番外編:執着の芽生え
エドワードにとって、リリア・ベネットは“ふさわしい婚約者”だった。
優雅な立ち振る舞い、洗練された教養、王妃として相応しい公爵家という家柄。
すべての面で申し分なく、王太子である自分の隣に立つのに最適な相手——最初はただ、それだけの認識だった。
“婚約者として当然の距離”を保ち、必要以上に踏み込まない。
リリアもまた、そうした関係を受け入れているように見えた。
けれど——ある日、ふと彼女の横顔を見たとき、何かが胸の奥でざわついた。
夕暮れの庭園、花々の間で静かに本をめくる彼女の指先。
いつも通りの端正な表情のはずなのに、なぜか妙に遠く感じた。
「……リリア」
無意識に名前を呼ぶと、彼女は驚いたように顔を上げた。
「エドワード様、どうかなさいました?」
穏やかで、けれどどこか一線を引くような声音。
彼女の言葉には、決定的に欠けているものがあった。
それは、自分への“特別な感情”——
エドワードはそのことに気づいて、僅かに眉を寄せた。
「……リリアは、僕のことをどう思っているの?」
「……どう、とは?」
「婚約者として、どう思っているかを聞いているんだ」
リリアは数秒だけ沈黙し、それから少しだけ微笑んだ。
「エドワード様は、とても立派な方ですわ」
それは称賛の言葉だった。
けれど——同時に、突き放すような響きがあった。
「私は、エドワード様の婚約者として相応しい立場にありますし、良き王妃になれるよう努力いたします」
そこまで言ったあと、彼女はゆっくりと視線を落とした。
「でも……それだけですわね」
それだけ。
それだけ——?
エドワードの胸の奥で、何かがひどく不快にざわめいた。
“それだけ”のはずがない。
彼女は王妃となるべく定められた婚約者で、いずれは自分の妻となる存在。
それなのに——まるで心はそこにないような言葉を、なぜ平然と口にできるのか。
“エドワード様は立派な方”
“良き王妃になれるよう努力いたします”
そうじゃない。そんなことは聞きたくない。
(僕が欲しいのは……)
その時、自分の中で何かが変わる音がした。
彼女の表情、彼女の声、彼女の心——
今はまだ、こちらを向いていない。
だが、それならば——
(いずれ、振り向かせればいい)
それが、どんな手を使ってでも。
エドワードは微笑んだ。
「……そう」
リリアの気づかぬところで、執着の芽が静かに根を張り始めていた——。




