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番外編:届かぬ想い

 婚約者として、エドワードは申し分のない相手だった。

 気品があり、聡明で、王としての器を備えている。

 そして何より——彼はリリアに対して、常に礼儀正しく、適切な距離を保って接してくれていた。

 それがどれほど有り難いことか、リリアはよく知っている。


 ——それなのに。


(どうして、こんなに苦しいのかしら)


 エドワードの言葉を聞くたびに胸が高鳴り、エドワードが微笑むたびに心が温かくなる。

 その一方で、彼の態度が“婚約者としての義務”の範疇を超えないことに、どうしようもなく寂しさを覚えてしまう。

 仕方のない事だ——エドワードはリリアに対して恋愛感情を求めているわけではないのだ。それはリリアも然り。

 王太子として、リリアがエドワードにとって相応しい婚約者だっただけ。

 ただ、それだけ。

 だからこそ、リリアは決して苦しい蟠った気持ちを抱いていることを悟られてはいけないと思った。

 彼にとってリリアは数多の義務のうちの一つに過ぎないのだから。

 この気持ちを知られてしまえば、彼を困らせるだけ。

 そう思いながら、リリアは今日も“婚約者として適切な距離”を保とうとする。


 そう——あの日も。


 エドワードに名を呼ばれたとき、リリアの胸の奥が大きく跳ねた。


「……リリア」


 低く、穏やかで、それでいてどこか探るような声音。

 振り返ると、エドワードはじっとリリアを見つめていた。


 その瞳に囚われそうになる——


 リリアは努めて冷静な声で答える。


「エドワード様、どうかなさいました?」

「……君は、私のことをどう思っているの?」


 ——どう、とは?


 一瞬、リリアの頭が真っ白になった。

 もしかして、何か気づかれてしまったのだろうか。


(それとも……ただ、婚約者としての関係を改めて確認したいだけ?)


 迷いながら、できる限り平静を装ってリリアは答える。


「エドワード様は、とても立派な方ですわ」


 それは、嘘ではなかった。

 むしろ、本心だった。

 でも、心の中で何かが蟠る。


「私は、エドワード様の婚約者として相応しい立場にありますし、良き王妃になれるよう努力いたします」


 そう、リリアは“王妃として努力しなければならない”のだ。

 だから、それ以上のものを望んではいけない。


「でも……それだけですわね」


 リリアの心の中には、エドワードへの想いが溢れている。

 けれど、それを言葉にすることはできない。

 何故、こんなにも苦しいのか、彼に対して想いが溢れるのか、リリア自身もわからない。

 エドワードの眉がわずかに動いた。

 何かを言おうとして、それでも言葉にはせず、ただ静かに微笑む。


「……そう」


 その笑みが、なぜかいつもより冷たく見えたのは、気のせいだったのだろうか——。


 その日から、エドワードは少しずつ変わり始めた。

 これまでは礼儀正しく距離を保っていたのに、いつの間にかエドワードの視線を強く感じるようになった。

 言葉を交わせば、以前よりもずっと近く、深くリリアを見つめている。


(……どうして?)


 エドワードの変化が何を意味するのか、そのときのリリアにはまだ気づいていなかった。


 まさか、あのときリリアが突き放したつもりの言葉が——


 エドワードの中で“執着”へと変わるきっかけになってしまったなんて。

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