボっていやがる───。小高い丘の上から一帯の全景を眺めていると、南東と北西のなだらかな丘陵の影から待機していた影たちがぞろぞろと動き出す様子が見て取れた。わざわざ歩かせずとも、地中の安全が確認できてさえいれば、あの門前に全車両を横付けしたいものだが、戦いを知る古知恵を蓄えた連中は油断ならない。


勾配の助けを借りて坂を(くだ)り終わると、途端にひと足がやけに重くぶら下がった。次の足を踏み出す気力に応えず、その意思は四肢の先まで思うように届かない。もどかしさが(くすぶ)りはじめ、腹癒せに、懐に(ひそ)ませたライフルの弾薬ポーチから一番奥に差し込んであった塹壕(トレンチ)ライターを取り出し、手癖まかせに再び懐を(まさぐ)った。


ささやかなる願いと血腥(ちなまぐさ)い頼み事を、己を慕う若き血潮に託し続けて来た男は、裾を汚さぬ高みの見物を誰よりも嫌う性質(たち)だった。まだ、“国”という概念が世界を切り分けていた時代、生命(いのち)よりも国防と任務に身を(やつ)した時代、使い捨ての愛国者(パトリオット)揶揄(やゆ)された孤独な時代───。所属する“国”以外を愛すことを(ゆる)されず、多くの無念に目を(つむ)った、あの残虐な時代の反動が、その文明の悪魔に(むしば)まれた細胞の核内で熾火(おきび)のように生き続け、新たな時代を見護り、途絶えぬ熱情を分かち続けた。しかし、その芯熱も今や衰え、穏やかな眠りを求めている。眉間に(しわ)を刻み込み、手製の旧びたライターをしみじみと眺めてから、ふと、気が変わってポケットへ差し込んだ。


未だ続く過酷な未来に、今やすやすと、この()を絶やすわけにはいかない。


剃る気も無い無精髭(ぶしょうひげ)の繁った頬を歪め、男は踏みたびに軋む身体をどうにか繋ぎ合わせながら、もう一度自らの足で大地を蹴った。


女は、険しく見開いた瞳で漆喰の天井を見上げていた。廊下では次々と動揺の声が起き出し、サーロスの抑制も効かず、不審に怯えた声が高まっている。深夜の悲鳴に続く銃声に、あの破壊音 ─── 時間任せの収束はもう不可能だ。質素な寝台から飛び起きると、女は独房のような個室から自ら鍵を開けて廊下へ出た。


「どうか冷静に。私があちらの様子を。子どもたちも動揺しているはず、皆は傍に行って落ち着かせてあげて」


首長(メテル)サーロスは、いつも他人(ひと)の顔色ばかり(うかが)っていた弱腰で従順な小娘が、突然鋭い口調で別人のように振る舞う姿に、目を疑った。奉賛者(ディアコニア)たちもまた、狼狽に驚きが重なり、唖然と顔を見合わせていたが、もはや素性を隠す気も無いイリーナが鈍重な反応を鋭い眼つきで威嚇(いかく)すると、放心するサーロスを置き去りにして、女たちは寝巻きのまま、あたふたと就寝棟の方へ散らばって行った。


颯爽と廊下を突き進み、施錠を外して鐘楼へ続く扉を開けると、石壁に半身を擦り当てながら、途方もない螺旋階段をようやく脱した男と、闇の中で眼が合った。そしてその背後に降り立つべき少女の姿が無いことから、女は気の遠くなるような忍耐の報われない結末を知り、呆れと憤りに(おの)ずと血が冷えた。男もまた、米神の方まで(ほとばし)る熱く激しい痛みとともに、(ただ)れた肚の内を灼き続ける、遣り場の無い怒りを募らせていた。


「いつからだ・・・いつから教会(ここ)に居た」

「私は、私の出来る限りのことをしたわ」

「あいつを野放しにして、ただ黙って見てたのか!」

「すべての人を平等に救える気でいるの、ジャッカル。実行は、あなたの任務よ」


「─── そんなところで、俺に隠れて痴話喧嘩か?」


皮肉を交えたその声に、ジャッカルは血濡れた手で締め上げていた女の寝巻きを、思わず緩めた。病に身を潜め、永らく無線でしか聴くことのなかった想い出深い声は、確かにまだそこに現実として存在している。隠しきれない動揺に息を呑んで振り返ると、微かな夜光を背に片脚を投げ出して飄然と立つシリウスの姿があった。


