第八話:また明日
おそるおそる遺体安置所の中に入る二人。
懐中電灯で照らしても、特に不審な人物はいない。
リツ
「…誰もいないみたいだけど、念のため一周してみるか」
カイリ
「そうだね…」
遺体安置所は、想像していたよりもずっと広かった。
壁一面には、金属製のケースが何段にもわたって並んでいる。
ひとつひとつに番号が振られ、整然と収められたそれらは、まるで巨大な棚のようだった。
部屋の中央にも、いくつもの寝台が置かれている。
白い布を掛けられた遺体が、その上に横たわっていた。
懐中電灯の光が、無機質な金属の表面をなぞっていく。
冷え切った空気。
鼻につく、かすかな薬品の臭い。
人の気配はない。
それなのに、無数の死体に囲まれているという事実が、二人の足を重くさせた。
カイリは壁際のケースに目を向けた。
ここに収められているのは、いったい何人分の遺体なのだろう。
考えたところで、答えが出るはずもなかった。
カイリ
「誰もいないね…」
リツ
「ネズミとかだったのかもなー」
「あ、そういえば…、この間、終末の堕天使の担当看守が死んだって話だけど…」
「ここに遺体があるんだよな…」
カイリ
「あ、そ、そうかも…」
リツ
「どうやって殺されたのか、気にならないか?」
カイリ
「え」
「い、遺体を確認するってこと!?」
リツ
「しっ、声が大きいって!」
カイリ
「ご、ごめん」
「でもいいのかな、そんなことして」
「というか見たくないんだけど…」
リツ
「だってさ、どんな風に殺されたのか気にならないか?」
「お前だって、結構危ないんじゃないのか」
「アイツに関わった奴は全員死体で見つかってる」
「でもそれ以上の情報は何もない」
「いや、誰も知ろうともしないし、教えちゃくれない」
「どうやって殺されたのか、そもそも本当にあの囚人が犯人なのか?」
「お前には知る権利があると思うぞ」
カイリ
「リツ…」
カイリ
(確かに、リツの言う通りかもしれない)
(シャムが犯人ではないことを、僕はうっすらと感じている)
(それならば、他に犯人がいるかもしれないってことだ)
(僕は自分の身を守らなきゃいけない…)
カイリ
「わかった、僕も遺体を見てみたい」
リツ
「…」
その言葉に、リツはこくりと小さく頷いた。
リツ
「一番新しい遺体を探そう、それが恐らく被害者だ」
リツは懐中電灯を手に、並べられた遺体の間をゆっくりと歩き始めた。
カイリもその後に続く。
白い布を掛けられた遺体が、いくつも整然と並んでいる。
どれも身元を確認するためなのか、足元には小さな札が添えられていた。
リツ
「……これか」
一番奥のベッドの前で、リツが足を止めた。
札に記された日付は、三日前。
カイリ
「……本当に、見るの?」
リツ
「ここまで来て何言ってんだよ」
そう言いながらも、リツの手は布に伸びたところで止まっていた。
ほんの一瞬、躊躇したように見える。
カイリ
「リツ?」
リツ
「……いや。何でもない」
リツは小さく息を吐くと、布の端をつまんだ。
そして、ゆっくりとめくり上げる。
カイリ
「……っ」
思わず息を呑んだ。
そこに横たわっていたのは――
カイリ
「――僕?」
「僕……? え、僕……?」
何度も瞬きを繰り返す。
そこにあるのは、紛れもなく自分の顔だった。
カイリ
「な、なんで……?」
一歩、後ずさる。
カイリ
「なんで、なんでなんでなんで……!?」
頭の中が真っ白になる。
どうして、ここに僕がいるんだ?
目の前に横たわっているのは、確かに自分の顔をした死体だった。
カイリ
「ど、どういうことなんだ……!?」
リツ
「お、おい、落ち着けって、カイリ。どうしたんだよ?」
カイリ
「どうしたって……! だって、この顔……!」
震える指で、遺体を指し示す。
カイリ
「僕じゃないか……! どうして僕が、ここに……!」
リツ
「……は?」
リツは怪訝そうに眉をひそめ、遺体へと視線を落とした。
リツ
「いや、何言ってるんだよ。こいつは知らない男だぞ」
カイリ
「……え?」
その一言に、カイリの動きが止まった。
そんなはずはない。
だって、さっきまで確かに――。
カイリはおそるおそる、もう一度遺体の顔を覗き込んだ。
青白い肌。固く閉じられた瞼。力なく横たわる唇。
……知らない男だった。
自分とは似ても似つかない、見覚えのない顔。
胸元には、深々と抉られたような傷がある。
衣服には、乾いた血が黒くこびりついていた。
カイリ
「…………」
カイリは、呆然と立ち尽くした。
今のは、一体何だったのだろう。
一瞬とはいえ、どうしてこの男が自分に見えたのか。
カイリ
「……ご、ごめん。僕の見間違いだったみたいだ」
リツ
「ったく……。いきなり叫ぶから、こっちまで驚い……」
不意に、リツの言葉が途切れた。
彼の目が、大きく見開かれる。
カイリ
「どうしたの、リ…、」
ぐ、チャ
カイリ
「……ぇ?」
首筋に、熱が走った。
何かが、食い込んでいる。
カイリ
「……あ、?」
遅れて、ぬるりとした感触が肌を伝った。
首に、何かが噛みついている。
カイリ
「……っ、あ、ああ……!?」
振り返ろうとした瞬間、首筋に鋭い痛みが走った。
ぐじゅ、ぐちゃっ。
湿った音が、耳元で響く。
何かが、肉を噛み千切ろうとしている。
カイリ
「い、や……っ、やめ……!」
喉が引きつり、声にならない。
背後から伸びた腕が、カイリの身体をがっちりと押さえ込んでいた。
リツ
「カイリッ!!」
ぐちゅり。
顎が、さらに深く食い込んだ。
カイリ
「――ッ!!」
声にならない悲鳴が漏れる。
熱い。
痛い。
首から流れ落ちる血が、服の襟元を赤く染めていく。
カイリは腕を振りほどこうともがいた。
しかし、身体から急速に力が抜けていく。
リツが駆け寄ろうとする。
だが、その足が止まった。
先ほどまで横たわっていた遺体が、リツの腕を掴み、力任せに引き寄せた。
リツ
「な、なんなんだコイツら!!」
「おい!! 離せッ!!」
リツは腕を振り払い、遺体を引き剥がそうとする。
しかし、青白い指は食い込むように腕を握り締め、びくともしない。
カイリ
「リ……、ツ……」
かすれた声で、名前を呼ぶ。
視界が滲んだ。
リツの顔が、ひどく遠くに見える。
膝から力が抜け、カイリの身体が崩れ落ちた。
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シャム
「今回は随分と早かったですね」
「でも、すぐ会えますよ」
「また明日、―カイリくん」




