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巨蟹宮 第4の試練




なおこの試練にはコ○゛ルオン、アリー○姫要素が混在しています。

本文中きちんと表現できなかったのでここで。

そして冷静沈着さんは蒸発しました(チーン)




「状況が状況だったとはいえ、ユウェンタース神までお連れする羽目になるとは」

 襲撃を受ける神殿を後にしたわたくしたちは、アポロ様の鉄道馬車に乗り、無事地上へとたどり着く事が出来ました。

 ですが……そこで問題となったのがわたくしの処遇です。

「これから試練となると、迂闊に助けを求める訳にも参りませんでしょう」

「ああ、そうだな。同行の許可が出ているのは今のところ、アポロ様と私だけだもの。かといって今あの神殿に戻る訳にもいかないし……」

「ここまで来てしまえば、後は何処にいようと安全面という点では似た様なものさ!さ、さっそく試練を始めようじゃないか!」

「何故アポロ様が仕切ってらっしゃるのですか」

 試練を行うのはハーキュリーズ様で、同行なさるのはアタランテ様なのに。

「アポロ様の仰るとおりです。時間が惜しい。ただ無為に時間を過ごした揚句、ユウェンタース殿を危険な目に晒すなど愚にもつきません」

 そういうもの、でしょうか?

 まあわたくしは、こうして少しでも彼の近くにいられるので嬉しいのですが。

 ただ……そうですわね、それで足を引っ張ってしまったら本末転倒ですものね。

「ええと、それで……肝心の鹿さんはどちらでしょう」

 きょろきょろと見回しますが、残念ながら付近には鹿は愚か、小動物の気配すらないようです。

 もっともわたくしはこういった事に疎い、言ってしまえば素人のようなものですから、気配を察知するなど難しいのかもしれませんが。


 降り立ったのは、鹿がいるというアカイヤ地方はケリュネイヤ。

 件の鹿は、どうやらこのあたりを根城にしているらしいのですが……。

「アタランテ殿、私は安全が保証されない限りにおいてはこの場に留まり、ユウェンタース殿をお守りせねばなりません。神の従者である貴女に願うのは筋違いやも知れませんが、どうか付近を捜索してはいただけないでしょうか」

 ウルカヌスお兄様がお作りになった神鎧を身にまとい、同じく鍛えられた神剣を持った完全武装(試練モード)なハーキュリーズ様のお言葉に、アタランテ様は何故か微笑みを浮かべます。

「ああ、その程度何の問題も無い。もとよりこの身は月乙女より命受けたる身。貴方の意思に従うのもまた、女神の意志であるがゆえに」

 頼もしく1つ頷くと、彼女はまたも優しげな慈愛あふれる笑みを見せます。

「失礼。いやどうもな、貴方方を見ていると愛娘を大事に守っている父親のように見えて微笑ましく思えるのだ。……私は幼少の頃あまり家族の情に恵まれなくてな。やはり幼子は、貴方のようにしっかりとした大人に守られていなければならん」

 父と、娘。

 他人からそう見える事ももちろん衝撃でしたが、ああそれは、わたくしにとってもハーキュリーズ様にとっても触れて欲しくない部分であったのです。


 ハーキュリーズ様も、やはりわたくしの事を単なる幼子と思いなのでしょうか。

 恋心を抱くわたくしの想いは、決して報われぬのでしょうか。

 まるで目の前に巨大な壁が現れ、途方に暮れるような心地と深い悲しみがわたくしを襲います。

 そして父娘の関係のお話は、否が応でもわたくしの実の父―――主神、御柱、大神ユピテルのお姿を想像させて―――

 先ほど初めてお会いしたばかりの方に無遠慮に触れられたと、傷口がじくじくと痛む様な幻痛さえ覚えましたが、ああしかし、わたくしだけではないはずです、痛いのは。

「ハーキュリーズ様」

 そっと服の裾を掴みます。

「私ごときが主たる神の代わりなどとは恐れ多い事です。そのようなお顔をされなくても大丈夫ですよ。貴女様のお父上は、今も昔もお1人だけ。……ご心配をおかけしましたか」

