06
アルフォードは激怒した。これまで一度として見たことのない、激しい怒りであった。
「私の娘をなんだと思っているんだ!」
「政治の道具でしょう、お父さま」
「私の娘だぞ! 生涯をかけて可愛がり、愛し、幸福にすると決めている宝だぞ!」
「はい、可愛がっていただいております。両の腕で抱えきれないほどの愛をいただいております。わたくしは幸福です」
泣き崩れてしまったアルフォードの肩を抱く。子どもをあやすように背を撫でると、アルフォードはしくしく泣いた。
「メラニー……」
そうではない、とアルフォードは思う。
父親からの愛情だけで、すべてが満たされているような顔をしてほしいのではない。貴族である以上、結婚はどうしたって政略の意味合いが強くなる。それでも、不幸を招くような相手だけは選ばないつもりだった。
たくさん友人をつくって、たくさん笑って、たくさん愛される。娘にはそういう人生を歩んでほしいと願っていた。いまなお、その願いは変わらない。
にもかかわらず、メラニーの周囲にはいつだって敵ばかりが生えてくる。
魅了の魔眼を授かったことにメラニーは関係ない。彼女の意思でそうなったわけではない。人間の姿形は、天より与えられるものだ。両親の願いでも、子の選択でもない。
『お父さま、多分わたくしは世界にとっての最悪です』
幼い娘が、まだ五歳の娘が、落ち着き払った声で告げたとき、アルフォードは笑い飛ばせなかった。
年齢の割に落ち着いているとか、大人びているとか、そんな言葉では片付けられない。メラニーという愛娘は、そういう存在だった。
普通の子と違う。人間の普通とはあまりに異なる。
自身とも妻ともそぐわない膨大な魔力を排出する魔力器官。どちらの家系にも見たことのない、薔薇が咲き誇ったような不思議な虹彩をした深紅の双眸。どの瞬間を切り取っても、今この瞬間こそ完成されていると思える、不気味な程に整った容姿。
妻は悪魔の子だと言った。自分は悪魔の子を産んでしまった、と。信心深く、女神の導きが人生の指針であった彼女は、メラニーを受け入れられず、アルフォードの言葉を聞き入れず、家を出て尼になった。
以来、アルフォードはメラニーと二人だ。
「ろくに調べもせず勝手に盛り上がって、そのツケを私の娘に払わせようなどと……。許してなるものか。絶対に潰してやる」
「お父さま、相手は王家ですわ。発言には気つけて」
「私のメラニーがお嫁に行ってしまう」
「……その覚悟は決めていただいておきたかったですわね」
メラニーは二十一歳になった。そろそろ羽交締めにでもしなければ、婚期を引き留めるのも限界だ。
婚約者はどこの誰とも知らない女に恋慕してメラニーを捨てた。魅了の魔眼で強引に気持ちを奪われていたのだと、そう言って。
魔眼の制御にどれだけの時間と労を費やしてきたのか、幼馴染の彼が知らないはずがなかったのに。共に魔法を学んだ仲なのだから。それからだ。メラニーは素顔を隠し、誰に何と言われても布を外さなくなった。
わたくしは何もしておりません。
その言葉を証明する、ただそれだけのために。
「お父さま、王命であっては逆らえません。今後のわたくしたちの行く末は、天にお任せしましょう」
きっと眉尻が下がっている。困ったような、寂しがるような。娘はきっと今、そんな顔で笑っている。女神への信仰などとっくに擦り切れている娘が、それでも天を仰ぎ見るその意味を。
メラニーは信じない。アルフォードももう信じられない。それでも、母親が信じている女神だから。困ったときは、どうしようもなくなったときは、任せてみようと笑うのだ。良いように導いてくれたことなど、一度だってありはしないのに。
「メラニー、逃げ出していい。嫌になったら、ひどいことを言われたら、辛い目に遭ったら、迷わず逃げなさい。私がどこへでも、いつでも迎えに行くから」
だからどうか、幸福になることを諦めないでおくれ。
祈りは口に出せず、しかし祈らずにはいられない。
「君の無実は私が知っている。きっと、証明してみせるから」
「ありがとうございます、お父さま」
花のように微笑む娘の目を、布越しでも逸らさずに、まっすぐに見つめる。
「愛しているよ、メラニー」
「わたくしも、大好きです、お父さま」
メラニーは笑った。父の愛があれば、他は要らない。それだけでメラニーは、幸福だった。