第二十八声「楽しいことは面白くありませんとね」
「夢を見ていました」古びた城の見慣れない部屋の天井。深い睡眠を経てもなお鮮明な目覚めは、傍にいた人物の気配を容易に浮き彫りにする。
ほう。美青年と呼べる容姿をした男は相槌を打つ。
「どんな夢であっのたか聞いても?」
「わたくしの大好きな人々が笑顔で世界にあって、各々が望む幸せな人生を謳歌している。そんな夢ですよ」
「それは素晴らしいことだな」
「ええ。皆が日々の暮らしの中でのささやかな出来事で笑いあいます。悲しい事、嫌な事があってもそれを糧にして、新たな幸せを噛みしめるのです」
「ふむ。それはさぞ理想的な社会であろうな」
「どうにもならない事はいつだってあります。自然の巡りの中では再会の適わない別離も。だから」
ルインは寝台より半身を起こすと、傍の椅子で本を閉じたエンドレイに視線を合わせる。男もまた、決意に満ちた少女の目の輝きを、一粒たりとも零すまいと意を汲む。
「わたくしは実現してみせます」
「……なにを、かね?」
「決まっていますわ!」
掛布をめくり、寝台から飛び下りると部屋の端までを駆けて、窓を大きく開け放った。聖龍の加護によって傷の治りが早いとはいえ、王女は未だに包帯塗れの身だ。
「すべての人々が、幸せを謳歌できるような世界をつくることを!」
突風が吹き込んで、遮光布を強くはためかせた。王女の寝室用に仕立てた真新しい純白は、あたかも大きな翼のように拡がり、そして王女の背後に収まりゆく。
神托の一節が再現されたのかと魔王は神妙な面持ちを取るが、王女の無邪気な笑顔につられてしまう。
「姫君の目指すそれは果てしなく高くて険しい山であり、限りなく広くて深い海でもあるぞ? それこそ聖龍にでも願わない限りは叶わないほどにな」
「ではなりましょう」
意味が、そして意図が分からず魔王は問い返した。
「なる、とは?」
「現存信仰されている聖龍フラウバルクリムは一部の信仰者の声しか聴けぬ不自由な身です。であるならば、わたくしが彼のお役目の一部をお引受け致しませんとね」
「それは、姫君自身が造物主に成り替わるとでも?」
「成り替わるわけではありませんわ。言うなれば……お手伝いですね」
うって変わってルインはゆっくりと魔王の下へと歩み寄る。
「フラウバルクリムも悠久の時を超えて世界に仕えてきたのです。流石に疲労も禁じ得ないでしょう? だからお手伝いするのです。このわたくしが。清浄協会が定義づけるところの“聖龍の勇者”であるこのルインネイスがね」
異端だ、魔物だと揶揄され続けてきたデモナリアの元首。彼でさえも背筋を凍らせる不敵な笑みを浮かべる王女。冷や汗を流したことなど、どれほど前のことなのかと自問するが、その表情は嬉しげだった。
「斬新を通り越して、いっそ不遜なことだな姫君よ。君は今こう言ったのだぞ? 世界に根差す清浄協会と聖龍教団の信仰を塗り替えるのだと」
ルインは口の端をさらにつり上げて、目を輝かせた。
「魔王様は良い言い回しをして下さいますね! 塗り替える、そう塗り替えるのですよ!」
華奢な体が軽業師のように広い室内を縦横無尽に跳ね回った。
魔王はあえて制止はしない。聞き分けるはずがないと納得しているからだ。代わりに尋ねたのが、
「姫君は安易に口にするが、現実の道のりは……」
「わたくしの決意をお試しあそばされなくとも大丈夫ですわ。母国にて叔父のフリザニスより“破壊者”との太鼓判を頂いておりますわ」
叔父らしい言い回しだとルインは懐かしむように口髭を思い浮かべてから告げる。
「遠い道のりならばその道程を。高い断崖であるならばその絶壁を。硬くて折れない信仰であればその根底を、完膚なきまでに破壊してしまえば世界は自ずとその姿を変える。そうでしょう、デモナリア王国の魔王様?」
「面白い!」
「楽しいことは面白くありませんとね」
不敵な笑いの交錯。
見かけの上では子供と大人、少女と青年。立場においては元王女と国家元首。
王女は“聖龍の勇者”であり、青年は“剣の魔王”だ。
どちらともなく差し出した手を、ここ力応じて握り返す。
友誼の情か、同盟の証なのか、
「これは協調路線の確認、それとも相互互恵契約の締結でしょうか?」
「どちらでも構わない。手段は違えど目的は同じ。そう、これは信頼の表明だよ。魔王国のルインネイス」
「清掃担当大臣が抜けていますわよ、元首様?」
「世界秩序の清掃か。随分と手広いものだな?」
「ええ。それくらいでなくては、わたくしすぐに成し遂げてしまいますので」ルインは可愛らしく舌をだした。
安定してなくてごめんなさい(;>_<;)
第二十七声とセットな文字数ですが、分けたかったので、、、




