第二十五話 結衣を殺した記憶
夜の街が歪んでいた。
いや、歪んでいるのは世界ではない。
神崎悠真の認識そのものだった。
頭の奥で、修正され続けていた記憶が崩れていく。
消されたはずの世界。
忘れさせられた選択。
その全部が戻り始めていた。
「やめろ……」
悠真は頭を押さえる。
だが止まらない。
記憶は強制的に流れ込んでくる。
雨。
崩壊した街。
赤く割れた空。
そして。
血に濡れた結衣。
悠真の呼吸が止まる。
知らないはずなのに、知っている。
あの瞬間。
あの感触。
あの絶望。
「兄貴」
結衣が笑っている。
泣きそうな顔で。
「これでよかったんだよ」
次の瞬間。
自分の手が、結衣の胸を貫いていた。
「――っ!!」
悠真が叫ぶ。
視界が乱れる。
胃がひっくり返るような吐き気。
膝が崩れる。
篠宮が叫ぶ。
「見るな!」
しかしもう遅い。
禁則記憶は最深層へ到達していた。
スマホが異常な速度で点滅する。
【禁則記憶:最深層 解放】
【世界崩壊因子を確認】
悠真は震える声で呟く。
「……俺が」
「結衣を……?」
篠宮は答えない。
沈黙が肯定だった。
雨の記憶が続く。
あの日。
世界は既に崩壊していた。
空は裂け、人々は消え、観測が暴走していた。
その中心にいたのが結衣だった。
結衣が存在している限り、世界は無限に分岐する。
観測が固定できなくなる。
世界そのものが“確定不能”になる。
だから。
「俺を殺して」
結衣は笑っていた。
泣きながら。
「兄貴ならできるから」
悠真は首を振っている。
拒絶している。
だが世界が崩れていく。
街が消えていく。
篠宮が叫ぶ。
観測者の声が響く。
「最終修正を要求」
そして。
悠真は結衣を殺した。
記憶が終わる。
現実へ戻される。
悠真は地面に膝をついたまま動けなかった。
呼吸ができない。
指先が震える。
「……なんで」
篠宮が静かに言う。
「お前は世界を救った」
悠真は即座に怒鳴る。
「ふざけるな!!」
その瞬間。
空が裂ける。
今までで最大のノイズが世界を走る。
建物の輪郭が崩れ、信号が反転し、人々の動きが止まる。
スマホが警告音を鳴らす。
【記録保持者:完全覚醒】
【感情干渉限界突破】
【観測固定率:崩壊】
巨大な目が悠真を見下ろす。
今までとは違う。
そこに初めて、“警戒”が混ざっていた。
「危険個体」
悠真の周囲だけ、現実が揺れている。
感情に応じて世界が変わっていく。
篠宮が一歩下がる。
「……最悪だ」
悠真は涙を流しながら空を睨む。
「だったら何で」
「何回も繰り返したんだよ……!」
その問いに。
初めて。
空の巨大な目が沈黙した。
そして頭の奥で、“もう一人の悠真”の声が響く。
「答えは簡単だ」
静かな声。
諦め切った声。
「お前が毎回、結衣を選び直すからだ」
その瞬間。
悠真の中で何かが繋がる。
忘れても。
修正されても。
世界を書き換えられても。
自分は毎回、結衣を救おうとしていた。
だから観測は何度も失敗した。
スマホに最後の通知。
【ループ原因特定】
【神崎悠真:観測抵抗因子】
【排除優先度:最大】
空の巨大な目が、完全に悠真へ焦点を合わせる。
世界が静かに軋み始めた。
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