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sacrifice –サクリファイス–  作者: 法城院 隼
第一部 『蒼天』
1/5

プロローグ「死という美」


 世界は君を忘れていく。

 季節は流れ、人々もまた君を忘れていく。

 世界は動き続ける。

 私だけを置き去りにして――


 ――神来 椿――








 太陽が昇りその輝きを引き立てる様に暑さもやって来る。

 灼熱の様に熱く全てを照らすかの様に眩しい、その太陽が身体を照らしこれから仕事場に行くのを遮っている様だ。

 ならいっその事仕事場に行くのを遮って欲しいものだ。

 と、思いながら出勤する日々だ。

 こんな事を考えると少し憂鬱になるものだ。かと言って別に人生が憂鬱なわけではない。

 私はこう見えて幸せな方だと思う。

 家に帰れば、暖かくて美味しいご飯を作ってくれている妻がいて、最近より一層に美人になった娘までいる。変な虫がつかなければいいのだが。


 最近は少し娘からの扱いが雑な気もするが娘もお年頃なのだろう、そこらへんは父親として寛大なる優しさで補う。そして優しい妻がフォローをする。これこそ理想の家庭だと思う。


 ああ、私は幸せだと再認識できた。

 憂鬱な出勤もこう考えれば少しは楽になる。

 こんな事を想い会社へ出勤する、これももはや日課の様なものだ。




 それにしても今日は随分と暑いものだ。

 昨日までは暖かいぐらいだったというのに、とんでもない神の嫌がらせと言うべきか…。

 全く酷いものだ、熱くするなら徐々にしてくれればいいものだというのに。

 今年は特に暑い気がする。年々言ってる気もするが…。気温が上がってきているのだろうか。

 そんな事を考えながら時間を潰す今日この頃だ。


 それにしても暑いな…ッ!



 そんな何気のない事を考えている時だった。

 ソレはやって来た。


 真っ黒に思えるほど黒を基調とした服装に黒のフルフェイスを被った細身の男――


 その男はバイクからおりると周りを見渡す。




 普通なら何気のない日常の1つとして見逃すだろうが何故かその時はその男を異質に感じたのだ。

 否…異質だったのだ。


 その男はこんなにも暑い日だというのにもかかわらず平然と黒いコートを着ていたから異質に感じたのだろうか。

 それだけならただの変な奴で終わっていたのだが、何故かその男からは嫌なものを感じた。


 そんな事を考えていると周りの者も立ち止まっているのが分かった。

 周りの人達もその男に異質な何かを感じたのだろうか。


 すると、その男はフルフェイスを外す。

 そこには同性にもかかわらず見惚れてしまうほどの綺麗な顔をした青年の顔が現れた。

 全てを呑み込む様な鮮明に彩られた黒い髪に透き通る様な白い肌。完璧で見るもの全てを魅了するほど美しく、どこか儚く切ない想いが秘められた瞳。

 まるで同じ人間ではないかと思えるほど神聖な感じがした。



 その青年を観ている時間はほんの一瞬の出来事だったが、まるで何時間にも感じられるほど見惚れていたのだ。

 そう考えると恐ろしくさえ思えてきたのだ。呼吸するのでさえ忘れていたのだから。


 その青年がたつ姿でさえも芸術品だと思えてくる。

 まるで街並みが――

 集まっていた人々が――

 飛んでいる鳥でさえ――

 彼を引き立てる背景とさえ思えてしまうほどその青年は美しかったのだ。



 そう考えている時、青年は動き出す。

 モデル並みの体躯をして、その足で一歩また一歩と歩く。


 そう何もないよくある日常で、よく見る光景のはずなのだが、何故かその青年が一歩また一歩と歩むたび自分の心臓の脈打つ速さが高まっていくのを感じる。



 落ち着かない…!


 何故ッ!


 わからない何故こんなにも冷静にいられなくなっているのか。

 否だ。

 答えは分かっている。おそらくコレは恐怖だ。

 脳は分かっているのだ、この青年が危険だという事を。

 だが足が動かない。


 恐怖?