「二度も撃たなかったな。銃の使い方忘れたのか、ジャッカル」


その軽口の裏に隠された真意と、わざわざその足で現場に赴き、自らの手でブラトヴァの頭に引き(がね)を引いた理由を静かに悟り、己の未熟さにジャッカルはただただ、その場に立ち尽くした。鼻梁の通った気骨を表す大きな鼻と、目尻と額に皺を寄せるニヒルな笑みは相変わらずだが、その記憶よりも痩せこけた頬と落ち窪んだ目元に気がつくと、その激昂は(すぼ)み、肩の痛みが胸の奥にまで沁み拡がった。


「冷酷という言葉は、あなたのためにあるのね」


長身の豪腕を恐れて抗いきれず、扉に背を押しつけられていた女は、その胸の内に潜む狂蛇の屈辱を抑え込んだ小声で男の傷をさらに(えぐ)った。そして老いてもなお鋭敏な耳は、その些細な復讐を聴き逃さなかった。


「ヴァイパー、お前は向こうで話をつけて、騒いでるガキどもをもう一度寝かしつけてくれ。俺はこいつと、あの表の少年と、地下洞の男たちを連れて帰る。残りの後始末は明日だ。今日はゆっくり眠るといい」

「───了解。表の遺体は?」

「オセロットたちが処理する。そう早くは連中も気づかないだろうが、夜明けには代わりの警備を(よこ)す。頼んだぞ」


あらゆる顔を持つ潜入部隊の中でジャッカルが唯一顔を知るのは、古参のサーペントのみだ。ほかの者たちは任務の特質上性別も素性も明かされなければ、顔ぶれが変わっても特に報されることはない。人陰に潜み同胞すらも巧みに(だま)し、時には毒を以ってしてまで狡猾に立ち回ることを生業(なりわい)とする“毒蛇”とは、実力は認め合えど本質的には相容れない。そしてそれは暗黙の元、互いに熟知していた。ジャッカルは、眼を合わせようともしない“イリーナ”の毅然と構えた顔を一瞥(いちべつ)すると、既に背を向けて消えたシリウスを追い、報われない尾を引き摺りながら鐘楼の出口へと向かった。


あの戦い以降、生命(いのち)は随分軽くなった。


第三次世界大戦(WWⅢ)の永き惨劇に加え、この地球(ほし)の自浄作用によって、人類の存続が困難に(おちい)っていることは言うまでもない。


我々は所詮、この惑星の腹の上で生きているんだからな。


あの男は“大いなる(ちから)”と言ったが、源力(コア)とは、流動するこの地球(ほし)の膨大な自然の(ちから)だ。ただひとりの人間が掌握して扱いきれるようなものではない。


知恵を貸す者、手を貸す者、受け継ぐ者 ─── それらは必ず必要になる。たとえ邪魔者を排除してただ独り(ちから)を得たとて、それは孤独の王にすぎない。


その真理を知れば地下都市(マリス)も、自ずと理解してゆくだろう。


だがそれには、気の遠くなるような、対話と忍耐が必要だ─── 。


香木のような紫煙が車内に充満していた。後部座席に少年を乗せているためか窓は申し訳程度に空いている。外界に出たのをいいことに、シリウスはステアリングに右腕を載せて、時折、優雅に葉巻を(くゆ)らせながら、集結協和都市(クラスター)へ戻る道すがら朗々と長語りを続けた。医者に隠れて愉しむ褒美の一服は、日に日に弱りゆくはずの細胞たちに不思議と活力を(みなぎ)らせるようだ。疲労と憔悴に沈む助手席の男の(うつ)ろな意識と、バックミラーに映る無の境地に辛うじて存在している少年の耳には、誰かの声を聴かせ続けることが何よりの薬だと信じる心と、彼らに多くの言葉を遺しておきたいと云う熟練の身勝手さと、男の本能がそうさせていた。


「迎えが、あんたで良かったよ。レフなら今ごろお説教だ」


応急処置を受け、黒い固定器具で左腕を吊るした男は、冴えない顔を窓の外に向けたまま徐に口を開いた。真横から受けたはずの銃弾は骨を避け、肉だけを削っていた。鎮痛剤で痛みは誤魔化されていたが、後部座席の“目撃者”となってしまった少年と、白布の上で鮮血に染まった、あの白金の後ろ髪に背後から(くび)を締めつけられているような、重い呵責からは逃れられずにいた。


「得意の“見せかけ(マスカレード)”か? 今夜はあいつもそんな気分じゃないだろう。パンサーが負傷した。その上お前も音信不通だったんだ」

「───容体は」

「重症だったが、回復した。しばらくはあいつが警護についている。心配するな」

医療機関(カミーユ)の男は」

「片付いた。だが、まだ落ち着いたとは言えないな」


シリウスは葉巻を咥えてゆっくりと煙を転がし、その贅沢な樹々の薫りを充分に堪能してから、お堅い任務の遂行状況を独り言のように語り始めた。


「カレロの自宅内で個体識別用集積回路(IDチップ)と臓器を抜かれた複数の植物人間を発見した。首謀者は処理したが、内部には危険因子がまだ残っている。中には、利用されたあの教会(エクレシア)の子どもたちも混じっているだろう」


