第十五話 第一接触
空の“手”は、悠真たちの上に落ちてくるわけではなかった。
むしろ――
こちら側へ“触れようとしている”というより、
こちらの存在を“確かめている”ようだった。
神崎悠真は息を止めたまま、その圧を感じている。
篠宮が一歩下がる。
珍しい動きだった。
「……まずいな」
悠真は振り返る。
「何が」
篠宮は空から目を逸らさない。
「観測者が“干渉してきてる”」
空の割れ目の奥。
そこにあるのは“世界”ではない。
形を持たない何かが、層をめくるように動いている。
そして悠真は気づく。
それは“見る”という行為そのものだ。
遠くの通学路。
二人いた結衣が、一瞬で一人に戻る。
だが戻ったのではない。
“どちらでもない状態に上書きされた”。
結衣が立ち止まる。
周囲の人間も一瞬止まる。
そして再び動き出す。
スマホが鳴る。
画面は真っ白。
そこに文字が浮かぶ。
【観測対象:神崎結衣】
【選別処理:開始】
悠真の喉が鳴る。
「選別……?」
篠宮が短く言う。
「どっちの結衣を残すか決めるってことだ」
その瞬間。
街が“止まる”。
正確には、動作が極端に遅くなる。
人の瞬きが数秒止まる
車輪が空中で止まる
風だけが遅れて動く
悠真は理解する。
時間ではない。
“観測の優先順位”が変わっている。
空の奥から“意図”が流れてくる。
言葉ではない。
しかし意味だけが伝わる。
「どれが、正しい?」
篠宮が吐き捨てるように言う。
「ふざけるな……」
悠真は問う。
「何が正しいんだ」
篠宮は答えない。
そのとき。
結衣がこちらを向く。
だがその目は、もう一つではない。
何かを“選ばされている状態”だった。
「兄貴」
声は一つ。
だがその奥に、複数の声が重なっている。
「私って、どっち?」
空の手が動く。
割れ目が少しだけ閉じる。
その瞬間――
世界が“確定しようとする”。
スマホに通知。
【第一接触:完了】
【対象選別:未確定】
【再観測へ移行】
篠宮が言う。
「来たな」
悠真が問う。
「何が」
篠宮は空を見たまま答える。
「“決めにきた”んだよ」
結衣が小さく笑う。
だがその笑顔は一瞬で揺れる。
二つの“可能性”が同時に浮かぶ。
どちらも消えない。
空の割れ目が再び開く。
そしてそこから――
“視線”ではなく、“選択そのもの”が降りてくる。
スマホに最後の一行。
【次フェーズ:選別観測】
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