配信記念番外編
電子書籍が本日(9月29日)から配信開始となったのを記念して、『配信記念番外編』を投稿しました。
前回の番外編から数日後の話で、ノアルヴァーナとライアンのやり取りになります。
「実は、折り入って話があるのだが……これは、子を持つライアンにしか相談できぬことなのだ」
深刻な顔をしたノアルヴァーナから声をかけられ、ライアンは目をパチクリとさせる。
つい先日、スーザンに子ができたと満面の笑みで自分に告げてきた時とは様子の違う思い詰めたような上官の表情が気になり、ライアンは午後に予定していた業務をすべて先送りし、時間をつくることにした。
他の人には聞かれたくないだろうと、騎士団内で極秘案件を話し合うときに使用する防音対策が施された部屋を借り、二人分の昼食を用意したライアンは、万全の態勢でノアルヴァーナと向き合う。
「それで……団長、私に相談とは何でしょうか?」
既婚者で子持ちの自分に尋ねるということは、家庭内のことなのだろう。
――もしかして……スーザンと喧嘩をした? まさか、それが離婚にまで発展?
自身も一時期、スーザンとの仲を妻に疑われ、離婚騒動になった経験があるライアン。
ありとあらゆる想定が思い浮かび、彼が頭の中でぐるぐると考えを巡らせていると、ノアルヴァーナがおもむろに口を開いた。
「…子の教育をどうすればよいのか、ずっと考えているのだが、なかなか難しい問題で……」
「……はい?」
「だから、生まれてくる子の教育をだな……」
室内に張り詰めていた緊張が、一気に弛緩する。
ライアンはピンと伸ばしていた背筋を曲げ、脱力した。
「ライアン、私の話を聞いているのか?」
「聞いていますよ。でも、団長……一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「生まれてくる子は、男ですか? 女ですか?」
「そんなことは、生まれてくるまで分かるわけがないだろう」
……ですよね。
ライアンは、心の中で呟いた。
「それなのに、今から子の教育を考えてどうするのですか? 男児と女児では、教育方針が異なると思うのですが」
息子であれば跡取り教育が必要となり、娘であれば将来の嫁入りに備え、淑女教育などが中心となるだろう。
「それよりも、無事に生まれてくるように、奥様のことを一番に考えるべきではないかと……」
「スーには、安定期に入るまで絶対に無理をさせないよう、すでに手配済みだ」
――はい、知っております
ノアルヴァーナの過保護ぶりは、すでにライアンの耳にも届いていた。
体調の良いときはなるべく仕事へ行きたいという彼女の希望を叶えるべく、揺れが少なく座席が柔らかい素材でできた馬車を特注させているとか、自分で自分の身を守れる騎士なのに、護衛騎士を付けているとか……。
――まあ、ようやく叶った初恋だから、仕方ないのか……
セリーヌは、ノアルヴァーナの初恋の人だ。
彼が九歳のときに、彼女は護衛騎士に抜擢された。その後、ある出来事がきっかけでノアルヴァーナはセリーヌへ恋心を抱くのだが、それを本人が自覚するのはずっと先のことになる。
しかし、彼が想いを伝える前に彼女は亡くなった。
十五歳の成人を迎えたノアルヴァーナの婚約者が誰になるのか注目が集まったが、彼は「生涯、独身を貫く」と宣言するのだ。
もしセリーヌが生きていれば、ノアルヴァーナは自身が持つ権力と財力を駆使して、二人は確実に結婚をしていただろう。そして、当時行使するはずだったそれらを十八年後に総動員して、彼は見合い話と婚約者が決まりかけていたスーザンとの結婚を果たしたのだった。
ランベルト王国へ親善大使として訪問した際に、歓迎パーティーでその元見合い相手と一悶着あったという話を、ライアンは同行していた部下から聞いている。
具体的に何があったのかを知るのはその場にいたノアルヴァーナとスーザンのみだが、その後、帰国した彼が今以上に体を鍛え始めたことは、それと関係しているのではないかと噂されている。
「団長、奥様を大事にするのはいいですが、あまり気持ちが重いと……逃げられますよ」
「……なぜ、スーが私から逃げるのだ?」
心底理解できないという顔をしているノアルヴァーナへ、「それはですね……」と理由を説明しかけたライアンだったが、すぐに口を閉じる。彼の性格を前世から熟知しているスーザンなら、自分が余計なことを言わずとも上手く対処するだろうと思い直したのだ。
「そうだ。ライアン、これを見てくれ」
そう言いながらノアルヴァーナが懐から取り出した紙には、細かい文字がたくさん並んでいた。
「子の名を考えているのだが……候補がありすぎて、決めかねているのだ」
ライアンが手渡された紙に目を通すと、男女それぞれ十以上もある。
「私としては、『ノアルヴァーナ』『スーザン』そして『セリーヌ』から字を貰い、名を付けたいと考えている」
眉間に皺を寄せ「この名は、どう思う?」「これも、捨てがたいな……」と呟いている美丈夫を、ライアンは微笑ましく眺める。
ライアン自身は、息子が生まれた時に尊敬する父『ジョアン』の名から一部を貰い、『ジョシュア』と名付けた。ほぼ即決だったので、ノアルヴァーナのようにあれこれ悩んだ記憶はない。
「奥様は、何と言っておられるのですか?」
「スーは、『子の顔を見てからでも、いいのでは?』と言っていた」
「私も、そう思います。名は一生変わらぬものですから、焦らずゆっくりとお考えになっては? 時間もたっぷりあることですし……」
「そうか……それも、そうだな」
ライアンとノアルヴァーナの付き合いは、二十年近くになる。
王族でありながら傲慢なところは一つもなく、下の者の意見にも素直に耳を傾ける姿勢は、昔と全く変わらない。(ただし、スーザンに関することだけは例外となっている)
騎士学校時代の後輩であり、今は上官であるノアルヴァーナの側近として、ライアンはこれからもずっと彼を支えていく。これは自身の希望でもあり、亡き父の望みでもあると思っている。
「団長……そろそろ、昼食を食べませんか? さすがに腹が空きました」
「ははは……それは、付き合わせて悪かった。では、頂くとしよう」
大事そうに名の書かれた紙を懐へしまったノアルヴァーナが、苦笑いを浮かべた。
「子を持つ父として、今後も助言できることがあると思いますので、何でも私に相談してください」
ライアンが真面目な顔つきでノアルヴァーナへ申し出ると、彼が破顔した。
「ああ、今後ともよろしく頼む……先輩」
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。
この番外編の中に出てきた『セリーヌとノヴァ殿下の出会ったころの話』や『ノアルヴァーナがスーザンの元見合い相手と遭遇した話』など、新たに書き下ろした番外編も収録されております『生まれ変わった女騎士は~』の電子書籍が、本日(9月29日)から配信が始まりました。
『スーザンが夫へ妊娠の報告をする話』や、『ノアルヴァーナが子育てに奮闘している話』なども今回書き下ろしで追加されておりますので、よろしくお願いいたします。
電子書籍の書影は下に掲載しております(ノヴァ殿下がとても可愛らしいので、それだけでもご覧いただけたら嬉しいです)。
書籍の概要は活動報告欄にございますので、ご興味がございましたら是非。