第4宮 巨蟹宮 開幕
CV:三石
ダダダダダッ、ダダッ
第4宮である巨蟹宮へと到着した直後の事です。
ハーキュリーズ様に手をひかれ、客車を下りたまさにその時、先の様なつんざくような連続音が辺りに響き渡りました。
瞬間、わたくしは黒い大きな影に―――いえ、硬く引き締まった筋肉を持つ身体に覆われます。
耳慣れない不快音とはいえ、それだけでは危険かどうかも把握できなかったと思いますが、とっさの判断でかばってくださったのでしょう。
この状況把握能力はさすがです、ハーキュリーズ様。
「アポロ様、あちらを。神殿の柱に、何かによって穿たれ削られた様な破壊の跡が」
「どうやら“我々にとって”招かれざるお客様がいるようだね」
アポロ様はハーキュリーズ様の指し示す方向を見ると、その美麗なお顔にしわを寄せられました。
苦々しそうなその表情も素敵に見えてしまうのは、こちらもさすが、と言って良いのでしょうか?
「まさか、試練のさなかに襲撃に遭うとは。これもまた試練の1つなのでしょうか」
「そんな訳ないだろう。神に対してケチをつける様なものだよ?」
わたくしをかばったまま真剣に考え込んでしまったハーキュリーズ様に対し、アポロ様は何故か呆れ顔です。
「ともあれ中に入ろうじゃないか。ここよりはマシだろうしね」
「内部の状況も気になります。私が先行しましょう」
こうして、よく分からないながらも第4宮の神殿内に向かう事になったのです。
ですが神殿の中に入る前に、運よく事情を知っているであろう方を発見する事が出来ました。
長く美しい金の髪を頭の上で2つに分け、それぞれ小さなシニヨンにしてから余った部分を流すという独特の髪形をされたその方は、何かをじっと見つめるように柱の陰に隠れていらっしゃいます。
背後から見れば、まるで愛おしい方を見つめる恋に焦がれた乙女の様。
ええ、その衣装さえなければ。そしてどこか張りつめた様子で柱を背面に隠れ直したりしなければ。手に持った物騒な物が見えなければ―――の話ではありますが。
「一体これはどういう状況なのかな?我が妹よ」
「兄上!くっ、このような時に限って試練を開始せねばならんとは!」
「……」
「…………」
ええまあ、少しですが黙ってしまいますよね。
純潔を誓った貞淑の象徴。
弓の扱いに長けた狩りの名手であり、世の狩人たちが戦果を求め崇め奉る守護神。
そして―――白き月を司る、美しき乙女神。
―――それが。
「どうして迷彩服着て銃をぶっ放してらっしゃるんですか!?ディアナ様!」
「ディアナではない、マムと呼べ!返事はイエスかサーだ!」
最早何を言っているのかよく分かりません、マム!
乙女神の中でも、ひときわ人気の高い月の女神。
それがどういう訳か目を吊り上げながらキツい口調で迫って来るのですから、正直これは夢が壊れる、キャラ崩壊も甚だしいと訴えられても仕方ないと思いますわよ?
それに銃って。
遠い未来の戦争兵器―――特に白兵戦においての―――の主軸じゃありませんの!
ええまあ、衛星携帯とかさらっと出しちゃうお兄様もいらっしゃいましたからね。
驚くに値しない瑣末事なのかもしれません……わ?
「どうでもいいが状況は?」
「ハッ、兄上!只今我が率いる美少女戦士団月組は、オリオン率いる狩人弓兵部隊により襲撃を受けている最中であります!」
「やっぱあいつらだったか……」
アポロ様ったら、すっかり頭を抱えてらっしゃいます。
といいますかそのご様子だと、お相手の方についてもよく存じてらっしゃる様ですわね、アポロ様。
「襲撃、ですか。しかし―――」
ハーキュリーズ様は戸惑うように、言い難そうに言葉を濁しています。
さきほど、神の試練に対し襲撃などあり得ないとおっしゃっていたばかりですものね。
そんなハーキュリーズ様に対しお返事を返すアポロ様は、もうすっかり気を抜いてしまっていますが。
「襲撃なんて言っているけどね、要はサバゲー。遊びだよ、あーそーび」
あそび、遊戯……。つまりは本気では無い、という事ですか?
「遊びなどと言われるのは心外です、兄上!もはや勝負は勝つか負けるかではなく、どちらかが倒れるまで止められないところまで来ているのですよ!」
「うわ。……実弾じゃないか、これ」
ほらっ、と弾倉を抜いて中身を見せて来るディアナ様に、呆れたご様子のアポロ様。
わたくしも見せていただきましたけれども、サバゲーとは知識によれば色弾などの模擬弾を使うのが一般的ではなかったでしょうか?
