第三十四話 黒い太陽
黒い太陽は、音もなく空間に浮かんでいた。
空がないはずの世界。
その白の中心に、“完全な黒”だけが存在している。
見た瞬間、理解した。
あれは存在してはいけないものだ。
雨宮レンの顔から笑みが消える。
「……冗談だろ」
先行保持者が舌打ちする。
「早すぎる……!」
悠真は結衣を抱き寄せる。
結衣の輪郭はまだ不安定だ。
だが消えてはいない。
黒い太陽が脈打つ。
その瞬間。
世界中の“記憶”が流れ込んできた。
泣いている誰か。
忘れられた名前。
消えていく街。
独りぼっちで終わった世界。
全部、“記録保持者”の記憶だった。
悠真が頭を押さえる。
「っ……!」
レンが顔を歪める。
「おい、まさか共有化してるのか……?」
先行保持者が睨む。
「黒い太陽は“記録の集合体”だ」
悠真の呼吸が乱れる。
脳内へ他人の記憶が雪崩れ込む。
「助けて」
「忘れないで」
「消えたくない」
無数の声。
その中心で。
黒い太陽がゆっくり回転する。
レンが後退する。
「あり得ない」
「個人保持者が“全体記録層”に触れるなんて……」
その時。
悠真のスマホに新しい表示が浮かぶ。
【新規権限 解放】
【記録同期】
瞬間。
視界が切り替わる。
別の世界。
燃えている街。
そこに、“別の悠真”がいた。
右腕が崩壊している。
それでも結衣を抱えて走っている。
さらに別の世界。
結衣が存在しない世界。
誰も笑っていない。
悠真だけが空を見上げている。
さらに別の世界。
観測者に捕まる篠宮。
血だらけの先行保持者。
崩壊する観測装置。
全部が一瞬で流れ込む。
悠真が膝をつく。
レンが呟く。
「お前……全保持者と接続したのか」
黒い太陽が脈打つ。
そのたびに、“消えた世界の記録”が蘇っていく。
先行保持者が険しい顔で言う。
「まずい」
「記録が戻れば、“消えた世界”まで復元される」
悠真は顔を上げる。
「……何が悪い」
レンと先行保持者の表情が止まる。
悠真の瞳の奥に、黒い光が混ざっていた。
「消えたなら、戻せばいい」
その瞬間。
黒い太陽が膨張する。
世界が揺れる。
白い空間に、無数の街並みが浮かび始める。
消えた世界。
壊れた世界。
終わったはずの世界。
全部が、“戻ろうとしていた”。
レンが叫ぶ。
「やめろ!!」
「そんなことしたら世界の境界が消える!!」
悠真は止まらない。
頭の中に、無数の“消えた人間”の記憶が流れ込む。
忘れられた存在。
記録から消された命。
その全部が叫んでいる。
「覚えていて」
悠真が黒い太陽へ手を伸ばす。
その瞬間。
世界中の“消えた存在”が、一斉に目を開けた。
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