「……いいえ」

 そうではないのです。

 そうではないのですが……。


 こういった行為もまた、彼に“あの悲劇”を想起させてしまうのでしょうか。

 ですが、今はこうして意を伝える事しかできません。

「あの、何か……その、申し訳ない?」

「いや、こちらこそ申し訳ありませんでした。では、先ほどの件」

「ああ、そうだな。行って参る」

「よろしくお願いいたします」

「お願いたしますわ」

 よく分からなそうに首を傾げるアタランテ様に、ハーキュリーズ様はもう一度お願いします。

 わたくしも、一緒に頭を下げました。


「いました!こちらです!」

 そう報告するアタランテ様のお声がかすれる様な響きだったのは、目標となる鹿に配慮したものだったのでしょう。

 わたくしとハーキュリーズ様は、出来るだけ物音をたてないようにと恐る恐る近づいてみました。

 ですが、その必要はなかったように思います。

「これは……美しい」

「凛々しい鹿さんなのですね」

 青みを帯びて見えるほど、透き通る白く美しい毛並み。

 金に輝く角は雄々しく、若木が健やかに伸びゆくように枝をのばしています。

 さらにはそれだけでなく、その静謐なるまなざしから何故か目が離せません。

 まっすぐにこちらを見つめるそのまなざしに、どこか違和感を覚えました。

 ただ静かに佇む湖の様な瞳では無い、何か―――潜んでいる様な―――

「なるほど……さすがは神鹿と呼ばれるだけあるらしい」

 ハーキュリーズ様だけが、何か分かったように意味ありげな笑みを浮かべました。

「お認めになりますか。かのものが名に恥じぬ生き物であると」

 ほう、と少し目を見張ったアタランテ様に、ハーキュリーズ様は可笑しげにおっしゃいました。

「いや……どうやら見定められるのは、我々の方であるらしい」

 その言葉に思い当たります。

 あの鹿のまなざしは、これから狩られる獲物の怯えに満ちたそれではなく、相手を試す対等な―――いえ、それ以上の高みから見る者の瞳だと。


「ほう。獣が我らを試すか。おもしろい」

 す、とアタランテ様が背に負った矢筒に手をのばします。

「アタランテ様!?」

「挑戦者は我らの方とならば、これを受けて立たねばなるまい。一介の狩人として、狩人姫の従者として、そなたに勝負申し込む!」

「いけません!試練の要は無傷にて捕獲する事。矢の当たり所が悪ければ傷だけではなく最悪命にかかわる事とて……!」

「安心召されよ!狩りの本分としてきちんと捕獲用罠(トラップツール)も用意してある故!」

「そこではありません!」

 というか、何気に準備万端ですわ!?

「いかに罠であっても傷つく恐れがあるのならば、それは悪手としか……!!」

「往くぞ!」

 ああっ!

 矜持を刺激されたアタランテ様は、わたくしたちが止めるも聞かず飛び出して行かれてました。


「……ふっ」

 走りながら撃った初撃は、余裕を持ってひらりとかわされます。

 彼女も牽制のつもりで狙いを甘くしたのでしょうが、見ているこちらは冷や冷やしてしまいます。

 続く2撃目―――は、放たれる事無く。

「なっ!?」

「バカな!?突っ込んで来ただと!?」

 それはまさに『虚を突く』という言い方がふさわしい行動だったのでしょう。

 ハーキュリーズ様でさえ、普段の冷静さを失っておりましたもの。

 まさか―――

「まさか、向こうから仕掛けて……突っ込んでくるとは」

 試す、という意思にふさわしい行動と言えるのかもしれませんが。

「もしや、こちらの事情を、理解しているとでも?」

「それはないだろうねえ」

「「アポロ様」」

 背後からかけられた声に、ハーキュリーズ様と2人、驚いて声をかけてしまいます。

 今まで口を挟まず見ていたアポロ様でしたが、彼はアタランテ様と踊る様にくるくると位置を変えては翻弄する神鹿を、何事か考えるように顎に手を当てつつ真剣な目で見つめていました。


