第二十九声「我らの命と誇りに掛けて」
龍仙花香に火が灯る。香に火を点けるのはお仕えの香役が務める。一片の綻びもない真白の長衣。合わせ目を縦に走る蒼の両線はまさに聖なる存在に仕える信徒である証だ。香役には女が配されるが頭巾で顔を覆う。習わしは男も女もない、との意を示していた。
石造りのだだ広い聖堂。中央の円卓を照らすのは燭台の蝋燭、壁に据え付けられた洋灯。それに聖なる祭壇を埋め尽くさんばかりの蝋燭の行列。窓ひとつない地下空間を真昼のように照らすことは出来ないが、文字を書くのに支障がない程度の明度は確保できていた。
「大樹・花冠の皆さま、ようこそお集いくださいました。このステンボランが聖教皇様の代理として御礼申し上げます」
円卓の、聖堂のちょうど中央。祭壇を背にした席に着くは白髪交じりの男が会釈する。皺と共に張り付いた笑顔は炎の揺らめきにあっても微動だにしない。
同様に、円卓には他に十二の席がある。白髪の男を中心にして左右に六つずつ。二つは空席のままだが男は意に介さずに切り出した。
「予言が成されました。此度の予言も十五年前と同様に尊く深いものです」
僅かに感情の波が立つが、それはすぐに立ち消える。白髪の男の背後の人物の視線が射抜き、“場”の空気を引き締め直したからだ。
「思い返さば十五年前の予言も例外的なものでした。勇者の誕生を告げる恩寵が与えられたのは、私がまだ司教であったころから今に至るまでただの一度のみ。過去の予言を振り返ろうとも、勇者生誕の言霊は時代時代においてただ一人にしか与えられることはありません」
穏やかだった大司教の口調が激しさを増す。居合わせる十一人でさえ初めて目にする。
「それが、ひとつの時代にふたつもの勇者生誕の報。当時のわたしは困惑いたしました。この時代においての聖龍フラウバルクリムが勇者は、ドミネス陛下ただお一人のはずであったからです! しかし案ずることはありません!」
ひと際高らかな宣言に大司教ステンボランは立ち上がる。
「昨夜に聖教皇様に授けられた天啓が総ての疑念を霧消させたのです!」
礼拝での説法でも始めるように大司教の熱は高まっていく。
「新たなる綺羅星は真なる太陽に非ず! 新星は東の地に堕ちたりて変容し、この地より聖龍を加護を討ち滅ぼさんと牙を剥くもの也!」
「えっと大司教さまよ。つまりはアイセンブルグのさらわれた王女ってのは勇者じゃなかったってことでいいんだよな?」
「そうです、その通りです樫の大樹よ!」
なるほどな、と男は得心したように腕を組み直した。
「かつては確かに勇者の素養を見出された彼の王女は、運命の星に抗うこと叶わず堕天しました。なれば我々、聖龍フラウバルクリムの信徒の取るべき道は唯一無二! 王女の穢れた魂が聖龍と世界を汚染せしめる前にお救いする他はないのです!」
「質問のお許しを。氷国がルインネイス王女を“救済”するということですね?」別の女が確認をとる。
「無論です百合の花冠! 彼女の崇高な心魂が穢される前に我々が救済して差し上げるのです! そのためにも、どうか大樹・花冠の皆さまの御力を以て、大いなる救済をっ!!」
『我らの命と誇りに掛けて』男女が声を揃えたのことに満足そうに頷くと大司教は祭壇に一礼し、部屋を後にした。
※
「大樹騎士と花冠衛士全隊士に命ずる。これより聖浄教会はデモナリア魔王国とルインネイス王女の排斥を最優先とする」
大司教の傍にいた男が号令を発したことで十人の男女は起立し、得物を抜いて天石へと掲げた。儀礼用のものではない鋭い十の切っ先が天石に彫刻された方陣の、各々の象徴星を指していた。
「騎士長、発言いたします。現在、紫陽花がデモナリアに潜入しております。加えて、隣のイグリア王国には金木犀が協会の使者として滞在中。この両名でもルインネイス王女の救済は充分かと、、、」
「欅樹よ、聖龍フラウバルクリム様の加護を侮るな。氷国での王女と魔王の一戦は聞いていよう? あんなものをアレらの本性ではない」
「確かに現元首は“剣の魔王”と呼ばれる武人。実際に剣で闘り合えば」
「違うぞ欅樹。真に恐ろしいのは氷国が王女だ」
意外な名に騎士衛士らは互いの表情を視回した。
「お言葉ですが騎士長」菫の花冠がゆったりとした口調で蠱惑的に微笑んだ。
「何の訓練も受けていない高々小猫一匹、恐れるに足りませんわ」
女の言を受けて、一番の大男も強気に拳を握った。
「そうだぜ騎士長! いくら源流の理力法術でもよ、制御できない小娘なんざ相手にもならねえさ!」
「随分な自信だな樫樹、そして菫花」騎士長は長い黒髪を払い、嘆息を着いた。
「ならばやってみるがいい。現地の紫陽花と金木犀と共同でデモナリアを救済して差し上げろ」
『しかと拝命致しました』
不敵なる笑み。みなぎる自分たちへの自信。他の大樹・花冠は二人が部屋を出る様子をただ見守っていた。
鈍い軋み声を上げて、鉄扉は沈黙する。
「騎士長、、、」
「案ずるな百合花。欅樹が言うように救済するには充分な数だ。同志らを信じるとしよう」
「はい」
その場の誰もが、騎士長自身もが知っている。その目に“信頼”など映っていないのだということを。
※
どことも知れない秘密の聖堂での救済会合が行われた。
その数か月後、
イグリア王国が、元首の名においてデモナリア王国に対して宣戦布告を成した。
ご読了ありがとうございます(^ー^)
本話をもって、第二章の終了です( ≧∀≦)ノ
いや、長かった!
第一章の倍のデータ量になりました。
第三章も、粛々と構成しますので、またしばしお時間をいただきますね~(^ー^)