 違う…おそらくこの青年が何をするのかが気になっているのだ。

 この何もない日常をこの青年は変えてくれるのではないかと少し期待しているのだ。




 刹那。


 その期待はすぐに裏切られ、そしてすぐにまた違う感情がでてくるのを感じた。


 恐怖だ。


 目の前のビルが突如音もなしに消えた。


 否…消し去ったのだ。その青年の手によって――

 何が起こったのかわからなっかたが、すぐにそのビルをどうやって消し去ったのかが分かった。


 その青年は指先から黒い光の様なもので空中に小さな魔法陣の様なものを書き始めると、何かをつぶやき始めた。


「ーーーーーーーーー」


 距離が遠いのかよく聞こえなかったが、すぐに何をしようとしているか分かった。

 おそらく『魔法』と、呼ばれているものだ。


 そんなものはファンタジーだ。大半の人はそう言うだろう。

 たしかにありえないものだが、3年程前にとある青年が発見し、それを世間に公表したのだ。

 その青年はこれまで誰もなし得なかった事をしたとして世界で取り上げられていた。そして今ではまだ全世界といかなくとも新たな魔法学という学問まで生まれたのだ。

 それを思い出すのと同時もう一つ思い出してしまった。


 その青年は名誉も金も全てを得たというのに世間を国を世界を…全てを敵にまわした犯罪者になったと――。



 おそらく今、目の前にいる青年はその青年と同一人物!ならば早くこの場から逃げなくてはならない。


 少し遅れたが全力で走る。

 久々に走るせいか、少しばかりの距離だというのに膝が笑い出してきている。

 そして何故か目の前の景色が霞む。

 すぐにその正体に気づく、泣いているのか?


 あまりにも迫り来る「死」というものに恐怖しているのだ。


 こわい…

 こわい…


 逃げながらいろんな事を考える。


 妻は無事だろうか。ああこんな事ならせっかく作っといてくれた朝食を断らずに食べておけばよかった。


 娘は無事だろうか。ああこんな事なら前に欲しがっていたブランドのカバンを買ってあげればよかった。


 あれ?

 どうしてだろう。


 常日頃から後悔の無い様に生きてきたはずなのに「死」というものを目の前にするとこんなにも後悔が溢れ出てくるではないか。

 人間という生き物は「死」を前にするとこんなにも脆いのか。


 ああ俺は駄目な男だな。もう走る気力も無い。

 これまでだろう。


 ああ、なんだか短かった様な長かった様な人生だった。



 コツン、コツン



 ふふっ

 ここにきて笑いという感情がでてくるとは、人間とは本当にわからないものだ。



 コツン、コツン



 死神の足音が聞こえる。

 徐々に鮮明になるのがわかる。恐怖が…死が…近付いてくるのがわかる。

 心臓の音がうるさく響く。



 ああもう立つ気力さえ残っていない――。

 いや違うな…恐怖で立てないのだ




 死神の足音が止まる。

 最後の気力を振り絞り死神の顔を見てやろうと、地面を見ていた頭をあげる――。







 ああ…。

 とても綺麗だ。


 なのに何故そんなにも悲しい顔をしているのだろう。

 まるで大切なおもちゃがとられた子供の様に。

 愛する者を失ったかのように、世界から裏切られたかの様に、儚く、哀しみを浮かべている。


 だけど、その切なさでさえ美しいと思ってしまう。

 この哀しさこそ、彼を引き立てているのかもしれない。


 ああ。

 でも、

 なぜだろう。

 彼には笑顔でいて欲しいと思える。


 この青年には本当に不思議な力がある。この青年を見ていると何故か恐怖が薄れていく。


 

 我が身を捧げたくなる。その指で、その手で、その魔法で、その力でこの身をすべてをッ――。




 貴方の手で終わらせてほしい――。




 死神は悲しげに語る。


「はじめまして。私の名前は『神来(しんらい) 椿(つばき)。」


 椿。

 ふと、その単語を聞いた時、場違いな感想が浮かぶ。


 ――綺麗だったな。

 昔に見た白い椿がとても綺麗だったのを思い出した。



 私がそんな場違いな感想を思い浮かべていると、神来 椿は口を開く。


「私を憎んでくれて構わない。それだけでは償えないかもしれない。だからせめてもの慈悲として痛みだけは感じずに逝かしてあげよう。すまない…だけど、貴方は私と彼女が創る――理想郷の尊い犠牲となるのだ。それは誇れるものだ。すまない。そしてさよなら…。」


 そう言うと神来 椿は右手を私の方へと突き出し、何かを呟き始める。


 ああ、これで私も死ぬのだろう。

 不思議とさっきまで溢れんばかりあった恐怖心が全くと言っていいほどなかった。

 あるのはただ――


 「ありがとう。殺してくれて。」


 場違いな感謝だけだった。











 後に史上最悪の悪魔として世間にその名を知れ渡ることになる。世界に絶望と恐怖を刻み、世界を崩壊寸前まで追い込んだ最悪の男。

 魔法という未知の力を生み出し、その力に呑まれ、人々を絶望へと呑み込んだ死神。『神来 椿』。



 そのあともう一人の英雄によりその男は封印され、この物語は幕を閉じる。


 だが人々は知らないこの物語がまだ始まったばかりだという事に。









 魔法解説


 【始まりの風/ウェザー】

 創作者:不明 創作年:不明


 第一位階 自然魔法

 小規模な風を発生させる。

 比較的簡単な魔法。


 ――とても弱く、小さな風。だが、すべてはこの小さな風から始まったのだ――


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