「さて、どうする?このまま彼女に任せてしまうのは……ちょっとばっかり危なそうだよ?」

「……おっしゃる通りです。しかし、かといってあの調子では、それこそ罠にはめるでもない限り確実に捕らえられる事はないでしょう」

「うーん、あのさ、君、この周りの状況、よく見てたっけ?」

「いえその、お恥ずかしながら彼女にすべて任せておりましたもので」

 言い難そうな唐突な問いに、こちらも戸惑いながらお答えしていますが。

「そうだった。……はあ、さすが妹の従者だけあるよ」

「ええと」

「ちなみに褒めてないからね」

 それはなんとなく、分かりましたけれども。

「目の前の獲物の事しか考えられなくなっちゃって、報告を怠ったうっかりさんの代わりに言っておくとね、この辺は元々標高の低い地域だ。森を抜ければ平坦な地が広がっている。森は神域とされているが、それ以外には人の手も入る余地がある。川は森林を抜けて低い土地に流れるが道理とくれば……そろそろ見えてこないかい?」

 困った様に片目をつぶったアポロ様のお言葉に、ハーキュリーズ様が目を見張りました。

 そして不敵な笑みを浮かべます。

「なるほど、天然の罠、という訳ですね」

 す、と動いたハーキュリーズ様は剣を握り直し、そのまま数歩前に出て。

「アポロ様、ユウェンタース殿をよろしくお願いいたします」

「うん、がんばってねー」

 ヘラリと笑ったいつものアポロ様に、わたくしも自分を取り戻しました。

「あ、あのっ、ハーキュリーズ様っ、頑張って下さいまし!」

 わたくしの声に応えるよう片手を上げ、そのままハーキュリーズ様は振り向かず相手に向かって行ったのです。


「アタランテ殿!そのまま鹿を引きつけていてくれ!」

「むっ!?いかがしたか!」

「1つ策が浮かんだ。どうやらこの神鹿は、どうあっても相手に立ち向かおうとする負けん気の強い性質(タチ)らしい。そこでだ、逃げられぬよう2人で仕掛けつつ相手を誘導する」

「ほう?」

「多少離れたところで足の速い鹿だ、追いついてくる事だろう。それを狙ってワザと追わせ、意図した方向へと導く」

「くくっ、面白い。その作戦、乗った!」

 ハーキュリーズ様の策に、不敵な笑みを浮かべたアタランテ様は矢を掠めさせ挑発しながら大きく飛び退ります。

 それから、たんっ―――と軽やかに身を翻しました。

「何処へ!」

「そのまままっすぐ!狙うは森の外だ!神鹿だけにヤツは頭が良いのだろうが、反面自尊心が高く簡単に熱くなりすぎる癖があると見た!己が今どんな場所にいるのか、どのような状況なのか忘れるように仕向けるんだ!」

「心得た!任せよ!」

 お互い、まさに神速。

 ほとんど叫びの様なやりとりも、わたくしが呆然としている間に小さくなって行きました。

「アタランテちゃんが速いのは知ってたけど……さすがは主神の血を引く神子(えいゆう)様だ。しっかりばっちり追いついてってるよ。……これであの子の変な癖が出無けりゃいいけど。さて、じゃ、こっちはゆっくり行こうか」

 アポロ様がさし出した手を見て、わたくしはこくりと頷きます。

「ええ。そうですわね」

 それにしても、変な癖って何のお話でしょう。

 多分、アタランテ様の事ですわよね?


「遅いっ!」

「その程度では、わたしには追いつけないぞ!」

 木々の間から、アタランテ様の挑発する様な声が聞こえます。

 やがて―――

「やった!上手く行ったな!」

 森を抜け、視界が開けた先でわたくしたちが見たものは、沼地に足を取られ動けなくなったところでその立派な角をハーキュリーズ様ご自慢の()力で抑えられている神鹿の姿でした。

「まあ」

「やったねえ」

 見たところ怪我も無いようですが……やや抵抗するそぶりを見せているようですね。

 無茶をして、自らの体を痛めなければいいのですが。


 試練の事があるからだけではありません。

 美しい毛並みと立派な体格、立ち姿。

 そして何より、捕らえられてさえなおも強くあろうとする意志がはっきりと見て取れる瞳を見て、わたくしはただこのまま、かの鹿が獲物として天に召されようとしているのが――――――そう、きっと哀れに思えたのです。