内部崩壊・・・ブラトヴァも、ただの捨て駒か───。


「アヴィスの身内でも悪名高いヴァルチャーのことだ、脅しと、鼻面に幹部の座でもちらつかせたんだろう。奴らの手に堕ちた連中にもな。数値上はいくら“正常”でも、人間なんてのはそんなものだ。首脳AI(ヌース)の住民選びもあてにならないな。お蔭で、このざまだ。───地下巣本部(ケイヴ)で対策措置を取ってるが、今後のために、監視部隊を動員することにした。擬態部員(ミメシス)だ ─── そうか、お前は不服だったな。まあ、安心しろ、面倒は潜入部隊が見る」


「あの子どもたちも引き入れる気か」


「望むならな。集結共和都市(クラスター)内の“目”として、協力者を増やせる。代わりに、議会(パーラメント)が安全と一般の暮らしは保証するんだ。悪くはないだろう」


「───地下洞の男たちはどうする気だ」


掃除屋(スカベンジャーズ)として、話をするつもりだ。解体には慣れているだろうからな、そうなれば助かる。不治の身障者だ、首脳AI(ヌース)は居住許可を出さないだろうが、地下巣本部(ケイヴ)に引き込めばIDを与えて集結共和都市(クラスター)内にも寝ぐらを持てる。だが断るなら、それまでだ」

「随分、手広くやるつもりだな───」


半ば他人(ひと)事のように気怠げに頭を(もた)げている助手席の男をちらりと見遣ると、シリウスは徐にブレーキをかけた。四輪駆動の黒い大型車は、広大な丘陵地の只中で緩やかに停車した。遥か前方の遠景に、蒼鉛(ビスマス)の結晶のような幾何学の光柱を上げる、壮麗な集結共和都市(クラスター)が煌々と(そび)えている。暗い車内には、しばし沈黙が訪れ、森を思わせる香木の薫りだけが、男たちの頬や額の上を漂っていた。助手席に座る男はそれとなく、ステアリングに(もた)れ黙って葉巻を味わっているシリウスの思惑を探っていた。無造作に逆立てた白髪混じりの髪と、もみあげに続く無精髭が様になる渋い横顔や、その遥か彼方を憂う精悍な瞳を見るのは、これが最後の時のような、思わぬ予感がふと過った。


「ヴァイパーのことは・・・悪かったな。お前に伝えるべきだったよ、ルイス」

「─── 任務が優先だろ。理解してるよ、オヤジ」

地下の禽アヴィス・インフェリスは、あの事件の“白い悪魔”を手引きしていた。ことの発端は、あの島だ」


ルイスは咄嗟にバックミラーに映る後部座席の少年を見た。しかし過敏なはずの、その言葉にも反応はなく、別の不安が浮かぶほど、前髪が重く垂れ下がる黒い頭ばかりが項垂れていた。


全脳AI(イデア)首脳AI(ヌース)からこの一連の報告を受けて、各地の集結協和都市(クラスター)に所属する科学者たちを警戒し、精査するよう議会(パーラメント)に警告した。世界中だぞ─── お前の言うとおり、手広くやる必要があるんだよ。地下都市(マリス)の連中も数が増えて抑えが効かなくなってきてやがる」


ルイスは秘めたる胸の内で、この男の源には、自らの犠牲を厭わず数多(あまた)の戦地に赴いた身体の細胞を音もなく破壊していった“白い悪魔”への怒りと、自らと同じ傷を抱えて生きる同胞たちへの限りない熱情が、溶岩の如く沸々と流れているのではないかと感じていた。そしてそれは病床に臥せてもなお絶えることはなかったのだろう。その証に、落ち窪んだ眼窩(がんか)の眼は熱く、遥か遠くの世界までもを見据えている。


「イタチごっこか」

「まったくだ。だが放っておけば、喰い潰されるのは時間の問題だ。地上都市(フィロス)は平和を願うだけで、闘いを放棄している。─── 議会(パーラメント)の決定で、東の集結協和都市(クラスター)にフェンリルが向かうことになった。ルイス、ハリアを頼んだぞ。お前についていくと言って聞かないんだ」

「・・・何の話だ、ハリアを連れて俺も東に移れって言うのか」

「ああ。名はあいつが勝手に決めやがった、“ヴェルフィン”だとよ。お前が面倒を見てやってくれ」

「“じゃじゃ馬”の方がお似合いだろ」

「まったく誰に似たのか、まあ、俺じゃないならお前だろうな」


ニヒルな笑みを湛えた顔は、突然、喉を突き上げた深い咳に激しく()せ返り、シリウスは胸を抱えて息を切った。犬歯を見せて笑いかけたルイスの口元は次第に(しお)れ、曇っていった。絶えず頭上にかかる暗雲の影は刻々と黒く()み拡がり、苦し紛れに葉巻を咥える老いた男の強がる姿を、もう見てはいられなくなった。


