第三十二話 存在条件
「そんなこと言うな」
悠真は即座に結衣の手を握り直す。
力が入る。
離した瞬間、本当に消えてしまいそうだった。
結衣は少しだけ笑う。
でもその輪郭は、さっきより薄い。
先行保持者がビルの上から降りてくる。
「無駄だ」
悠真が睨む。
「何がだよ」
「記憶だけじゃ、長く保たない」
白い世界の中。
遠くでまた誰かが消える。
今度は悠真にも分かった。
存在が消える瞬間。
周囲の認識が、“最初からいなかった”方向へ修正される。
女子高生が一人消えた。
隣を歩いていた友人は、一瞬も違和感を見せない。
最初から一人だったみたいに歩き続ける。
悠真の背筋が寒くなる。
「……ふざけんな」
結衣が袖を引く。
「兄貴」
「大丈夫」
その声が、少しノイズ混じりになる。
悠真の顔色が変わる。
「結衣」
結衣は笑おうとする。
でも輪郭が安定しない。
先行保持者が静かに言う。
「今の世界は、“誰かに認識され続けること”でしか存在を保てない」
「観測装置が壊れたからな」
悠真は息を呑む。
「だったら俺が覚えてれば——」
「足りない」
即答だった。
先行保持者は白い空間を見上げる。
「お前一人の記録じゃ、世界には勝てない」
その瞬間。
悠真のスマホが振動する。
【記録保持者 接続要請】
【残存保持者:17】
画面に、“知らない名前”が並ぶ。
雨宮レン
柊アサヒ
識名トウカ
九条イツキ
全員の横に同じ表示。
【記録保持者】
悠真が眉をひそめる。
「……誰だ」
先行保持者の顔から笑みが消える。
「始まったか」
「何が」
「保持者同士の生存競争だ」
その言葉と同時。
遠くで爆音が響く。
白い世界の一角が、黒く崩壊した。
空間ごと削り取られている。
数秒遅れて、熱風が届く。
悠真が目を見開く。
人が立っていた。
制服姿の少年。
銀色のノイズみたいな目。
その手には、“崩壊した空間”が握られている。
少年がこちらを見る。
「見つけた」
スマホが警告を鳴らす。
【記録保持者 反応】
【個体名:雨宮レン】
【危険度:S】
悠真の背筋に悪寒が走る。
雨宮レンが笑う。
「お前か」
「世界をここまで壊したの」
結衣が小さく震える。
先行保持者が前へ出る。
「下がれ」
雨宮レンは首を傾げる。
「まだ守るんだ、その失敗作」
空気が止まる。
悠真の目が変わる。
「……今、何て言った」
レンが結衣を見る。
「観測エラーの中心」
「存在しちゃいけない妹」
次の瞬間。
悠真の周囲の空間が、音を立てて歪んだ。
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