それが、黒光りする金属の弾丸がみっしりと。
「相手もこれを使ってくる。いいか貴様ら、死にたくなければ以後はこの私の指示に従うように!返事は!?」
「「アイ、マム!!」」
勢いって、時に恐ろしいものなのですね。
「―――という訳だ。神の試練は何よりも優先せねばならない。ゆえにヒトマルマルマルまで一時停戦とする。いいか、打つなよ!絶対に打つなよ!」
ざざっ
『無線』からはお相手の声までは聞き取れませんでしたが、どうやら停戦合意は成されたようです。
……もうツッコミませんわよ?
「こっちだ。速やかに中に入れ」
ディアナ様の指示に従い、神殿の中へと入って行きます。
神殿内部は無事のようですね、ホッといたしましたわ。
時折、さきほどの銃声らしき『すたたたた』という音が聞こえてはきますが、どこかが壊れている様子もありませんでしたから。
停戦とおっしゃってましたし、音がするのは威嚇射撃の様なものなのでしょうか?
「さて。自己紹介が遅れたな、自分は天の頂防衛軍月司令部より巨蟹宮防衛の為にこちらへ緊急配属となった女神ディアナだ。すでに承知の事と思うが、貴様らに1つ命令を下す事になっている。以後その命に従って行動せよ。いいな?」
「「イエス、マム!」」
「ああ、すっかり染まっちゃって……」
アポロ様ったら嘆いてらっしゃいますけど、意外にこれ、楽しいです。えへ?
それにしても、天の頂に防衛軍も月司令部もあったという話を聞いた事がないのですが、それは……。
「良い返事だ。さて肝心の内容についてだが、鹿を1頭生け捕る事。これが今回の任務となる」
アポロ様を華麗にスルーした事についてはともかく……銃火器持った方に言われると、違和感がすさまじいですね、その命令。
「鹿の生け捕り、ですか」
「貴様の選択肢は「はい」か「イエス」か「よろこんで」だけだ!」
「は、はい、ですがその」
「なんだ、はっきり物を言え!」
「はっ、はい、試練は鹿を生け捕るという事だけでよろしいのですね?」
「ふん、まあいい。復唱確認は大事だからな」
腕を組んで仁王立ちのディアナ様。
ですから、その後様子を信者の方々がご覧になったらですね。
まあ、今さら、と言われてしまえば否定できないのですが。
「とはいえ試練だ。ただの鹿狩りという訳ではないのは当然分かっているだろうな?」
「い、いえす、まむ」
ハーキュリーズ様、頑張って下さい。
余計な事で御機嫌を損ねると、いつまでたっても話が進みそうにないというのが、何となく分かって来ましたから。
アポロ様もいらっしゃいますし、あまりに酷いようでしたらお兄様権限を使ってでも本筋に戻していただくよう進言すべきでしょうか。
困惑する周囲を余所に、ディアナ様は話を進めます。
こういうのも、ある意味『まいぺーす』と呼ぶのでしょうか。
「詳細について述べるので、しっかり覚えておけよ?」
そうして女神が語ったお話によれば、生け捕りの目標とされた鹿は聖なる獣、神鹿の1頭であるそうで、すでにその兄弟鹿はディアナ様の眷属となり戦車を引く役を負っているとか。
ただ今回の目標だけは特別で、同じ神鹿の中でも珍しい金色に輝く角と青く輝く蹄を持ち、狩りの名手であるディアナ様でも捕らえられないほどの足の速さを誇るのだそうです。
その難物な鹿を―――
「傷1つ付けずに、ですか」
「返事は」
「い、いえす、まむ」
これは、予想以上に困難な試練かもしれません。
ハーキュリーズ様と2人、与えられた難題についてどうするべきかを考え込みかけたその時、ディアナ様はどなたかを呼ばれました。
「相手は足の速さには定評のある鹿だ。捕獲となれば運ぶなりする手間もあろう。そこで、だ。今回は特別に補佐を付ける。アティ!」
「はい、マム!」
隣の部屋に待機していたのでしょう、扉を開いて入って来たのは動きやすそうな緑色の装束に身を包み、漆黒の弓を携えた1人の少女でした。
「私は美少女戦士団月組所属、狩人姫アタランテだ!以降、この『作戦』の終了まで汝らと共に行動する事になった。よろしく頼む」
きりっとしたその表情と発言は、とても好感が持てるのですが……。
「あの、ディアナ様」
「アティ。貴様」
「あっ、も、申し訳ありませんです、さー!」
……ええと、これはもう事故ですよね、事故……という事で。
決して彼女のローマ神話表記が見つからなかったとかそんなのでは(メタい)
そ、そうです、美少女戦士団月組とはディアナ様直属の精鋭部隊であり、構成員は全て女性の狩人、それも神霊に近き純潔を守り通すと誓った乙女のみがなれるとされる、天の頂でも名の知れた部隊なのです!(誤魔化)
「ちなみに好物は肉とリンゴだ。リンゴは金色の物を良く好んでいる!」
「ええい、誰もそんな事聞いとらん!」
「さー!失礼いたしました、さー!」
……ええと。
ちらりと殿方2人の方を向けば、何とも言えない表情をしていらっしゃいました。
きっとわたくしも似たような顔をしている事でしょう。
「こほん。見ての通り、彼女は非常に優秀な狩り手だ」
「ドジっ子に見えたけど」
「お兄ちゃん五月蠅い」
ぼそっとツッコむアポロ様に、これまたぼそっとお返しになるディアナ様。
こうところを見ると、ご兄弟なのだなあと思います。
外見はともかく、かなりその……性格的にかけ離れてますから。
「彼女の武器は弓であり、またその足にある。十全に使え」
「足、ですか」
「そうだ。彼女の足は我が眷属の中でも随一を誇る、健脚にして俊足の持ち主だ。今回の任務にとっても都合が良いだろう」
「早さ自慢ならば負けはせぬ!」
「……ほう」
え、と。
漏れた吐息に、思わずハーキュリーズ様のお顔を仰いでしまいます。
わたくしの隣に寄り添っていたハーキュリーズ様ですが、今その意識はこちらにはあらず。
その視線に含まれたものは、かの方を見極めんとするものです。
あるいはそれは、わたくしには絶対に向けないであろう対等な者として見る目であったかもしれません。
不意に、不安が忍び寄りました。
そんな事を考えている余裕はないはずです。
これは神の試練ですから、一瞬の気の緩みが即、死につながる事とてあるのです。
ですが、それでも。
もし彼が―――ハーキュリーズ様が彼女に―――想いを向けてしまったら―――?