「貴方を、撫でても良いかしら?」

「ユウェンタース殿?」

 気がつけば、わたくしはそう口にしていました。

 戸惑うハーキュリーズ様も「危ないから止めた方がいい。それに泥で汚れているし」と口にするアタランテ様の声も、今の私にとっては素通りしてしまう様な瑣末事です。

 さらり。

 野性を生きた生物にしては、軽やかな毛並みがわたくしの掌を撫でます。

 すり、と頬を寄せる鹿に、わたくしは昔手放したあの仔犬の事を思い出しました。

「あら?」

 ず、ずっ、と何か訴えた気に地面をひっ掻く鹿の前足に、違和感を覚えます。

 もしかしてこの子、足を痛めているのかしら?

 困惑したわたくしの視界に、偶然にも鹿の足元に生えた植物が映り込みました。

「ふふ」

 わたくしは思わず、笑みを浮かべてしまった事でしょう。

 本当に、何という偶然。


 わたくしには神の酒を振る舞うという仕事柄、こういった植物に対し多少の知識がありました。

 ええきっと、これならば大丈夫。

 怪我が治るとまではいきませんが、少なくとも少しの元気は出るでしょう。

 鹿も、走り回ってお腹が空きましたよね?

 試練の合否については後から考える事として、さしあたってやる事といえば。

「ハーキュリーズ様、とりあえずこの場から出ませんか?」

 顔を上げ笑顔のままそう訴えると、ハーキュリーズ様は「それもそうですな。御身がこれ以上汚れるのもよろしくありませんし」と同意してくださいました。

 鹿を連れて沼地を出るハーキュリーズ様の後を追う……その前に、わたくしは足元に生えているその植物を摘み取りました。

「ユウェンタース殿?」

「はい」

「そちらは?」

「そうですね、いうなれば……鹿の好物、ですわ」

「は?」

 きょとんとされたアタランテ様を置いて、鹿とハーキュリーズ様を追います。

「……以前、教えていただいた事がありまして。知人の北の神様が極東を旅された折り、鹿に餌を与えるという体験をなさったとかで」

 この植物はその餌の原料となったものに似ていますから、もしかしたら食べるかもしれないと。

「無理に連れて行くのはやはり、可哀想だなと思ってしまいまして。少しでも、仲良くなれたらな、と」

 単に、わたくしが動物好きなだけなのかもしれませんが。

 そっと差し出したその植物―――先端を揺らす実の粒に、鹿は静かに口を付けました。


「え――――――?」


 それは、どなたが上げた声だったでしょう。

 わたくしの手元は今、光で溢れています。

 鹿も輝き、まるでその光が移ったかのよう。

 ―――ああ、今、分かりました。

 これは単なる植物ではなく『食物』―――だったのですね。


「おめでとう、ユウェンタースちゃん」

 振り返れば、アポロ様がわたくしに向かい拍手を。

 ―――全てが成って気付いたのです。

 この試練は単に、獲物を追うだけの試練では無かったのだと。

「ユウェンタース殿?」

 鹿の隣に立つハーキュリーズ様にわたくしは、少しだけ戸惑ったまま結論を述べました。

「どうやらわたくしは、またひとつ力を取り戻したようですの」

 手に持つ植物は金色に輝く房。

 実りの象徴。

 祝福されし食物、それは―――


「アムブロシア」


 驚いた表情のアタランテ様が、その名を呼ばいました。





ロキ「そういえばさあ、この前義兄さんと一緒にフラッと日本に遊び行った時、奈良の都で鹿に煎餅あげてきちゃったんだー。動物に餌を与えるのが観光事業になるなんて、人間ってやっぱ面白いよねー。そうそう、向こうでも鹿は神の使いって事らしいよ?やっぱどこの国も、考える事は一緒だね」

ユピテル「お前らフットワーク軽過ぎだろう」(溜息)




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