「───あとのことは、すべて任せてある。フェンリルなら適任だ。不本意だろうが、何しろ長年俺を尻に敷いてきた相棒だからな。俺の遺志を継いでくれるさ。部隊は“アルファ”としてお前が率いてゆけ。お前なら、あいつらも文句はないだろう」


ルイスは重く口を(つぐ)み、喉に澱みが絡みだしたシリウスを見ないように、その運命に(そむ)きたい思いを窓の外へと逸らしていた。自由と孤独をこよなく愛し、同胞にすら牙を剥く粗暴な男には不相応な役割のように思えてならない。霞む視線の先には、朱い兆しが濃紺の闇を押し上げ、暁の燃える陽が早くも昇りはじめている。何故、自分なのか ─── 。そう訊ねても、その問いに対する応えは“自分で見出せ”と、気障(キザ)な台詞で永遠にはぐらかされるに違いない。


「勝手に、色々と俺に押し付けて逝くんだな」

「“親”ってのは、そういうもんだろう」

「俺は、ただの野良犬だ」


その顔つきは、貧しく痩せこけた身体で狂犬のように噛みついて来た、あの、鋭く尖った少年のままだ───。


図体ばかりが大きく育った拗ねた子どもを見護るように、シリウスは独り、呆れた笑みを滲ませた。そして、この瞬間(とき)を待ちかねたように、助手席の男の前に腕を伸ばし、これ見よがしにグローブボックスを開いて見せた。ルイスは(いぶか)しげにそのニヤけた顔を覗き込んだが、運転席の男は(とぼ)けて葉巻を挟んだ右手でグローブボックスの中を指すばかりだ。その反応を待ち続ける表情(かお)に促されるまま、ボックスの奥に眠る大きな塊を手に取った───。その手に沈むずっしりと重たいその形は、あの日、あの船の上ではじめて目にした、(まさ)しくあの銃だ。経年の艶に(おお)われた硬いコードバンのホルダーから、燻銀(いぶしぎん)の枠に囲われ、美しい流線を描く木目の握把(グリップ)が突き出ている。その自然の創り出す惑星のような趣きに、ルイスは思わず少年に戻ったような純粋な瞳でそっと指先で触れた。そして留め具を外し、ゆっくりと引き抜くと、幾つもの時代と歴史の痕が刻まれた銀色の銃身が現れた。シリウスが永年肌身離さず懐に携え、愛してやまなかった.44 自動拳銃(オートマグ)だ───。


「こいつは俺を救った爺さんの形見だ、見ず知らずのな。もう随分前に話しただろう、憶えてるか」

「・・・大事なものだろ」

「ああ。だからこそ、お前に譲るんだ、ルイス。今度はお前が、大切にしてくれ」


そっぽを向いて口元を覆い、柄にもなく何かを(こら)えている横顔を見るなり、シリウスはその厚い肩に腕を回し手荒に抱き寄せた。ルイスが傷を庇って痛がると悪戯な微笑みを向けて突き放し、大きな犬でも慰めるかのように短く切り揃えた金髪の頭を掻き撫でた。


「向こうに、寝ぐらと車を用意しておいた。気に入るぞ」


シリウスは葉巻を咥えると、ようやくエンジンをかけ、朝灼けに|燃える地平線へ向けて再び車を走らせた。肩を並べる誇らしげな横顔を盗み見ると、ルイスは片頬を持ち上げ、しばらくその顔を瞳の奥に映し込むように名残惜しく眺めていた。その生き様で在り方を魅せ、人生を与え、共に闘い続けて来たその姿が、過去になろうとしている。


弟を()くし、母を救えず、父を殺した少年はあの日、この“オヤジ”に出逢う運命を辿らなければ、悲惨な貧困の街を彷徨(さまよ)い、人知れぬ路地裏で憐れに野垂れ死んでいたことだろう。


その引き(がね)の重さを知る、乾いた血に染まる男の手の中には、闘い続けることの意義と、血よりも濃い(えにし)で受け継がれてきた生きた証が、深く熱い(ほのお)(とも)していた。


彼らの背に(かげ)る少年は、重く垂れ下がった前髪の合間から、ふたりの男の声をうつらうつらと聞いていた。放心の波間に揺れ浮かぶ記憶の欠片と重ね合うのは、奔放な獣たちの粗野な戯れと、懐かしく遠い在りし日の、父と息子の想い出だった。

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