愛した人を亡くしてから、人の世でもずいぶんと経ちます。
新たな恋が始まってもおかしくはないのでしょう。
彼女―――アタランテ様は、ちょうどわたくしの本来あるべき姿と似た様な年齢でした。
―――今のわたくしの姿はまだまだ幼い子供です。
ですが、思ってしまうのです。
―――彼女に恋心を抱くなどそのような事、そぶりだけでも許せない。
―――好意を抱いたのはわたくしの方が早かったのだから、彼にはずっとわたくしの方を見ていて欲しい、と。
ええ、わたくしは浅ましくも彼女に嫉妬していました。
そして一方で、こうも思うのです。
彼女に恋心を抱くのならば、もしかしたら本来の姿と力を取り戻したわたくしの事も好いてくださるのではないか、と。
こんな事を考えていたら『愛の神キューピッド様が罠にかけようと、もしかしたら近くまで来てしまっているかもしれない』ときょろきょろしてしまい、わたくしディアナ様に「貴様ッ、よそ見をするなよそ見を!貴様の為の任務だぞ!」と怒られてしまいましたわ。
ちゅどーん!
ぐららっ
突如、砲撃がはじまりました。
ええ、これは『砲撃』ですわ。
戦に詳しくないわたくしにも分かります。
「ちっ、しまったな。停戦終了時刻か」
いささか乱暴な言葉遣いでディアナ様がぼやくと、隣の部屋に通じる扉から戦士団の方が飛び出してきました。
「ディアナ様!」
「仕方ない、貴様らは特別任務を最優先せよ!ここは我らが何としてでも守り通すぞ!」
「っさー、まむ!」
「総員、出撃!」
ディアナ様のお言葉に、神殿のあちこちから人が出て行く靴音がいくつも聞こえてきます。
「貴様らも外へ出ろ!時間は無限ではない、急げ!」
「もたもたしていると打たれるぞ!」
「ちっ、芋スナめ!!」
外へと通じる扉を開けば、見目麗しい美女や美少女たちが聞くに堪えない罵詈雑言を吐きながら武器を手に取り駆けて行くところでした。
どうにも美少女戦士団月組の皆様方は、我の強い方が多いのではないかと。
そう思わざるを得ないような光景でした。
「退避ィ!!」
……こうして指揮を執るディアナ様も、幼い頃はここまで突き抜けた性格では無かったような気もするのですが、ね……。
だだだだだっ、だだっ!!
銃弾の雨嵐が、神殿の門を中心に降り注いでいます。
時折、光り輝く雷のような軌道も見えますわよ!
この中を、走るのですか!?
恐れでたたらを踏んでしまったわたくしを、ハーキュリーズ様は軽々と抱き上げました。
「こちらへ。出来るだけ動かずにいてください。強行突破します」
胸元へ抱きかかえ、背を丸めるようにして走り出します。
「まったく、趣味も行きつくと碌な事無いね!」
人の事、言えた義理ではないと思いますわ!アポロ様。
動かないようにとのことでしたから、その言葉は飲み込まざるを得ませんでしたが、そうでなくとも恐らくは聞こえなかったでしょう。
何せ雨霰と銃弾が降って来ているのですから。
そのような中を走り抜けようとするハーキュリーズ様のお隣に、小柄な影が並びます。
「ふ、さすがは英雄殿。本分では無いとはいえその脚力は称賛に値する!」
「賛辞ありがたく!しかし今はその時ではないだろう」
「だな、急げ!」
~~~っ!!
ですから、わたくしを余所に、お2人だけで勝手に盛り上がらないでくださいませ!




